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 前回、無届けで行われていた臍帯血(さいたいけつ)移植の問題を書くにあたり、私は移植治療の緊急停止命令を受けたクリニックの治療方針などをウェブサイトで確認して回りました(一部は現在、閉鎖)。クリニックで提供される治療の多くは、エビデンスが乏しく、保険が適用されず、全額自費負担となり高額です。

 私が興味深く思ったのは、こうしたクリニックのサイトには「高い費用を払ってでも治療を受けよう」と思わせる工夫がある点です。

 厚生労働省から命令を受けたクリニックの一つは、特殊な装置で提供する治療を「独自技術」であり「世界初!」とうたっていました。おそらく、「よそでは受けることのできない素晴らしい最新の治療を受けることができる」と患者さんに思わせるのが狙いなのでしょう。

 みなさんはどうですか? もしお金の心配がないなら、独自の最新の治療を受けてみたいでしょうか? パソコンやカメラなら最新のものが性能が良いのは当たり前ですが、医療の世界でもそうでしょうか?

 世界初ということは、その治療を受けた患者数が少ないということです。まれな副作用や長期的な害についての情報がありません。また独自技術ということは第三者からの検証もまだされていないし、これからもされないであろう、ということです。世界初の独自治療なんて、私はおっかなくて受けたくありません。

 人体は複雑です。治療に対してどのような効果があるか、あるいはどのような副作用があるかは、多くの人に試してみないとわかりません。多くの人に試され、効果や副作用がよくわかっている治療が良い治療です。

 薬が新たに承認されるには、動物実験はもちろんのこと、健康成人を対象に安全性を確認する第1相試験、少数の患者を対象にした第2相試験、多くの患者さんを対象にした第3相試験を経る必要があります。薬の種類にもよりますが、承認された時点で数百人の使用実績があります。

 承認後も市販後調査が行われ、稀な副作用の情報も集められます。市販後調査で初めてわかるような副作用もあります。臨床試験で効果が確かめられている新薬ですら特別な理由がない限りは使いたくないものです。ましてや効果があるかどうかもわからない「世界初!」の治療法はなおさらです。

 薬の臨床試験では薬理作用のない偽薬が投与される群においても有害事象(好ましくない出来事)が報告されます。多くの人に対して治療をすると、治療とは因果関係がなくても有害事象が必ず起こります。薬によってどんな副作用が起きるかわかりませんので、因果関係は問わず有害事象をすべて数え上げるのです。

 一方、クリニックのウェブサイトでは「世界初!」の治療法には「副作用は一切ありません」などと書かれています。副作用がないのではなく、単に症例数が足りないか、もしくは、副作用を把握する努力を怠っているかです。そもそも、がんに効くのに副作用がないということ自体、きわめて考えにくいことです。そんな素晴らしい治療法があるなら論文として発表すれば全世界の患者さんを救うことができるはずなのですが。

<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信・その他>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/sakai/(アピタル・酒井健司)

アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。

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