「日本一貧乏な観光列車」が人気を集めるワケ旅行会社のノウハウと鉄道好きの熱意が融合|マネブ

マネブNEWS:〔2017.07.10〕人間が過去の記憶を都合悪く解釈しない理由記憶力に 現在の記事数:243507件

-

「日本一貧乏な観光列車」が人気を集めるワケ旅行会社のノウハウと鉄道好きの熱意が融合


トラピスト修道院最寄りの渡島当別駅を通過する「ながまれ海峡号」(筆者撮影)

全国で数多く走るようになった観光列車。それらの多くは、基本的に鉄道会社が沿線の商工会議所などの協力を得つつ企画し、走らせている。

ところが、2016年3月の北海道新幹線開業に合わせて並行在来線を受け継いだ第三セクター・道南いさりび鉄道の観光列車「ながまれ海峡号」は、大手旅行代理店である日本旅行が企画したものだ。

「ながまれ海峡号」は、優れた鉄道旅行商品を表彰する同年の「鉄旅オブザイヤー」のグランプリに輝いた。鉄道会社ではなく旅行会社が運行するという、従来の常識とは異なる観光列車はなぜ生まれ、どんな工夫が行われているのか。現地取材を踏まえ、その実態を紹介する。

「ながまれ海峡号」が生まれるまで

北海道新幹線の開業まで数年となったある日、北海道オプショナルツアーズの取締役である永山茂に、1本の電話がかかってきた。電話の主は、北海道庁から木古内町役場に派遣され、新幹線開業時に第三セクター鉄道へ経営移管することになったJR江差線・五稜郭―木古内間の移管業務担当者だった。

北海道オプショナルツアーズは日本旅行の子会社で、訪日外国人向けの道内バスツアーを企画販売している会社だ。永山は、日本旅行入社時に北海道勤務を志願して以来、札幌を拠点に道内で数々の仕事をこなしてきたベテラン。学生時代に北海道の国鉄現役蒸気機関車に触れたことがきっかけで、北海道好きな鉄道趣味人として過ごしてきた。

永山は、鉄道趣味活動を活かして北海道鉄道観光資源研究会の代表も務めている。冒頭の電話は同会に対して、そのノウハウを使うことで、やがて誕生する第三セクター鉄道の活性化ができないかと相談する内容だった。依頼主である道庁からの派遣者も鉄道好きで、同会の活動を報道等で知っていたことから、永山にコンタクトをとってきたのだ。

「北海道鉄道観光資源研究会」の活動を代表する711系保存車(筆者撮影)

北海道鉄道観光資源研究会は、数多くの鉄道関連保存・再生事業を手掛けている。中でもよく知られているのは、岩見沢市郊外のレストランを併設した農地に保存した北海道初の電車711系だろう。日本旅行は、北海道産の優れた農作物を買い取り、取引がある全国の宿泊施設などに販売する「あぐりツーリズムネット」という会社を立ち上げ、711系を保存している農地のレストランとも取引をしているが、同社の代表取締役も永山だ。

永山は打ち合わせを進める中で、北海道鉄道観光資源研究会ではなく日本旅行としてかかわり、観光列車を走らせることが望ましいと考えるようになった。

日本旅行であれば企画列車を走らせ、ツアーを販売するノウハウをもっている。さらに、同社は他社にない独自の企画を推奨しており、その方針のもとで社内の鉄道好きがこだわりのツアーを企画実施する「鉄道プロジェクト」が発足し、これまでにも数々のユニークな鉄道ツアーを全国で展開してきた。永山は、その一環で企画を進めるのが得策ではないかと考えたのだった。

何よりも沿線の協力が大事

永山は、観光列車の内装はもちろんのこと、それ以上に沿線の協力要請に心を砕いた。

まず最大の問題はおカネがないことだった。道南いさりび鉄道は、全線37.8kmのうち東部の五稜郭駅―上磯駅間8.8kmこそ函館への通学圏だが、それより西の上磯駅―木古内駅間の列車はわずかに2時間に1本の普通列車だけだ。それでも廃止されなかったのは、北海道の主要産業である農産物などを積み、青函トンネルを通じて本州とを行き来する貨物列車が多数走っているためだ。つまり、貨物列車のために存続した鉄道であり、もともと旅客需要は並行する路線バスで十分なのだ。

