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第十話:回復術士は新たな友を見つける
魔王の息がかかった狂牛族たちをきっちり片づけてすがすがしい気分で街に戻る。
いいことをしたあとは気持ちがいい、これで当分の間、イヴが襲撃を受けることはない。
もちろん、狂牛族の協力者である夜犬族にも襲撃をかけて潰した。【回復】で得た情報から、前回の襲撃にかかわっていると裏は獲れているので問題なく潰せる。
そちらは諜報担当という性質上、一か所に集まっておらず一網打尽とまではいかないものの、諜報に徹して直接攻撃をしてくるような奴らではないため、放っておいても問題ないとわかっている。
しばらくはおとなしくしているだろうし、こうしている間にも狂牛族の代わりとなる実行部隊を呼び寄せているだろう。
そして、それこそが俺の狙いでもある。
狂牛族たちも、夜犬族たちも定期的に命令を受けて汚れ仕事をしているだけで、魔王を襲撃するために必要な情報を何ももっていなかった。
夜犬族たちは、狂牛族を全滅させられるほど危険な相手に襲われている状況なら、それ相応に強力な部隊を呼ぶはずだ。
強い奴らほど、いい情報を持っている。潰せば魔王につながる情報を持っているはず。
そいつらが来るのが楽しみだ。
「ケアルガ様、楽しそう」
「こう、魚の骨が喉からとれた感じだね。やっぱり、自分を狙っている連中が潜んでいると思うと疲れる。それに、これで宿がとれる。明日が楽しみだ」
当面の脅威を排除したし、夜犬族たちが呼んだ増援が来るまでに時間がかかることを考えると堂々と宿屋に泊まることができる。
廃屋よりも、ずっと住み心地が良くなる。
それに、飯もよくなるだろう。
潰されてしまったあの酒場のように美味しいご飯を出してくれると素敵だ。
そんなことを考えながら、俺たちは家路を急いだ。
◇
「うわあ、ふかふかのベッドです。やっぱり、毛布よりもベッドですね」
フレイアがベッドに飛び込む。
廃屋に住んでいた期間はたった二日なのに、よほどベッドが恋しかったみたいだ。
「いい宿があってよかったな」
「はい、このシーツからお日様の匂いがします」
廃屋の一晩、明かしたあと俺たちは宿を探した。
商店で買い物しながら、おすすめの宿を教えてもらっていたのだ。
「掃除が行き届いているし、シーツもちゃんと天日で干している。うん、高い金を取るだけはあるね」
少なくとも部屋は合格点。
あとは備え付けの食堂兼酒場の質が良ければ文句なしというところだ。
「ケアルガ様、これからどうするの?」
「イヴのペットになる神鳥のところに行けるようになるまでは、この街で待機かな。その間に情報収集しながら路銀を稼ごうと思う。荷物が全部奪われて予定外の出費が多かったしね」
旅のためにそろえていた、外套やテント、保存食。その他もろもろ、部屋に置きっぱなしにしていたものが奪われた。
旅に必要なものはけちらず、最高のものをそろえるのがモットーなのでかなりの痛手だった。
この街で買いなおすつもりだが、その分の補てんが必要だ。
「今日は旅の道具と杖を買いに行こう。フレイアの杖、本気でやばそうだ」
「そうなんです! もう、今の杖、本当にあぶなっかしくて、新しい杖がずっとほしかったんですよ」
この街に来る前からフレイアの杖は限界だった。
先日の襲撃を撃退するために魔法を使ったことでさらに消耗している。
さっさと新しいのを買わないといけないだろう。
荷物を宿屋において、貴重品をポーチに移して出かける準備は万端。
「あの、ケアルガ」
「なんだ、イヴ?」
黒翼族のイヴがおそるおそるといった様子で声をかけてくる。
「やっぱり、一部屋しか借りないんだね」
「ベッドも二つあるし、この部屋の広さなら快適に暮らせるだろ?」
「……もう一部屋借りるつもりはない? その、ケアルガたち、私がいても普通にやるから、気まずいんだよ」
このむっつりさんは、今朝も俺とセツナの日課が始まると隣の部屋に行き、耳を壁に押し当て自分を慰めていた。
きまずいというのも嘘ではないだろうが、それよりも彼女は一部屋だと自分を慰められるずに困ってしまうというのが大きいだろう。
「ないね。イヴ、とりあえず今見えている敵を叩いただけで、襲撃者はまだまだ現れる。同じ部屋にいたほうが守りやすい」
「それはそうだけど」
「二部屋とると金が余計にかかる。イヴの衣食住を支えているのは俺だ。イヴは俺になんの対価も出さずに、自分のために余計な金を使えと」
「うっ、そういわれるとつらい」
イヴはほぼ一文無しだ。彼女の生活にかかる金は全部俺が負担している。
彼女はわりと良識がある。こういう釘の刺し方は効果的だ。
