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第十九話:回復術士は盤面をひっくり返す
セツナたちと共に行動を開始した。
全員ローブで姿を隠させる。
あらかじめ、錬金術で土を操り作っておいた地下室に逃げ込む
イヴは正真正銘の魔族だし、セツナは亜人だが奴らが区別するとは思えない。二人とも襲われる危険性が高い。
想定外だったのは朝一で襲撃をかけてきたことだ。
もう少し遅れると思っていた。おかげでワインに仕込んだ毒が回り切っていない。
ちゃんと、毒入りワインを飲んだことを確認しているのだが、時間稼ぎが必要だ。
ノルン姫を襲うのは、せめて薬が回り、王国軍が弱体化して魔族たちと乱戦になってからだ。
想定しうる最悪は、この街の領主がジオラル王国側につくことだ。
人間だけでも生かすために、魔族を売ることも考えうる。
そうなってしまえば、この街全体が魔族を差し出すようになり、戦力の拮抗なんて一瞬たりともしないだろう。
さすがは、俺がもっとも危険視していた女だ。
戦争を始める前の演説だけで、ここまでの状況を作ってみせた。
「さーて、どうなるかな」
土魔術で作った地下室で、外の様子をうかがうすべはない。
しばらくは暇つぶしだ。
「ケアルガ様、外はどうなってると思う?」
セツナが問いかけてくる。
「たぶん、魔族たちが魔物を呼び寄せて徹底抗戦中だけど、かなり不利な戦いになると思うよ」
個の戦力では勝っていても向こうは正規軍だ。一人一人が強いし、有機的な連携でその力を何倍にも引き上げられる。
逆に魔族側は連携などなくそれぞれ好き勝手動くだけ。各個撃破されるのがおちだ。
ブラニッカにも常備軍はあるみたいだが、その構成員のほとんどは人間らしい。
彼らにジオラル王国に歯向かう気概があるのかが疑問だ。
……ないだろうな。人間同士の戦いにはかなりの覚悟がいる。
ましてや、向こうにいるのは可憐で英雄扱いされているノルン姫。
なにより、魔族を見捨てて何もしなければ死なずに済む。
戦えないだろうし、仮に戦えたとしても士気は最低だ。
なんとかしたいのだが……。
よし、いいことを考えた。
向こうが姫を使うのなら、こっちも姫を使おう。
ノルン姫の策は完璧と言っていい。それを崩すには彼女が想定していない駒を動かすしかない。
「フレイア、ちょっと話があるんだ」
「何でしょうか、ケアルガ様」
「少しだけ、みんなに勇気をあげてほしい」
さて、薬が回るまでの時間稼ぎのための秘策を行おう。
少々危険だが、ここはリスクを冒す場面だ。
◇
~ノルン姫専用馬車内~
「報告をしなさい」
ノルン姫は部下から戦況を聞いていた。
「はっ、魔族と魔物の抵抗は激しいものの、順調に撃破を続けております」
「そう、では領主の反応は?」
「まだ、返事をしてきません」
「意外に粘るわね。優秀そうだから、投降したあとは、ちゃんと門の向こうの街を任せるって言ってあげたのに。そんなに薄汚れた魔族たちが好きなのかしら?」
つまらなさそうにノルン姫はため息をつく。
この戦争の勝敗など、自分が言葉を発した瞬間に……いな、戦う前から決まっていた。
ノルン姫に言わせれば、勝てるかどうかわからない戦争をすることなど愚の骨頂だ。
必勝の条件を整え、戦争の前に勝利を確定すること。それこそが軍師の仕事。
「まあいいわ。どうせ、すぐに終わるもの。使えそうな男だったけど、代わりはいくらでもいる」
うるさい魔族どもを黙らしたら、すぐにでも残党を処分できる。
魔族をかばったブラニッカの領主の一族も粛清だ。
ジオラル王国に歯向かうというのがどういうことかを教えてやらねば。
「ただ、ノルン姫様。気になることがございます」
「なに?」
「体調を崩す兵たちが非常に多いのです」
「戦えるの?」
「はっ、戦闘には支障はありません」
「なら、いいわ。どうせ一日で終わるし。戦いが終わったらしっかり休ませてあげて」
