「ほぼ日」におけるセンス・メーキングと時間感覚

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「ほぼ日」の社内調査を担った社会学者が、組織らしくない「ほぼ日」の組織の謎に迫る連載の7回目。連載もいよいよ終盤。今回は、組織論で注目される「センス・メーキング」の理論を使って「ほぼ日」とは何かをひも解く(調査は2015年6月から2016年3月までの10ヵ月間にわたって行われた。連載で描かれるエピソードは特に断りがない限り、上記期間中のものである)。

「ほぼ日」を観察するなかで、その独特のフラットさや雑談につきあっていると、不思議な感覚を覚える。少し大げさな言い方をすれば、組織の中での時間の流れ方がふつうの組織とはちがうのだ。

「ほぼ日」では、部門ごとの違いはあれど、一部を除いてあまり細かい進捗管理や振り返りをしない。過去の商品のリバイバル版を企画する際にも、丁寧に引き継ぎをするというよりは、その時々で新しく考え直される。プロジェクトや連載の一つひとつが個別的で、それはまるで「次の年に引き継がれない学園祭のようだ」と、ある社員は言う。

 この組織の中では過去や未来が、それ単体で言及されることが圧倒的に少ない。あるいは言及される仕方が特徴的で、おおよそ現在を起点とした語りになっている。だからだろうか、圧倒的に「現在」の感覚が強い。

 今回はその時間感覚の秘密を、「センス・メーキング」と組織の構造の二つの側面から解き明かしていこう。

振り返って、いまを語ること

「ほぼ日刊イトイ新聞」の連載、バルミューダの寺尾玄氏と糸井氏の対談「バルミューダのパンが焼けるまで」の冒頭で、こんなやり取りがある。

 バルミューダは、家電を体験という観点から新しく解釈し直し、開発・販売を行っている。寺尾氏は、なかでも初期の扇風機などの生活家電からトースターなどの調理家電の開発へと進出した理由について、対談の中で次のように経緯を語った。現代では、人はもはや「もの」ではなく体験を買っていて、体験は人の五感のインプットによりつくり上げられている。だから、味覚や嗅覚を含む五感のすべてを用いる「食べること」に関わる必要があると考えた、と。

 その後、会話は次のようにつづく。

 

糸井      ‥‥‥‥いま、寺尾さんはそのことを

          「立て板に水」のように話されていますが。

寺尾     はい。

糸井     きっともう、何度も

    お話しされたことだからなんでしょうけど、

    ‥それはきれいにつながりすぎてる(笑)!

寺尾     はい。

    そうです、はい(笑)。

    おっしゃるとおりです。

    なぜならば‥‥

    なぜならば‥‥

    あとから作った話だから!

糸井      ですよね(笑)。

一同      (笑)

糸井      いやぁ、見事すぎたので、すみません。

寺尾      まいりました(笑)。
 

 糸井氏が即座に「それはきれいにつながりすぎている」と指摘し、もう少し詳しく紆余曲折を聞きたいと対談を続けた背景には、誰よりも糸井氏自身が、同じように物語をつくり出すことで会社を経営してきた経験に裏付けられているだろう。

 組織の社会心理学で著名なカール・ワイクは、こうした経験や体験を後から振り返りつつ言語化し、構築していく過程を「回顧」と呼んだ。

 企画や仕事に限らず私たちは、なにがしかの活動を行っている最中に、必ずしもその意味や、それがもたらす結果のすべてを把握しているわけではない。あとから、なぜそれが重要だったのかわかったり、人に説明する過程でみずからはじめて理解したりすることも多い。寺尾氏が最初に語った、なぜトースターの開発を次の一手にしたのかの解説は、すでに終わった過去として、「なぜいまトースターだったのか」を考え直したものだったのだろう。

 糸井氏はそれに一端ストップをかけて、あえて時間を巻き戻す。過去の話としてではなく、現在の話として語り直してもらう。そうして語り直された寺尾氏の「つくった話」は、実は同じくワイクの重要なキーワードとして知られる「センス・メーキング」そのものだった[注1]

[注1]カール・ワイク『センス・メーキング・イン・オーガニゼーションズ』(遠田雄志・西本直人訳、文眞堂、2001年)
 
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