ブロックチェーンの活路は
人工知能との連携にあり
能力のコモディティ化が切り拓く新市場
文明の進化の背後には、道具の進化が存在する。石器や土器、動力機関、情報処理機器や通信機器など技術開発に基づく狭義の道具のみならず、人間活動の枠組みとしての社会構造である組織やコミュニティを規定する装置としての「道具」も含んでいる。これまで膨大な数の道具が登場してきたが、ブロックチェーンは、はたして私たちの社会に変化を引き起こす道具となるのか。その可能性と課題を考えていく。
『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2017年8月号より、1週間の期間限定で抜粋版をお届けする。
「道具」としてのブロックチェーン
文明の進化は、道具の進化である。「道具」とは、石器や土器に始まり、動力機関を経て、情報処理機器や通信機器など、技術開発に基づく狭義のものばかりではない。人間活動の枠組みとしての社会構造である組織やコミュニティを規定する装置としての「道具」も含んでいると考えるべきであろう。
現在に至るまで膨大な数の「道具」が、発明されている。その価値は、効率化や正確さの向上などを通じて、我々の行為を広い意味で最適化し、主に量的側面に貢献する道具と、産業革命などを引き起こし、量的な変化を引き起こしつつ最終的には、我々の生活を質的に転換していく道具とに分けられる。もちろん、劇的な量的変化が質的変化へと転換することはあるので、二つは必ずしも明確に分けられるものでもない。しかし、大きな発明は、量的な変化を伴いながらも、確実に大きな質的変化をもたらしている。
このような視点に立った時に、ブロックチェーンは、この道具の歴史の中でどのような位置を占めるのであろうか。サトシ・ナカモトの論文に端を発したブロックチェーンは、分散ネットワーク上で情報をセキュアかつ改ざんなく共有することができる技術であり、楕円暗号、ハッシュ関数、公開鍵暗号、プルーフ・オブ・ワークなどのコンセンサスアルゴリズムの巧妙な組み合わせによって成り立っている。これによって、ネットワークのハブとなる機関の信頼性が担保されない場合でも、やりとりしている情報に改ざんなどがないことが保証されるので、ネットワークのメンバー間での情報のやりとりが促進される。
現状において、ハブ型の信頼性保証機関の代表例は、金融機関である。当然、その応用の一つであるビットコインなどの暗号通貨やスマートコントラクト、さらにはICO(Initial Coin Offering)は、金融分野などで大きな影響を与えるといわれている。この領域に関しては、すでに多くの書籍や論考が発表されているので、ここでは触れない。ここでは、その先の世界を考えてみようと思う。
なお本稿において、「ブロックチェーン」という名称は、オリジナルのブロックチェーンのみならず、イーサリアムなどの一連の派生形も含む総称として使っている。同時に、ここで議論するさまざまな応用の可能性は、分散台帳や改ざん不可能性、劇的に低い取引コストなどの条件を満たすのであるならば、ブロックチェーン以外の方式でも代替可能であると考えられることは、初めに明確にしておきたい。
インターネットがもたらした
中央集権化型企業の台頭
既存の企業は、基本的に中央集権型の構造である。その中にあって、特に巨大化した中央集権型企業の代表例が、アップル、グーグル(アルファベット)、マイクロソフト、アマゾン・ドットコム、フェイスブックなどであり、エクソンモービルやジョンソン・エンド・ジョンソンの時価総額をはるかに上回っている。これらの企業は、インターネットという技術的基盤を前提として生み出されたサービスを展開している企業である。
たとえば、グーグルは、「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにする」という理念の下に、インターネット上の情報に関する最大の中央集権型の企業となった。アマゾンも、eコマースの分野での巨大な中央集権型企業である。これらの企業は、量的な変化が、質的な変貌を引き起こすことをまざまざと見せ付けたともいえる。そこで起きたことは、極めて劇的な情報アクセスの拡大とアクセスした情報に基づきサービスや物品を入手する手段(データ通信や物流)の劇的向上・効率化による、ライフスタイルと産業構造の変革であった。
従来は、図書館や書店など物理的な施設・店舗の利用や放送メディアからの一方向的な情報を受け取ることが、情報アクセスの主要な手段であった。これらは、物理的スペースや利用できるチャネルなどの制約があり、これを有効活用するには、需要の大きい情報が優先的にそのリソースに乗せられてきた。これは、一般の物品を販売する店舗でも同様であった。