「体で払ってくれるなら考慮してもいいよ。さっそく今夜からやろうか?」
「それ、本末転倒だよね!?」
ちっ、気づかれた。頭が弱そうだから流れでいけると思ったのに。
「もう、いいよ! 一緒の部屋でがまんするよ! でも、その少しは気を使ってもいいんじゃないかな!? せめて、行為の最中外出するぐらい許してよ」
「……死にたいのか? 夜に命を狙われている少女が一人きりで出歩く? 夜こそ俺たちと一緒にいるべきだろう」
なんという命知らず。
あれだけ派手に襲われておいて、その発想がでるとは驚きだ。
「うっ……なら、ちょっと我慢するとか」
「どうして俺がイヴのために我慢しないといけないんだ。それに……回数を減らしたらセツナとフレイアがかわいそうだろう」
「ん。今でも少ないぐらい、もっとケアルガ様にかわいがってほしい」
「ケアルガ様に抱かれているときが一番幸せです」
二人は顔を赤くしてそれぞれ右腕と左腕に抱き着いてくる。
「というわけだ。多数決で、イヴには悪いが耐えてもらおう。大丈夫、そのうち慣れるさ。セツナとフレイアの喘ぎ声が子守歌に聞こえるようになるから」
「ならないよ!?」
相変わらず、イヴの突っ込みは心地よい。
いずれはイヴも加えて三人でやりたいものだ。その日はそんなに遠くないだろう。
さて、たっぷりイヴで遊んだことだし、買い物に出かけよう。
◇
旅の道具と、杖を買いに商店に来ていた。
遠くから俺たちを監視している視線を感じる。
夜犬族たちの生き残りだろう。
襲ってきてくれないかな。酒場で襲われるよりはここで襲われたほうがいい。
「あのテントすごそう」
「おっ、いいな。さすがは人と魔族が共存している街だ」
セツナが指さしたのは折り畳み式のテント。
だが、素材に魔獣の皮と骨を使っている。
通常のテントよりも布が薄く軽いが、強度は上回っているし汚れにくく水をよくはじく。テントの骨は、比喩表現でなく本当の骨を使っていて、そちらも軽く良くしなり強度も抜群だ。まさに夢の素材だ。
テントづくりの技は、魔族のものではなく人間のもの。魔族の魔物素材に関する知識と人間の培った技術の融合。
こういうのを見ると、人と魔族の共存は素晴らしいものに思える。
値段が手ごろなのも評価が高い。
迷わずに購入した。これは、たとえ荷物を失っていなくても購入を考えるほどいいものだ。
「ケアルガ様、いい杖がありました。よく手になじみます」
通りの向こうからフレイアの声が聞こえる。
そこは魔族が開いている商店で、武器や防具、薬。いろいろと並んでいる。
「血染樹の枝に、魔物の羽根をあしらった杖か。しかも、俺にも手がぎりぎり届く値段だ。普通はこんな値段で買えるものじゃないんだが……品質にも問題ない。いいね。掘り出しものだよ。買おうか」
「やった! 血染樹って初めて聞きます。すごい樹なんですか?」
「血を栄養に育つ樹なんだ。たぶん、魔物の血をたっぷり吸って育っている。血染樹は、吸った血で成長の仕方が変わる。魔力を含んだ血、それも、たぶん杖にすることを前提に考えて、魔力をよく集め、通りがよくなる育ち方をする魔物を選んだんじゃないかな」
じゃないと、これほどのものはできない。その手間を考えると安すぎる。
人間の生活圏では見ない樹だし、それを杖に合わせて育てるなんて、魔物を自在に操れる魔族にしか不可能な芸当だろう。
「兄さん。お目が高いね。その通り! この杖にあしらっている、シャクヤ鳥の血を定期的に与えて育てた樹で作った枝だ。シャクヤ鳥の血を吸わせると、丈夫で魔力を練りやすい最高の杖が作れる。ほかじゃ、滅多に見られない逸品だよ」
たしかに、このレベルの杖はなかなか見ることができない。
死病の治療で稼いだ金のほとんどを使ってしまうが絶対に見逃せない。
……とはいえ、本格的に路銀を稼がないとまずくなってしまうな。
「よし、もらおう」
「まいどあり!」
俺は金貨を渡して、杖を購入する。
「ケアルガ様、ありがとうございます。ケアルガ様の贈り物大事にしますね」
フレイアは嬉しそうにぎゅっと杖を抱きしめた。
「そうしてくれ。フレイア、少し杖に魔力を込めてもらっていいか」
「はい!」
フレイアが全力で魔力を込める。
フレイアが全力で魔力を込めても軋む様子も痛む様子もない。
並みの杖ではこうはいかない。
魔族の商人が、フレイアの桁違いの魔力を見て目を見開いている。それぐらいにフレイアの魔力は異常だ。
「次、循環させてくれ。術を放つときと同じ要領で」
「やってみますね」
「ふむ、やっぱりよどみがあるな。ちょっと杖を貸してくれ。矯正する」
「よろしくお願いします!」
魔力を循環する際に、いくつか魔力回路に抵抗があるのが見て取れた。
抵抗は威力を減衰させるだけじゃなく、杖にダメージを与える。
