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第九話:回復術士は食べ物の大切さを教える
アイアンヘッド・カウに狂牛族の男たちが襲われている。
それをセツナと共に森の木々に隠れながら見ていた。
最高に笑える見世物で、笑いをこらえるのが難しい。
これを引き起こしたのは俺だ。
アイアンヘッド・カウに媚薬を投与した結果、雄牛ならなんでもいいと魔族を襲っている。魔族には魔物を操る力があるが、完全に我を失ったアイアンヘッド・カウには魔族の支配が届かない。
「魔物にも効果があったんだな。あの媚薬」
巨大なアイアンヘッド・カウがここまで狂うとは驚きだ。なるほど、豹の魔族があっさり壊れたのも納得だ。
この媚薬は気を付けて使おう。壊すつもりでないと使ってはいけない。
残念だ。こんど剣聖クレハに使って、様々なプレイを楽しもうと思っていたが、こんなものを使ったら廃人になる。あれは、利用価値があるし女性としての魅力もある。壊してしまうのは惜しい。俺のお気に入りだ。
アイアンヘッド・カウは狂牛族の男を押し倒して、腰を振り続けている。だが、その動きは次第に緩慢になっていき、最後には白目をむいて失神した。
薬が回り過ぎたようだ。
さきほどまで逃げ回っていた狂牛族の生き残りたちが獲物を手に、駆け寄ってきてアイアンヘッド・カウを始末しようと武器を振るっている。
大事なペットになんてひどいことをするんだろう。ペットは家族だ。家族に手をかけるなんてあいつらには血も涙もないのか。
「セツナ、奴らはアイアンヘッド・カウの始末に夢中な奴らに奇襲をかけよう。おまえは左から攻めろ。ためらわずに殺せ」
「了解。迅速に始末する」
無傷の狂牛族はたった四人。残りはアイアンヘッド・カウによって殺されるか瀕死の重傷だ。
四人のうち二人はセツナに殺させる。二人もいれば情報源として十分だし、俺の復讐対象のおもちゃとしても問題ない。
殺さずに無力化するのは、普通に殺すより難しいしリスクがあるためセツナには任せられない。大事なセツナを危険にさらすわけにはいかない。
だからこそ、俺がやる。
この騒ぎで、伏兵がいることは考えずらい。今、目の前にいるのが敵のすべてだろう。
セツナが手に氷の爪をまとい戦闘態勢に入る。お互い顔を合わせて頷いて飛び出す。
俺は、【回復】で得た超一流の暗殺者の技術を用いて無音での歩行を可能にしているが、セツナのほうは氷狼族特有の柔軟な筋肉が無音での走りを可能にしていた。セツナは天性の狩猟者だ。こういった奇襲にすさまじい適性がある。
アイアンヘッド・カウに夢中な狂牛族たちは死角から無音で近づく俺たちに気付いていない。
セツナが先に男たちの背後に近づき両手を一閃した。それぞれの手で別の狂牛族の男を狙っている。
彼女の氷の爪は超一流の鍛冶師が造り上げた刃のように鋭利だ。頸動脈を掻き切り血が噴水のように流れる。悲鳴を上げることすらできず二人の狂牛族たちが倒れる。
鮮やかな手並み。一撃で殺すならあれ以上効率のいい方法はないだろう。拍手を贈りたい気分だ。
俺も負けていられないな。
「血っ、血がああああああ」
「てめえ、何者だ」
血の噴水に気付いた生き残りがセツナに視線を向けた。
隙だらけ。
俺の手には液体を染み込ませた布がある。その布には即効性の睡眠薬が染み込んでいた。一歩間違えれば、二度と目覚めないぐらいの強力なものだが、まあ、失敗したならそれでいい。遊べなくなるのは残念だけどそれだけだ。
欲をいえば前もって実験しておきたかったが、こんな危険なものを自分で試すつもりになれなかったし、可愛いセツナや便利なフレイアに使っての実験も論外。
人体実験は、死んでもいい外道を使うに限る。
セツナを警戒する狂牛族の後ろから近付いて口元に布を押し当てると、痙攣して失神する。その要領でもう一人も無力化。
「うん、いい薬だね。生け捕りが随分楽になる」
一応、心臓は動いているから死んではいない。
あとは脳に深刻なダメージがないかが問題だ。
「セツナ、お疲れ様。また腕をあげたね」
「レベルが上がったおかげで体が軽い。それに、フレイアに教えているときに基礎を再確認できた」