しかし、インターネットの出現により、理論的には、誰もが従来ではアクセスできなかった稀少な情報にまでアクセスできるようになり、どのような情報、コンテンツ、サービス、物品が存在するかを発見できるようになった。そして、大容量高速ネットワークの普及に伴い、大容量コンテンツや広範なネットワーク上でのサービスへのアクセスも可能となった。さらに、拡大した情報アクセスに対応する物流システムの最適化が進んだことにより、eコマースが劇的に拡大した。ネットで、あらゆる商品を検索し、それを注文すれば、数時間から数日のうちに配達されるのである。
この結果、広範なユーザー層は、売れ筋商品のみならず、それとは逆側のいわゆるロングテール側の情報やサービスへのアクセスが可能となり、アマゾンなど、極端に多様な品揃えをもってして消費者を誘引する戦略を取る企業も現れた。これは、消費者の利便性を劇的に向上させたのと同時に、従来では限定的な地域や集団にしかリーチできなかった売り手が、世界中の消費者に対してリーチできる可能性を与えた点でも革新的であった。
究極のロングテール側のサービスプロバイダーは、名もない個人である。ユーチューブやツイッターなどの出現により、名もない個人の投稿が、一瞬にして世界中に広まり、それによってその個人が名声と莫大な経済的利益を手にすることも起きた。これに伴い、プラットフォーマーも大きな利益を享受する。
これは、従来はアクセスできなかった情報も含めた網羅的な情報へのアクセスと、そこで発見した内容や物品を入手する手段(高速大容量通信と物流)の飛躍的向上という両輪によって成し遂げられた、情報やサービスというフロンティアの開拓である。
eコマースの商品を売上順に並べると、ヘッド領域に分布するごく少数の商品が売上げの多くを担っていると同時に、テール領域(ロングテール領域とも呼ぶ)に分布する売上げが少ない商品群も、それを足し合わせると無視できない割合を担っていることがわかる(図表1「ロングテール分布」を参照)。研究によってばらつきはあるが、ロングテール側が、売上げ全体の20~40%の割合となることが多い。
同時に、このフロンティアの開拓は、副作用も存在する。インターネットベースの事業モデルの出現以前は、ロングテール側は、グローバルな認知を得られなかった半面、その周辺で限定的な商圏を築き、その中での安定的な活動ができた。これは物理的周辺の時も、嗜好が同調するコミュニティとしての周辺の場合もあるが、ある意味、経済学的なエコロジカルニッチを形成していたともいえる。しかし、このニッチ内の消費者が、ネットでニッチ外の商品を購入し始め、ニッチが不安定化する。そもそも自然界において、小さなニッチは生態学的に不安定である。それが経済活動にも同様に当てはまるなら、経済学的ニッチは、このような擾乱に対して脆弱である。
これが起きると、結果的に、ロングテール側に存在し、ニッチ内に留まらざるをえないタイプの事業を営む小規模サービスプロバイダーの利益が、中央集権側に収奪され、ニッチの崩壊が起きる。米国における、ショッピングモールの廃墟化、小売業の不振などはこの結果ともいえる。これは中央集権型企業の資本収益率を極大化させる一方で、ニッチ内事業者の富の増加は地域の経済成長に依存せざるをえない状況となり、富の偏在を加速する構造であるともいえる。
取引コストの低減と信用補完による
新たなロングテールの出現
では、「価値のインターネット」ともいわれるブロックチェーンだが、それは、インターネットと同じようなフロンティアの開拓と産業構造の激変をもたらすのであろうか。
ブロックチェーンが導入されることで、P2Pでの信頼性が高く、限りなく低いコストでの取引が可能となる。この時、取引記録は分散型台帳に記録され、集中型データベースやそれを基盤とした取引システムを経由しない。ドン・タプスコットらのブロックチェーンの推進者は、これらの特徴が、中央集権型経済活動から非中央集権型経済活動への移行を促すと主張している。
たとえば、ブロックチェーンが、スマートコントラクトとの組み合わせで展開する場合、個々の契約コストが激減し、取引の信頼性が担保されることで、従来よりも劇的に小口の契約がビジネス的に意味を帯びてくる可能性がある。つまり、ロングテール側の掘り起こしを取引メカニズムの改革によって拡大しようという方向である。
このような取引は、金融分野以外にも分散型システム間での取引を主流にしたいと考えているいくつかの分野で、実証試験が開始されている。その一つが、再生可能エネルギーによる分散グリッドシステム上での電力取引である。
たとえば、再生可能エネルギー関連のスタートアップである LO3 Energy は、ブルックリンで各家庭に分散設置した太陽光発電パネルからの電力流通にブロックチェーンを利用している。さらに同社は、オーストラリアの Power Ledger とともに、オーストラリアとニュージーランドにおけるブロックチェーンを利用したマイクログリッドでの電力融通のトライアルを計画している。