それだけに、開業前の試算では10年間で16億円の赤字が発生するとされた。観光列車で稼ぐことを期待されつつも、そのための仕組みづくりに費用をかけられない。この厳しい制約の中で魅力発信をするには、沿線住民の協力が欠かせなかった。

地元自治体を通して集まってもらった沿線住民への説明会では、日本旅行本社から鉄道プロジェクトのメンバーも駆け付けて、全国の観光列車事情をはじめとした現状解説をした。さらに永山は、道南いさりび鉄道の沿線ならではの魅力を観光客に伝えたいと力説した。

しかし、参加者の反応は必ずしも芳しいものばかりでなく、積極的な反応をする人がいる一方で、ここにそんな魅力があるとは思えないという冷めた反応も見られたという。

このような反応は、決して珍しいものではない。全国どこでも新たなことを進めようとしたときに一様に見られる反応だ。地域で生まれ育った人は土地への愛着を人一倍もっているものの、そのよさは観光客が喜ぶようなものではないと考えるものだ。粘り強く交渉を続けた結果、徐々に前向きな反応が増えていき、沿線の人々の協力が得られるようになった。

鉄旅オブザイヤー2016グランプリを受賞した「ながまれ海峡号」(筆者撮影)

車両は、国鉄時代に造られたキハ40形という中古車をJR北海道から9両譲受することになった。こちらも費用をかけられないものの、北海道が地域情報発信列車として3000万円の予算をつけて改造、2両の「ながまれ」号を準備してくれた。

改造といっても、観光列車専用車両を用意する余裕はないため、通常は他の車両と同様に通学輸送に使われる。そのため、観光列車として走るときだけ、車内で飲食ができるようにテーブルとヘッドレストを設置し、飾り付けできるような改造を施した。永山が言う「日本一貧乏な観光列車」の誕生だ。

旅行会社が企画販売する意義は?

ところで、鉄道会社ではなく旅行会社が観光列車を企画し販売する意義はどこにあるのだろうか。これに対する永山の答えは明白だった。

並行在来線として第三セクター鉄道を発足させるときは、限られた人数で諸手続きを済ませ、定期列車を安全運行させるだけで精いっぱいとなる。観光列車の企画立案から始めて告知をし、販売をするところまでは手が回らない。

その点、旅行会社が請け負えば、開業と同時に観光列車を走らせることができる。すると、開業ブームによってその存在をPRすることもできるし、なにより沿線の魅力を全国に発信できるのだという。そのために、永山はこの列車の円滑な運行を目的として、北海道オプショナルツアーズから接客対応が得意な社員の出向派遣もしているという。

永山の思いが詰まった「ながまれ海峡号」は、昨年ほぼ毎回満員だったという。それもそのはず、実際に乗ってみると、他の観光列車とはひと味もふた味も違う数々のアイデアが詰まった列車なのだ。

「ながまれ海峡号」ディナーコースは、函館駅を土曜日の15時50分に発車する。函館駅改札前で受け付けをすると、添乗員に飲み物の買い出しなども勧められた。飲食を目的とした観光列車では持ち込みが禁止されることもあるだけに意外だ。この“ゆるさ”はその後も続き、それは快適さと楽しさにつながることにやがて気づくことになる。

発車時間となり列車へと案内されると、車内では道南いさりび鉄道の社員がアテンダントとして出迎えてくれた。このアテンダントこそが、「ながまれ海峡号」運行を企画した日本旅行の新規事業室長・永山が出向派遣した社員だ。

車内は海産物で飾られ、座席にはテーブルとヘッドレストを取り付け。車端部は大漁旗で仕切っている(筆者撮影)

「ながまれ海峡号」は、前後に運転台のあるキハ40形が1両で運行する。そのため、木古内側の扉付近のロングシートは備品置き場とし、クロスシート部との間を大漁旗で区切っている。2~4人だとボックスシート、1人だと函館側のロングシートを基本としているため、1人で参加しやすいのもポイントだ。募集人員は48人だが、相席をしないため実乗は満席でも40人程度だという。