杖の性能をあげるためにも、杖を長持ちさせるためにも抵抗を取り除かないといけない。
フレイアから杖を受け取る。
こういう、魔力をもった木で作った杖には、杖そのものに魔術回路が形成される。
魔術回路をよどみなく流れるように、錬金魔術を使って魔術回路をチューニングし、最適なものに作り変える。
よし、抵抗がなくなった。
「フレイア、もう一度魔力の循環を」
「はい! すごいです! さっきよりずっとスムーズ! これならどんな魔術も使いこなせます」
「よかった。じゃあ、次の店に行こうか」
やっぱり、錬金術士の技能と知識、錬金魔術は便利だ。
さすがは、ジオラル王国最高の錬金術士を【模倣】した甲斐があった。いろいろと役立つ。
杖が手に入ったし、残りの旅道具を買い集めながら、路銀集めの算段をしよう。
このままだと、あと一週間滞在すれば金が底を尽きる。
「ちょっ、兄さん、待ってくれ。その杖、俺にも見せてもらっていいか」
「別に構わないが?」
商人に呼び止められ、フレイアに杖を渡すように伝える。
「ほう、こいつはすげえ。本当に特級品になってやがる。兄さん、その若さではんぱねえ腕の持ち主だな」
「気が済んだなら返してほしいんだが」
「待ってくれ。商談だ。ここにもう二本、杖がある。こいつらも同じように、チューニングしてくれたら、さっきの金の三分の一を返すぜ」
少し、考える。
三分の一戻ってくるのはうれしい。
そして、彼のいうことから推理すると、ここに並んでいたのはおそらく二級品だ。
一本の樹から無数の枝が採れて杖にできるが、魔力の収束、循環性能でクラスわけされているのだろう。ここにあるものは、循環性能が悪く二級品と判断されていたものだ。
どおりで、使っている材料に比べて安すぎると思った。
そして、循環性能さえ改善すれば特級品として売れるので、商人はこの話を持ち掛けてきた。
「三分の一じゃ受けられないな。半分だ。半分払い戻してくれれば、残りの二本も面倒をみよう」
「兄さん、欲を出しすぎじゃないか」
「まさか、あんたは全額返してもぎりぎり元を取れる。半分でも大きな儲け、三分の一しか返さないのはぼりすぎだ」
「……そこまでわかってる客か、いいぜ、半分返してやる」
半分というのは商人の顔を立てた要求だ。
それ以上だと、商人にプライドを優先する余地が生まれる。
受け取った二本の杖を手早くチューニングして商人に手渡し、商人はきっちり杖の具合を確認した。用心深い商人だ。好感がわく。
「本当にほれぼれする腕だね。兄さん、何もの?」
「ただのしがない旅人だよ」
「んなわけねえだろう」
商人は笑いながら、金貨を包んだ袋を投げ渡してくる。
さきほど支払った金額の半分だ。
「こいつはおまけだ」
そして、細身の剣を投げてくる。
さやから引き抜くと、ミスリルの美しい刀身があらわになった。
「ちょっとだけ、俺がもうけすぎた。このまま帰すと、俺の商人としての名が泣く。兄さんの腰にさしてるの、もう、悲鳴をあげてるぜ。悪いことは言わねえから、俺のやった剣を使いな」
「はじめは、もっとぼろうとしたくせによく言う」
「馬鹿な素人からぼったくるのはいいが、わかってる職人相手に損をさせるのはまた別だ。黙って受け取れ」
「感謝する」
今まで使ってきた剣は、近衛騎士隊長のものを拝借してもので、ずっと使い続けてきた。
もともと年季が入ったものだったし、無茶な使い方をしていたので金属に疲労がたまり、ごまかしがきかなくなってきたところだ。
新しい剣は非常に助かる。
そのあと、少々、この商人と雑談した。
いくつかの商談も交える。
この杖のように、お互いがもうけられそうな案件がいくつかあった。
話がはずんで、今日の夜に商談を兼ねて一緒に飲もうと約束する。いい地酒とうまい料理がある店を紹介してくれるらしい。
思わぬ、いい出会いだった。
何より……俺はこいつを気に入った。気がいい奴だし、商人としてまっすぐだ。話をしていて楽しい。
もし、こいつが殺されれば悲しむことができる。友達になれるかもしれない。
そんなことを考えていると、街が騒がしくなる。
中央街道のほうに何かが来ている。
そちらのほうに向かう。
すると、そこには馬に乗った騎士たちが数百人、見事に隊列を組んでの行進、そしてその中央には王家の紋章が入った馬車。
「妹姫……ついにやってきたか」
やって来たのは、俺の村の襲撃の黒幕と思しき人物。
ジオラル王国でもっとも、無慈悲かつ狡猾な毒婦。
この世界でもっとも俺が恐れている策士。
その名は、ジオラル王国第二王女、ノルン・クラタリッサ・ジオラル。
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