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第十八話:回復術士はノルン姫の蛮行に心を痛める
【神装宝具】を手に入れた翌日、妹姫率いる聖槍騎士団の内部に入り込んでいた。
見張りの騎士の一人と入れ替わり様子をうかがっている。
目的は情報収集と勝つための布石だ。
やはり【剣】の勇者が消えたことは大騒ぎになっている。
ジオラル軍は、ブラニッカ郊外にテントを広げて陣地を作っている。
妹姫や上級将校たちの一部は街の仲に貴賓用の宿を用意されているが、大部分はここで生活しているのだ。
【剣】の勇者の捜索が必死に行われているようだ。
無理もない。
【剣】の勇者が行方不明になったとして、万が一暗殺されたのなら、【剣】の勇者を殺せるような敵側に化け物が存在することになる。
勇者たちの戦闘力は圧倒的だ。
単体で一師団に匹敵する。つまるところ【剣】の勇者を殺せる相手と戦うことを想定するなら、一師団を用意しないといけない計算になる。
「おい、ハリス。交代の時間だ。明日は早いぞ。帰って体を休めろ」
「お言葉に甘えさせてもらいます」
さてと、そろそろお仕事の時間だ。
今の俺は、上級騎士のハリス・クリルトンに化けていた。
【剣】の勇者ブレイドのふりをして戻ることも考えたが、一日経ってしまい、怪しまれるリスクのほうが大きい。
なので、ちょうど昨日お気に入りの酒場で、酔って暴れていたバカな貴族様がいたので、利用させてもらった。
……こいつはセツナの尻に手を伸ばしてきた。
俺の所有物にちょっかいをかけるとはなかなかいい度胸と言えるだろう。
もちろん、その手を叩き落したが、逆上して襲い掛かってきた。ちょっと力を入れ過ぎて手首をへし折ってしまったのは俺も悪かったかもしれないが。自業自得だろう。
それなのに、逆恨みをして剣まで抜いてきやがった。とんだクズ野郎だ。
うっかり顎に掌底をいれて、頚椎をへし折ったとしても不可抗力というものだろう。
唯一評価できるところは、たっぷりと金品を身に着けていたことだ。
死人には必要ないものだったので、回収して路銀の足しにさせてもらった。
そのハリスになり替わりこうして、聖槍騎士団の陣地に入りこんでいる。
さてと、お仕事お仕事。
「この数、相手にまともにやりあってられないからな」
陣地の中に忍び込んで改めてそう思う。
正義の味方である俺は、妹姫からこの街を守ってやりたいのだが、あまりにも敵の数が多すぎる。
現実的な策としては、ブラニッカの守備隊とぶつかり戦力が削られ、混乱をしているところを狙うのがいいだろう。
それすらも現状では難しい。聖槍騎士団は強すぎるのだ。
この街の戦力なら一瞬で叩き潰されて終わりだ。
だから、少々細工をする。
強すぎるなら弱くなってもらえばいいだけ。
何人か、気絶させて【回復】により記憶を奪い、食糧庫の場所にたどり着ける。
戦争において、兵糧を狙うのは基本だ。
見張りどもにはぐっすり眠ってもらっている。
「さてと、ケアルガ印の特製ポーション。魔物毒たっぷり配合の遅効性ヴァージョン。さあ、地獄を見てもらおうか」
あんまり即効性のものを使うと、最初の数十人程度で気づかれてしまい被害があまり広がらない。
だが、遅効性なら発覚が遅れて、取り返しのつかないところまで広がる。
だから、半日ぐらいから気分が悪くなり、一日経つころに地獄の苦しみを味わうものを用意した。
これならば、ちょうど戦いを始めたときに薬が回り始める。遅効性にした分、どうしても威力は弱まるが、それでも全身に痛みが走り、腹がねじれるぐらいに悲鳴を上げ、下は大洪水の愉快な状況を演出できる。
「ふんふんふん♪ ねらいはやっぱりワインっと」
軍の行進の場合、水の他に腐りにくくなおかつ戦士たちの士気向上に効果があるワインを持ち運ぶ場合が多い。予想通りだ。ワイン樽がたっぷり用意されていた。
そして、こういうものは戦いの前夜に景気づけに振る舞われることが多い。
【回復】で奪った記憶を調べ、ジオラル軍は大きな戦いの前の夜にワインが振る舞われるとうらがとれた。
そのワイン樽さまがごろごろと転がっている。
「さて、毒が入れ放題だな」
早く、お仕事を終わらそう。
ワイン樽の口を開いて、ポーション瓶を少し傾ける。二、三滴で十分だ。これ以上入れると遅効性ではなくなる。