車内には、函館湾で獲れる海産物の飾り物が取り付けられ、各シートにはテーブルが設けられているが、このテーブルや海産物の飾り物、それに前述の大漁旗などは土曜日の日中に取り付け、日曜日のランチコース終了後に撤去する。こうして「ながまれ海峡号」を運行しない日には一般車両として運用できるのだ。

スイーツから始まるディナーコース

着席すると、テーブル上には「函館海鮮スイーツ丼」が置いてある。函館のフランス菓子の名店「プティ・メルヴィーユ」製の、海鮮丼のように見せかけたスイーツだ。

ところで、ディナーコースでありながらスイーツからスタートするのは何だか不思議だ。その理由は、所要時間にある。「ながまれ海峡号」ディナーコースは15時50分に出発して、函館駅に戻ってくるのは19時47分。つまり、約4時間もの所要時間なのだ。

スイーツを楽しみつつ、アテンダントと添乗員のアナウンスを聞き、沿線案内や小ぶりの升などの入ったお土産袋をいただいていると、16時19分に上磯駅に到着する。進行右手の車窓を見ると、ホームにはにこやかに手を振る人々がいる。そろいの法被を着た駅弁売り風スタイルだ。

これこそ、永山が通って協力を得られることになった“ホーム立ち売りの再現”だ。上磯商店街の人々が、カニ寿司やお菓子などの特産品を箱詰めして、「ながまれ海峡号」到着時に立ち売りをしているのだ。キハ40形は冷房装置がなく、窓の開閉が自由なので、駅停車中の立ち売りを再現できたという。

窓を開けて物を買い、代金を渡す。上磯駅での立ち売りの様子(筆者撮影)

永山によると、上磯商店街のメンバーは当初ホームで棒立ちだった。ところが、乗客から「何を売ってるの?」と聞かれて説明を始めると、面白いように売れたという。それから積極的に窓際へ売り込みに行くようになり、次は何を売ったら喜ばれるかと各自が工夫するようになったそうだ。ホームに立つお店は一定していないが、これは長続きさせるために無理のない形での協力をお願いし、商店会長がまとめ役となって毎回数店が必ずホームに立つようにしているためだ。

上磯駅を発車すると、約8分で矢不来(やふらい)信号場に到着する。通常、貨物列車が列車交換のために使う信号場で、旅客列車で停車するのはこの「ながまれ海峡号」だけだ。その貴重さを鉄道好きは評価するが、それ以外の乗客も、函館湾の先に函館山が見える景色を堪能する。28分もの停車時間があるが、その間に車内では添乗員が漁り火用の大きなランプを見せて歩くとともに、駅長帽を持って記念写真の撮影に応じている。

17時45分に到着する木古内駅では、新幹線開業に合わせて駅前にできた「道の駅 みそぎの郷きこない」に立ち寄る。店内に開設している「コッぺん道土(こっぺんどっと)」というパン屋さんの塩パンは人気で、函館駅での集合時には参加者に注文書が配られる。通常は18時閉店だけに、予約をしておかないと入手ができないのだ。木古内産のコメを使った、同地でしか買えない幻の地酒「みそぎの舞」も売っている。

開拓の歴史がつなぐ味「道の駅 みそぎの郷きこない」で買い物をしている間に、自席に用意されていた「どうなんパスタセット」(筆者撮影)

お土産と飲み物を調達して列車に戻ると、席には「どうなんパスタセット」が用意されていた。道の駅の一角で営業しているレストラン「どうなんde's」製で、同レストランは山形県鶴岡市で有名レストランを開設している奥田政行シェフが監修している。木古内町は明治時代に鶴岡市のある庄内藩の人々が開拓した歴史があり、前述の「みそぎの舞」も醸造は鶴岡市の酒造で行っている。このように両市町がいまも歴史的つながりを大切にしているのだ。

木古内駅からの復路出発は18時22分なので、乗客はすでにパスタセットを食べ始めている。内容は旬な食材を使ったものとするため、乗車のたびに変わるそうだ。名物の塩パンも1つ付いてくる。メニューが変わるのは、リピーター獲得にも役立っていることであろう。