筆者らも、オープンエネルギーシステム(open energy system)という直流送配電を用いた分散マイクログリッドの開発を行い、西アフリカ各国と沖縄において実証試験を行っている。沖縄科学技術大学院大学(OIST)では、19棟の教職員住宅に対して電力供給を行う実証運用を行っている。ここでは、各住宅に設置してあるエネルギーサーバー(蓄電装置と電力融通ルーターなどによって構成される)間で自律的に需給調整が行われ、電力の融通が発生する。
その実績値では、1軒当たり1日の消費電力量は、10~30キロワットアワーである。電力融通は、システムの設定などに依存するが、電力消費の数%から、2割程度が想定できる。仮に2割が融通によるものと仮定すると、日本での電力価格は、おおよそ1キロワットアワーで30円程度であるので、1日で120円程度の取引である。通常、電力系統は中央集権型企業が保有しているので、その電力会社自体が設置・運用するマイクログリッドであるならば、電力融通のデータを中央で集約し、月次で課金や支払いを行うことで十分対応可能である。しかし、電力融通が、個別の電力会社内で閉じずに、未知の電力供給者との接続が存在するオープンな分散グリッドで行われる場合や、地域を一時的に通過するEVに供給する場合などには、少量のスポット決済や電力融通条件、価格変動を踏まえたオプション取引など、スマートコントラクト化することで、より柔軟なサービスが生み出されるという局面もあるだろう(写真「自律分散型の電力融通」を参照)。
同時に、発電源や送配電に関するトレーサビリティ(追跡可能性)も、重要な側面である。完全に自由化された電力市場を想定してほしい。たとえば、再生可能エネルギー源からの購買に限定するという契約を結びたい場合、発電源から送配電履歴を記載したブロックチェーンが導入されれば、自動的にスマートコントラクトに記載された要求仕様に適合した電力購入が可能となる。この際、化石燃料や原発の電力を再生可能エネルギーからの電力と偽って販売するという懸念があるかもしれないが、発電源から送配電までの履歴を改ざん不可能な形で管理できるため、このような問題は避けられる。
むしろここで問題になるのは、ブロックチェーンのエネルギー消費である。たとえば、典型的なコンセンサスメカニズムであるプルーフ・オブ・ワーク(proof-of-work)では、膨大な計算量が必要とされ、それには大量の電力消費が伴う。ある試算では、2020年には、1ビットコインのマイニングに、5500キロワットアワーが必要とされ、その時点でビットコインの採掘に使用される電力は、デンマークのエネルギー消費と同等になるとされている。この問題の解決なくしては、電力系への導入は困難であり、プルーフ・オブ・ステーク(proof-of-stakes)など計算量が少ないコンセンサスアルゴリズムの導入で解決する必要がある。
現状のブロックチェーンにより取引コストが低減するという議論の背景には、採掘コストを外部化し、人件費と電力コストの安い中国で採掘が行われているという前提がある。電力消費などを考えると、実際にシステム総体の維持運営コストがどのくらい低くなるかは、コンセンサスアルゴリズムの設計に大きく依存する。また、採掘が少数の業者に委ねられた場合に、そのブロックチェーンの信頼度はどうなるのかも重要な課題である。現在、ビットコインでは、上位7社(すべて中国企業)によって、75%の採掘が行われている。
そもそもブロックチェーンは、「通信システムにおいて、偽りの情報が伝搬される可能性がある時に、正しい合意形成をいかに行うか」というビザンチン将軍問題の解決を、計算量などに転嫁しているとも考えられる。そのため、プルーフ・オブ・ステークなどパブリックブロックチェーンにおいて、大きな資源負担を伴わずに、高信頼性を達成する方式が普及するのか、ブロックチェーンのオーナーが責任を持つ形態のプライベートブロックチェーン(許可型ブロックチェーンとも呼ばれる)または、コンソーシアムブロックチェーン(プライベートブロックチェーンのオーナーが複数の企業などのコンソーシアムであるもの。基本的に、プライベートブロックチェーンの一形態と考えてよい)が主流になるのかは、今後の課題であろう。
◆はたして、自律分散型組織は台頭するのか。ブロックチェーンは将来、私たちの経済活動、知識活動にどのような影響を与えるのだろうか。本稿の全文は『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2017年8月号に掲載されています。
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【特集】ブロックチェーンの衝撃
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