魔物毒を錬金術士の技能で練り上げれば、これほど強力な毒ができる。
「さて、全部の樽に入れるまで二時間といったところかな」
これだけの大所帯だ。樽の数は百を超える。それに食糧庫はここだけではない。
いくつかの蔵を回らないといけない。
俺は根気よくすべての樽に毒を注いでいった。
◇
「ポーションの在庫がぎりっぎりだったな」
魔物毒を使っているだけあって、あまり数が用意できていないこともあったが、想定以上に備蓄の量が多かった。
だが、しっかりと毒をすべてのワイン樽に注いでいる。
戦場で、腹痛でのたうちながら、下痢を流す騎士どもの醜態を思い浮かべると、こんな面倒なことにも耐えられる。いかに最強の騎士団と言えども下痢を流しながらではまともに戦えまい。
さてと、そろそろお暇しようか。
このまま、妹姫を襲撃できればベストだったが、妹姫と上級将校は街の中だ。
だいたい、まだノルン姫は俺の復讐対象になっていない。今の時点で襲うのはルール違反だ。
それに【鷹眼】がノルン姫の傍にいることが今回の情報収集でわかった。
あれには会いたくない。あの男なら姿を変えた俺だと気付きかねない。そうなれば、苦労して仕込んだ毒ワインのことがばれてしまいかねない。
殺してしまえば問題ないだろうが、【神造宝具】がある今の俺なら十中八九は勝てるだろうが、逆に言えば、二と一は負ける可能性がある。
二度の対峙でわかった。奴の強さはその眼にある。視力が優れているだけではない。筋肉の些細な動きすら見通す観察眼。異常なまでの動体視力。そして、その視力を活かすだけの超人的な反射神経。
だが、それは奴の欠点でもある。
見えすぎる眼は体への負担が大きい。長時間の戦闘には向かない。友軍が下痢のせいで苦戦し戦線が崩壊すれば、奴はフォローしないといけなくなる。そうして疲れ果てたところを狙う。
だが、やつとて人間だ。特製ワインで腹を壊し、劣勢な戦場で消耗すればたやすく仕留められるだろう。
俺はにやりと微笑み、食糧庫を後にした。
◇
いよいよ奴らが街を襲撃する日が来た。
すでに宿は引き払っている。【鷹眼】が俺を疑っている以上、拠点を変える必要があった。
とある民家を借りており、俺たちは全員、武装して窓から様子を見ていた。
さっそくジオラル王国軍が動き始めた。
ぞろぞろと騎士団どもが完全武装でやってきた。
住人たちが、警戒して窓からみんな様子を見ている。
さて、どう動くか。俺もじっとそれを見ている。
一団の先頭にはきらびやかな馬車がいた。
どういう仕組みか、馬車がぱっかと開き、ステージが出来上がる。
なかなか面白い馬車だ。あとで可能であれば回収しよう。
そこに立つのは王女フレアと同じく、美しい桃色の髪をももった麗しい少女。凛としていながら可愛らしく、そして気品があるという矛盾した存在。
姉とは違い、特別な力をもたず、ただその頭脳だけで王国の実質的な権力さえつかんで見せた天才。
間違いないノルン姫だ。
「みなさん、聞いてください。私たちは魔族に支配されたこの街を救いにやってきました。魔族は人間を家畜のように扱い、人間の血をすするだけで飽き足らず、他の街にも毒牙を伸ばすために、ここで力を蓄えております」
拡声魔法でも使っているのか、声がよく響く。
好き勝手言ってくれる。
血をささげるのはあくまで税を軽くするために自分の意思でやっていることだ。
そもそも、ジオラル王国に見捨てられたからこそ、魔族との共存を選び、なんとかこの街は平和を手に入れた。今更、よそのやつが口を出すことじゃない。
「うるせえ! 俺たちはうまくやってんだ! 救ってほしいなんて誰も頼んでねえぞ!」
住民の一人が馬車の前にやってきた。
見知った顔だ。確か、俺に野菜を売ってくれたおっちゃんだな。
狂牛族の襲撃で死んだかと思っていたが、無事生きていたようだ。
おっちゃんが叫ぶと、そうだそうだと次々に住民が出てくる。
「魔族だって立派な客だ!」
「人間にできないことだってできんだぞ!」
「よそ者が口を出すな帰れ! 帰れ!」
いつの間にか、三十人ほど集まり帰れコール。
それを見たノルン姫が微笑む。そして……右手を掲げ、下におろした。
それと同時に騎士たちが剣を抜いて突撃、馬車の前に集まった人間たちを皆殺しにする。