「セツナが真面目に教えているからだよ。本気で教えないとそうはならない。偉いぞセツナ」
「ん」
セツナのほうに近づき頭を撫でる。
すると、セツナは頬を染めて頷く。相変わらずセツナは可愛い奴だ。
彼女から離れて、アイアンヘッド・カウに襲われて瀕死の重傷の連中をさくっと始末した。
「さて、じゃあとっとと情報を引き出そうとするか。この街でイヴを狙っているのはこいつらだけかを知っておこないとね。こいつらだけなら、大手を振って宿に移れて普通の暮らしができる」
廃屋暮らしはなかなか不便だ。
毛布は買ったものの、やっぱり柔らかい布団の上で気持ちよくセックスしたい。
「拷問、セツナも手伝う」
「ありがとう。助かるよ。外出中の奴らがいたら、戻ってくるかもしれないし、とりあえず場所を移そうか。セツナ、こちらの同族が近づけば臭いでわかるか?」
「狂牛族の匂いは特徴的。今はほとんど無風だからだいぶ遠くてもわかる。少なくても数百メートルぐらいにはいないし近づけばわかる」
頼りになる。こういった優れた嗅覚などは【模倣】でもどうにもならない。
やっぱり、仲間にするなら亜人か魔族だな。黒翼族のイヴにも何か特技があるかもしれないからいろいろと話を聞いてみよう。
では、さっそく拷問だ。
ぱっと見た限り、狂牛族たちはちゃんと目を覚ましそうだ。ただ、かなりぎりぎりだったな。もうちょっと濃度が高ければ殺してしまっていた。
今回使った睡眠薬はちょっと薄めよう。あほみたいに丈夫な狂牛族たちでこうだ。人間に使っていれば一発廃人。やっぱり、人体実験は重要だ。
今後、趣味で作っている怪しげなポーションは、こうして死んでもいいクズどもに出会ったら積極的に投与してデータを集めるようにしよう。趣味と実益を兼ねた楽しい遊びだ。
◇
深い森の中に場所を移す。
さて、楽しい楽しい復讐タイムだ。
罪状を纏めよう。イヴに向かって儀式魔法の火炎魔術をぶちこんだ。もちろん俺も効果範囲にいたし、それだけじゃなく可愛いセツナも便利なフレイアも巻き込まれる位置にいた。
俺を殺すことが目的ではないが、結果として俺たちも多大な被害を受けた。
次に、美味しい熊鍋を作ってくれた店を壊してくれたこと。熊鍋も最高にうまかったが、おつまみ自体のレベルも高く、この街の地酒も感動するほどの味だった。毎日でも通おうと決めていたのに、こいつらのせいで一度きりで終わり。
今でも夢で思い出す。メニューには、今まで見たことがないおいしそうなものが並んでいたのだ。どれもこれもこいつらのせいで二度と食べられない。
ようするに、こいつらは死んで当然の極悪人ということになる。
俺は俺から奪うものを絶対に許さない。
「ケアルガ様、これぐらいでいい」
「ああ、ありがとう」
セツナに地面を深く掘ってもらった。
氷の魔法は便利だ。セツナは器用に氷でスコップを作り出しすさまじい身体能力をフル活用し、一気に五メートルほどの深い穴を掘ってくれた。
そこに狂う牛族の男たちを放り込む。頑丈な奴らなら死なないだろう。
逃げられないように、両足のアキレス健を切っているし腕のほうもばきばきに砕いた。自己治癒力が高い狂牛族でも自然治癒は絶望的。
さらに、俺の錬金魔術で穴を固めてつるつるにし指をかけれないようにした。
「さてと、そろそろ起きるころかな」
俺は優しいので【回復】してやっている。適度に睡眠薬を中和し、計算上ではあと三十秒で起きる頃合いだ。
よし、起きた。
「ここはどこだ!?」
「俺たちは襲われて、痛てえええええ」
「なんじゃこりゃ、足も、手もおおおおお」
意識を取り戻した彼らは、両手両足の痛みを感じて悶え、苦しむ。
ある程度、落ち着くのを待ってから穴を覗き込む。この状況にもかかわらず短時間で落ち着けるなんて、曲りなりにも魔王の命令を受けてイヴを襲撃しただけはある。
「こんばんは、狂牛族の方々」
「てめえは、あいつを助けた」
「ああ、か弱き少女を守る、正義の騎士ケアルガだ」
彼らは俺の顔を覚えている。
あの襲撃者のほかに見張りがいるという読みはあたりだった。
「ふざけるな! なにが正義の騎士だ、おまえ、キ●ガイか!?」
「失礼な。俺は極めて正常だ。むしろ、正常さかけては人類トップクラスと言っていい。さて、君たちは今の自分の状況がわかっているかな? それを踏まえたうえでの発言をしたほうが利口だと思うけど」
