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真由人の思い、流星の涙
記憶のフィルムを巻き戻して、2年前の情景を言葉に変えて話した真由人は、最後に大きく息を吐くと長い追憶の物語の幕を下ろした。沈黙が橙色の雲に乗って流れていく。耳を澄ませば空気の妖精の無邪気な笑い声が聞こえてきそうだ。
「――馬鹿野郎」
掠れた声が沈黙を裂いた。それはあたかも硬いブラシで喉の奥を削り取られたような声だ。声を出したのは流星だった。流星を見た小鳥と真由人は、驚きに頬を打たれて瞠目する。なんと流星は切れ長の双眸から涙を溢れさせていた。予想だにしていなかった、流星の反応を目にした小鳥と真由人は、ただ呆然としていた。
「こんな奴を支えるために、苦労して手にした夢を手放すなんて、お前は馬鹿だ、大馬鹿野郎だ。オレはお前から夢を奪った最低なクソ野郎だよ――」
流星の声はしだいに小さくなっていき、やがて嗚咽に変わった。涙を抑えようと流星が空を仰ぐ。夕焼けの光を閉じ込めた涙滴が、次々と地面に落ちていく。真由人は流星を泣かせてしまったと後悔しているようだった。相手を泣かせる行為は諸刃の剣のようなもの。自分も相手も傷つけてしまうのだ。真由人は流星との距離を詰めると彼の両肩に手を置き、真摯な眼差しで見つめた。
「これは俺が自分で選んだ道だ、お前のせいじゃない。だからそんなに自分を責めないでくれ。流星、俺はお前と一緒に飛びたいと思ったから、ブルーインパルスに戻ってきたんだよ。お前と一緒なら、どこまでも自由に飛んでいけそうな気がするんだ」
端正な顔を歪ませた流星は真由人に抱きつくと、とめどなく溢れ続ける涙で彼の肩を濡らした。涙と流星を抱き留めた真由人は、嗚咽で震える背中を優しく叩きながら、彼を苦しめている悲しみが早く去るようにと願う。だがそれでも流星は泣き止まない。嘆息を一回。優しい苦笑を浮かべた真由人は、魔法の言葉を彼の耳元で静かに紡いだ。
「いつまでも泣いていると、荒鷹さんに笑われるぞ」
真由人が腕に抱く流星は小さく頷くと、肩に押しつけていた顔を上げた。切れ長の双眸はまだ潤んでいたが、もう二度とその目から涙滴が零れ落ちることはなかった。空の上の神様が友人を想う真由人の願いを叶えてくれたのだ。
鼻を啜り涙を拭いた流星が右手を差し出した。真由人は躊躇うことなく差し出された右手を取る。その握力の強さに、真由人は思わず顔を歪めたが、負けじとさらに強い力で握り返した。二人の顔に自然と笑みが浮かぶ。小鳥も泣き笑いながら、固く握り合う二人の手の上に、小さくて華奢な両手を重ねた。三人のドルフィンライダーを包み込む天空の夕焼けは、いつまでも暮れないでほしいと願いたくなるほど、美しい色だった。

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