「おそろしいですわ!? このかたたちは魔族に洗脳されておりました。ああ、なんてひどいことをするのでしょう。恐怖で支配するだけではなく洗脳で心まで奪うなんて……」
しばいがかった声と仕草で、悲劇のヒロインぶる。ご丁寧に涙を目に貯めて。
「でも、安心してください。これより正義を執行しますわ。魔族を皆殺しにしてこの街を救います。殺すのは魔族。そして、洗脳されている方も殺すことで救って差し上げます」
可憐な少女はその可愛らしい唇でとんでもないことを言う。
こいつ、自分で正義なんて言ってやがる。俺の経験上、自分で正義なんていう奴にろくなやつはいない。どう見ても頭がおかしい。まともな神経をしていたら正義なんて言葉を臆面もなく使えるものか。
「ねえ、皆様は洗脳なんてされてないですよねえ? 我々に歯向かったり、魔族をかばったりせいませんよね? 人間ですもの、正常なら私たちに協力して当然です! そうじゃない、洗脳されているかわいそうな人間は殺して救います。繰り返します。皆様、洗脳なんてされてないですよねえ!?」
可憐な少女は、楽しそうに笑う。まるで花畑と子犬と戯れるようなあどけない表情で。
こいつ、完全に狂っている。
洗脳なんてされていないことはわかっているんだ。
これは人間への脅しだ。協力しないと殺すと。
そして、今殺した連中は見せしめ。
こんなものを見せられたら、誰もが魔族を差し出してでも自分を守ろうとするだろう。
そして、ともにすごした魔族たちを売った人間たちは、罪悪感にとらわれ、その罪から逃れるために、あとになって魔族に搾取されていたと言うだろう。
そうなれば、ノルン姫は正しかったことになるのだ。名実ともに魔族から人間を救ったとほめたたえられる。
これが、ノルン姫のやり方。
絶対に許せない。こんな蛮行、この真の正義の味方である【癒】の勇者が捨て置けるものか!
何が正義執行だ。本当の正義を見せてやる。
それにしても……。
「あのおっちゃん、わりと気に入ってたのにな。おっ、ほかにもお気に入りの屋台の店主に、あっちは道具やのお姉さんが殺されてる。あの人たち割り引いてくれたいい人だったよね。うん、結構ポイント高い。いい感じに復讐ポイントが加算されていくなぁ」
さすがに、しばらくこの街で過ごしただけあってなかなか知り合いが多い。
順調に復讐ポイントが加算されていく。
騎士たちがノルン姫の号令で暴れ始めた。
そして、次々に魔族たちを襲っていく。魔族たちは死にはしているがあまり知り合いがいないのでなかなかポイントが溜まらない。
一方的な戦いになってきた。魔族たちも抵抗するが、聖槍騎士団が強すぎる。若干動きは鈍いが、まだ薬は回りきっていないらしい。
また一人魔族が犠牲になった。思わず俺は叫んでしまう。
「カルマン!!」
カルマンの商店が襲われていた。
そして、彼が凶刃に倒れる。
「そんな、この街でできた初めての友達なのに、いい奴だったのに! なんであいつが死なないといけないんだあああああああああ!? 許せない、許せないなああああ、これは許しちゃいけないなぁ! なんてたって、友達を殺されたんだから!」
復讐ポイントに特大のボーナスが入った。
基準値をクリア。
さあ、これで心置きなく復讐できる。
友を失った涙をぬぐって、俺は本当の正義を執行する。
よく死んでくれたカルマン。お前の死は無駄にしない。
そして……もし、ノルン姫をとらえ記憶をあさり、本当に俺の村を襲った黒幕だったそのときは……。
「ダブル復讐ボーナスだ。大変なことになるぞ」
ただでは死なせない。
【剣】の勇者は死ぬことを許したが、ダブル復讐ボーナスが加算されたノルン姫には、死すら許さない。一生かけて償ってもらう。
フレイアと同じく、俺の便利な玩具になってもらう。あの頭脳は手元に置いておくと何かと便利そうだ。それに、姉妹丼、それも高貴な姫君の姉妹丼はなかなかおいしそうだ。思わず下半身が元気になる。
さて行こう。
ここからは、世界を救う【癒】の勇者の英雄譚だ。
絶望に染め上げられ、地獄となったブラニッカを俺が救ってやる!
いつも応援ありがとう。ブクマや評価をいただけると嬉しいです!
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