男たちは押し黙る。
そして、一つの結論にたどり着いた。
アイアンヘッド・カウを暴走させた犯人が目の前にいて自分たち以外はすでに殺されていると。
そして、自分たちも両手両足を壊され脱出不能な場所にいる。
ようするに、彼らの命は俺の手の中にある。
「てめえ、ケアルガって言ったな。俺たちを生かしているのにはわけがあるんだろう」
かしこい。ちゃんとわかっているようだ。
「聞きたいことがある。この街でイヴを狙っているのはおまえたちのグループだけか」
「答えれば、ここから出してくれるのか?」
「ああ、約束しよう。俺は嘘はつかない」
謙虚で誠実であることがモットーなのでなるべく嘘をつかないようにしている。自分を守るための嘘、可愛い女の子を喜ばせる嘘はつくのだが、それはそれというやつだ。
「……この街で魔王候補を狙っているのは俺たちだけだ。ここから出してくれるなら、二度と魔王候補にもおまえたちにも手を出さないと誓う」
復讐ポイントにさらなる加算。残念、ポイントが一定値を溜まったので殺害方法が一ランク残酷にクラスアップ。
こいつは嘘をついた。
これはもう地獄に落ちるしかない。尋問なんて、趣味でやっているだけで【回復】で情報はすでに抜き取っている。
やつらのほかに、魔王の息がかかった夜犬族のアウトローもいて狂牛族たちをバックアップしているのだ。
それを知っていて、話さなかった。
「おかしいなあ、おまえたちの仲間が夜犬族の諜報員のことをげろったんだけどな。……本当のことを言えば助けてやれたのに。まあ、なんだ。自業自得だな。そこで死ねばいいさ」
俺は笑う。
狂牛族たちの顔が絶望に染まる。
人というのは不思議なもので、理不尽な死よりも、自らの行動が招いた死のほうがずっと絶望が深まる。
そのためだけにわざわざ演技をしてやった。
まあ、ぶっちゃけ。本当のことを言おうが、言わなかろうが、殺すつもりだったがこいつらは後悔の中死んでもらおう。
「おっ、俺たちは末端で、知らなかったんだ。本当だ。悪気はない」
見苦しいな。
これも嘘だ。こいつは副リーダーですべて知っている。こんな嘘が通用すると思われているのは腹が立つ。
「わかった。信じよう。でも、ペナルティは必要だな」
セツナに命じてたっぷりと氷の雨を降らせる。この高さだ。かなり痛いようで穴のなかから悲鳴が聞こえてくる。
しばらくして穴の中に氷が溜まった。
俺の錬金魔術で穴の中はつるつるにしているので、氷が溶ければきっちり穴の中に水が溜まる親切設計だ。
「さて、俺をだまそうとした罰だ。穴から出してやるが穴から出すのは二週間後だ。それまで生き延びていればいいな。水はたっぷり用意してやったからなんとかなるだろう」
俺は奴らに背を向ける。
「まっ、待ってくれ。水があっても食料がないとどうしようも」
「うまい料理を出す酒場を襲ったおまえたちは、食べ物のありがたさをしる必要がある。そこで学ぶといい」
このおしおきは、こいつらに食べ物のありがたみを感じてもらうために行った。
きちんと食べ物のありがたみがわかっていれば、あんなに素敵な料理を出してくれる酒場で襲撃せず、ちゃんと店を出たあとに襲っただろう。
ある意味、こいつらはかわいそうな奴らだ。だから、食べ物のありがたみがわかるように導いてやる。いいことをしたあとは気持ちがいい。
「いやだ、絶対に飢え死にする!」
叫び声が聞こえてくる。
ふむ、不思議なことを。ちゃんと食料ならあるじゃないか。立派な牛肉が。
「おまえたち、どっちか一人が食料になれば二週間もつかもな。まあ、がんばれ。……セツナ、行こうか。うーん、すっきりした。食べ物の恨みを晴らせたよ」
「ん。今日は疲れた」
遠く、争いあう音が聞こえている。
俺との交渉で黙っていたほうが、かなりご立腹なようで、こうなったのはおまえのせいだから、おまえが犠牲になれと叫んでいる。
うわぁ、本気で食べる気かな? 気持ち悪い。たとえ、二週間たっても助けつもりがないのに無駄なことを。
俺は薄く笑いながら、森を後にした。やっぱり、この復讐は最高に楽しい。
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