お腹が落ち着いた18時59分、茂辺地駅に到着する。同駅では20分停車するが、下車して跨線橋を渡った上りホームへと誘導される。そこは駅構内でありながらテントが張られ、炭焼きのバーベキューが行われている。JA新はこだてと上磯漁協の協力による、旬の海産農産品「いさりび焼き」だ。

茂辺地駅ホームでのバーベキュー。炭火で焼いて、その場で折り詰めしてくれる(筆者撮影)

このときは、ホッキ貝とツブ貝、それに北斗市のおぐに牧場の和牛とグリーンアスパラガスが焼かれていて、目の前で次々に折りに詰められていた。折りの中にはあらかじめ厚沢部町発祥のメークインによるじゃがバター、茂辺地産ワカメ入りの俵おにぎり、茂辺地産ヒジキ入りの卵焼きが入っている。その詰めたての折りを各自が受け取って、自席でいただくのである。この日は、さらに採れたての新鮮なイチゴも付いてきた。

跨線橋を渡って折り詰めを受け取りに行くのは、やや厄介な感もある。しかし、4時間にも及ぶツアーだ。上げ膳下げ膳で出されるままに食する観光列車が多い中で、あえてセルフサービスにするこのゆるさはうれしい。ちょっとだけながら、参加した感も生まれる。これも、永山の仕掛けのうまさであろう。

4時間の旅はあっという間に

筆者が参加したときには、なぜか跨線橋に上ったものの、そこから下りてこられない人がいた。どうしたのだろうと思うと、足の具合がよくないため跨線橋の上り下りがつらいとのこと。それを聞いた添乗員は、折り詰めは代わりに持っていくのでご心配なくと対応していた。ツアーでの客扱いに長けた添乗員ならではの機転の利いた対応であり、これなら誰もが安心して参加できるとの印象を受けた。

「ながまれ海峡号」は、5月から10月までの第2・第4土曜日を基本にディナーコースが運行される。今年は、ディナーコースの翌日となる日曜日にランチコースも運転されている。ランチコースは上磯駅での立ち売りと、木古内の道の駅「どうなんde's」特製イタリアンテイストのボックスランチがあるが、出発時のスイーツと茂辺地駅でのバーベキューがない。その分3000円安くなるが、筆者の価値観ではディナーがお勧めだ。

長いと思った4時間は、途中、何度も立ったり列車外に出たりしたので、意外なほど早く過ぎ去った。座ったままの2時間よりも、感覚的には短い時間だったかもしれない。満足感に浸り、函館駅のホームに降り立った。

(文中敬称略)

マネマガ
参考になったらシェア

引用元:東洋経済オンライン

同カテゴリの新着記事

画像
人間が過去の記憶を都合悪く解釈しない理由記憶力に自信がない?水分足りていますか?

「あれでよかったよね」。今の自分を正当化するために過去の記憶を歪めてしまうことがあります(写真:xi

画像
フェラーリ硬派マシンは長距離でも飽きない「カリフォルニアT HS」はどんな車か

 硬派仕様のカリフォルニアT当記事は「GQ JAPAN」(コンデナスト・ジャパン)の提供記事です京都

画像
華麗なるお受験!インターママは世界狙いだインターナショナルスクールの内幕とは?

インターナショナルスクールの知られざる世界とは?(写真:東京カレンダー編集部)教育は平等、ではない。

画像
株主総会での「おみやげ」は本当に必要なのか「おみやげ廃止」で出席者激減もなんだかな…

株主総会に出ると必ずもらえたバームクーヘンが、今年は廃止。そのためか、株主総会への出席者が激減した企

画像
G20サミット、温暖化対策で米国が「孤立」 パリ協定脱退で他19カ国・地域と対立が鮮明

ドイツのハンブルクで開催された20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)は8日、2日間の日程を終え

画像
ディズニー「エレナ」を親子で見るべきワケ「女性リーダー」の描き方が秀逸だ

主人公エレナが身に付けていくリーダーシップが、子どもたちに与える影響とは?(撮影:今井康一)4月に、


-