そう言ってから興味をなくしたノルンは、グラスを傾ける。
そこにはジュースが注がれていた。
彼女は酒が飲めない。ジオラル王国は十二歳から酒が許されるのだが、ノルン姫は酒の苦みを嫌う。そのことが彼女を助けていた。
大人たちとは違い、少女にすぎない彼女が毒入りワインを飲んでいたら、今頃無様にいろいろなものをぶちまけていただろう。
彼女のそばには【鷹眼】が寄り添っている。
姫の演説という武器が必要だからノルン姫は最前線に出てきた。
しかし、本来は後方に控えているべきだ。守りの不安を解消するために最強たる【鷹眼】を配置している。
本来は【剣】の勇者もいるはずだったが、何者かに始末された。
おそらく、ハニートラップにかかったものとノルン姫はみている。
【剣】の勇者の戦闘力は、あの剣聖をも超える規格外の存在だ。
真っ向勝負で撒けるはずがない。その彼女には弱点があった。色に狂っている。そこを突かれれば、あるいは殺されることもありえる。
そう想定し、調査をしてみると一人の女に夢中になっており、ベッドに連れ込んだと情報が入った。
十中八九、その女に殺されたとノルン姫は推理して見せた。
そして、それは当たっている。
「あとはもう時間の問題ね。……さて、私の仕事はもうないみたいだし。この退屈をどう紛らわそうかしら」
戦争中なのに、恐れも、不安も感じていない。それも彼女の才能だ。
ノルン姫はあくびをした。
だが、次の瞬間目を見開いて立ち上がる。声が聞こえた。
彼女がもっとも、嫌って愛し、見下して密かに憧れていた少女の声。
こんなところで聞けるはずなんてない。
あり得るはずのない声。
その声は、第一王女フレアのもの。
「お姉さま、どうしてここに」
ノルン姫は目を見開いて、窓を開けて外を見る。
すると、空には王女フレアの顔が風魔法によって写されていたのだった。
◇
~スラム街にて~
「さてと、そろそろ仕掛けるか。準備はいいか、フレイア?」
「ええ、もちろんです!」
姫には姫で対抗だ。
やつらが、この街の兵士どもの心を縛ったように、こっちもジオラル王国の兵士の心を縛る。
とある廃屋の天井に俺とフレイアは登っていた。
そして、俺の【風】の魔術でフレイアの姿を拡大転写し空に映し出した。それだけでなく、フレイアの声の音量を大きくし、遠くまで響かせる。
これは俺にしかできない魔術だ。
制御が細かすぎる。もてる技能を【風】の魔術に特化してセットアップし、【改良】でステータスを魔力に極振りして、ようやく実現可能になった。
空に映し出されたフレアは悲し気な目をしている。
やっぱり、美少女の王族は絵になる。聖女とあがめられるだけはあるのだ。
ノルン姫にもカリスマはあったが、フレイア……フレア王女はその上をいく。
戦場の誰もが、茫然とした顔で空を見上げていた。
フレアが口を開いた。
「皆様、聞いてください。私はジオラル王国第一王女、【術】の勇者フレア・アークグランデ・ジオラルです」
美しい声だ。聞いているだけでうっとりする。
内面はクソだが、フレア王女の声は神に愛されているとしか思えない。
「私はとある目的から、この街でしばらく過ごしていました。その日々の中で人と魔族は共存できることを確信しました。この街では人と魔族が笑いあって生きていた。支配なんてない、洗脳なんてない、ただ共に生きているのです」
ジオラル王国の兵士や騎士はお互いの顔を見合わせる。
聞いていた話と違うと戸惑っている。
「それなのに、なぜこんなひどいことをするのでしょうか? この街の魔族は敵ではありません。魔族全員がいい人たちなんて言うつもりはありません。悪い人もいます。ですが、それは人間も同じ。ここの魔族の人たちは、ちゃんと話し合える魔族です。どうか、これ以上無駄な血を流さないでください。これは聖戦ではりません。ただの略奪と殺戮です。誇りあるジオラル王国の聖槍騎士団たちよ。その槍を、その矜持を、無垢な人々の血で汚すのは止めなさい」
悲し気にうれいを込めた目で王女フレアは微笑む。
