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馬だって「転職」は簡単じゃない。
競馬→誘導馬→馬術という成功組。
posted2017/07/09 08:00
text by
北野あづさAzusa Kitano
photograph by
nabecci/Ryosuke KAJI
「転職=1つの職から他の職に転ずること。職業をかえること。(広辞苑より)」
「転職」は大変だ。新しい仕事を見つけることも大変だし、新しい職場や内容に慣れるまでは苦労も多い。そして転職は人間だけのことではない。馬の世界にも「転職」が存在する。
日本において、「馬の仕事」といえば、何を想像するだろう? 時代劇の中なら、乗り物としての馬や農耕馬だった。しかし、現代では、レジャーあるいはスポーツが、馬たちのフィールドだ。なかでもメインフィールドは、間違いなく競馬である。
競馬はわかりやすい。競馬は迫力がある。そして、楽しんだうえにお金が儲かる(こともある)。しかし、華やかな競馬の世界でスポットライトを浴びることができる馬は、実はそれほど多くはない。
ましてや、GIレースをいくつも勝って、引退後に種牡馬に「昇進」する馬はごくわずか。血統が重視され、ブラッドスポーツと呼ばれる競馬コミュニティにおいて、種牡馬になることは究極の出世とも言える。しかし、未勝利馬はもちろんのこと、レースをいくつか勝ったくらいでは、種牡馬への道は開かない。
馬にとっても、転職は簡単じゃない。
そこで「転職」だ。転職先の1つに「乗用馬」がある。乗馬クラブなどでお客さんを乗せるだけなら、特別速く走る必要はないし、どんな馬にもできそうな仕事に見えるが、実際は違う。
競走馬に求められるのは、勝つこと。数センチでも構わないから、他の馬より先にゴールを駆け抜けることが全てである。持って生まれた身体能力に加え、闘争心や、騎手の指示に対する瞬時の反応など、様々な要素が兼ね備わってはじめて、トップクラスの競走馬になれる。育成牧場で、トレーニングセンターで、彼らは「競走馬」になるためのトレーニングをひたすら重ねる。
乗用馬、特に初心者を乗せる馬に求められるのは、安全であること。勝手に走り出したりせず、物音に動じることなく、泰然自若としていることが重要で、競走馬時代とは正反対のことを要求される。
馬にとって、これは結構ハードルが高い。馬は学習能力が高い動物と言われる。一度覚えたことはなかなか忘れない。「とにかく速く走れ! 他の馬よりも先にゴールを駆け抜けろ!」と教えられてきたのに、「勝手に走るな。ゆっくり歩け。落ち着いていろ」と言われても、そう簡単に受け入れられるものではない。