男なら誰もが、彼女を笑わせるためになにもかもを投げ出すだろう。
「この街は奇跡のような街です。魔族と語り合えることを、ともに過ごしていけることを教えてくれた。そんな宝物を、思い込みでなくすわけにはいきません。どうか、戦いをやめてください。そもそも、人と魔族、どれほど違いがあるのでしょうか?」
王女フレアの言葉に力がこもる。
「私は、魔族の人たちと酒場で一緒にご飯を食べてお酒を飲んで笑いあいました。魔族も人も美味しいものは美味しいんです。楽しければ笑うんです。みんな一緒なんです。ある日、とってもおっきなミートパイがお店で出されました。人間も魔族も一つの大きなパイを切り分けて食べて、美味しいねって笑ったんです」
あの、ミートパイは美味しかった。唐突な日常の話に誰かが薬と笑った。
「ただ、少し見た目が違うだけで殺しあうなんて悲しいじゃないですか。目を覚ましましょう。この街が見つけた宝物を世界に広げていきましょう。他の街でもミートパイを人間も魔族も一緒に美味しいねって笑い合う。そんな世界になることが私の望みです」
予想以上の効果が現れ始めた。
圧倒的なカリスマを持つフレア王女の演説には不思議な力がある。
騎士や兵士たちが剣を落とし始めた。なかには感動して泣き始めるものもいる。
「最後にもう一度だけ繰り返します。少し見た目が違うだけの、語り合って笑いあえる隣人。ちゃんとまっすぐ彼らを見てください。それは本当に斬らねばならない敵でしょうか? 誇りある騎士たちよ。私はあなたたちを信じています」
そうして、王女フレアの演説は終わった。
【風】の魔術を解除する。
ふう、疲れた。めちゃくちゃしんどいなこの魔術。
今、近接戦を挑まれたら、ただの雑魚状態なので、技能の割り当てとステータスをもとに戻す。
よし、これで大丈夫。
ついでに、王女フレアの姿をフレイアに戻してやる。
「どうでしたか? ケアルガ様」
「完璧だ。いい演説だった」
なにせ、原稿を書いた俺ですら、うるっと来たからな。五分で鼻くそをほじりながら適当に作った原稿も、フレア王女が言葉にした瞬間にそれっぽくなるから不思議だ。
まるで、本当の聖女のようだ。
「今回のは、私の内心と一緒だったのでやりやすかったです」
な、ん、だ、と。フレイアになったとはいえ、性根が腐った王女フレアが、あんなことを思っていただと。
驚きだ。環境は人を変えるものだ。
「そうか、それは良かった。フレイアのおかげで流れが変わった」
目に見えて、ジオラル王国の騎士たちの動きは悪くなり、そしてこの街の住人たちの士気が最高潮になる。
魔族を売り渡そうとしていたブラニッカの人間たちも魔族と並び、戦う。
人間と魔族が手を取り合う戦う姿を見て騎士たちが狼狽するという、なかなか面白いことになっていた。
「ようやくか」
そして、ようやくワインに仕込んだ毒が回り始めた。
騎士たちがお腹を押さえて青い顔をする。
ズボンから下痢が漏れている連中が現れだした。
ここからどんどん悪化するぞ。
気が付けば、町中大混戦。
一方的にジオラル王国軍有利な状況から、対等に。いや、ブラニッカ側が押しているぐらいだ。
さて、仕掛けるならここだろう。
のこのこ戦場にやってきたノルン姫を攫おう。
さぁて、美味しい姉妹丼を食べるぞ。
見た目だけなら、世界で一番美しい姉妹だ。姉妹丼を食べるときはフレイアはフレアの顔に戻そう。そっちのほうが楽しめそうだ。ノルン姫の目の前でフレアを犯すとどんな反応をするだろう? 姉が淫靡に乱れ、男をねだる姿はトラウマになるかもしれない。
にやりと笑い、俺とフレイアは建物の陰に消えていく。
「頭はいいが、まだまだ甘いな」
ノルン姫、おまえの戦略は完ぺきだったよ。
だがな、俺がいることを忘れちゃだめじゃないか。
その見落とし、死ぬほど後悔させてやる。
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