8月3日、2020年東京五輪でのスポーツクライミング実施が決まった途端、白石阿島(15)の携帯電話が次々と鳴った。英国、欧州、米国のメディアから、4年後についてコメントを求められた。
「まだ代表にもなってない。プレッシャーになるのに」と、気をもむ父・久年の横で、娘はおいしそうにお茶を飲んでいる。あどけなさを残すこの少女こそ、「世界最高の女性クライマー」だ。
■男女通じて最年少でV15に成功
スポーツクライミングの大会は約30年前に始まったが、この世界で認められるには世界選手権やワールドカップ(W杯)の成績だけではダメ。いかに難しい外岩の登頂に成功したか、だ。岩の難度を示すグレードはV0~V16まである。白石は8歳でV11をクリアすると毎年記録を打ち立て、14歳だった3月に女性初、男女通じても最年少でV15に成功した。ちなみにV16成功者は世界で五指にも満たない。
7歳から試合に出ている。両親は日本人だが生まれも育ちもマンハッタン、生粋のニューヨーカーの白石は室内壁も得意だ。16歳になる来年までシニア大会に出られないが、ここまで無敵と言っていい。「岩を登ったことがない都会のジム育ちが増える中、阿島は誰が見てもベスト」と、クライミング専門映画監督ジョシュ・ローウェル。白石は8歳の頃からローウェル作品の“演じ手”でもある。
大きくなって体が重くなり、子供時代の輝きを失う選手は少なくないが、「阿島は筋肉が強いし、その使い方も男性のよう。全く問題ない」とローウェル。身長155センチの白石が手を伸ばしただけでは届かないホールド(取っ手)も多いが、壁を蹴って横っ跳びでつかんでしまう。
小さな少女が誰も思いつかない手法で巨大な岩をスイスイ登る姿は爽快だ。ここ3~4年はテレビCMや大手メディアに引っ張りだこ。欧米では今やクライミングの枠を超えた存在だ。
「(注目されることで)ナーバスにもなるけれど、モチベーションにもなる。誰かが次の目標を言ってくれると(目標を)忘れなくていい」と白石。そもそも試合はそんなに緊張しない。「(制限時間内に)パッとやるからあまり考えない」。あっけらかんと言う。
■「五輪はトレーニング気分で」
人に与えられた課題を登る試合は最後は誰かが勝つ。その「誰か」が自分でなかったことはほとんどない。一方、自然の岩は1週間かけても攻略できないこともある。答えが用意されているとは限らない神様の創造物こそ、白石の本当のライバルなのかもしれない。
五輪採用が決まった直後、オーストラリアで2度目のV15に成功。二重にうれしかった。「岩が大好きだけど競技もたまに出ると楽しい。トレーニングみたいな気分で五輪に出たい」。クライミング界の期待を背負う15歳は現在、日米二重国籍。今までは米国代表だが20年は? 「まだ分かんない」そうだ。(敬称略)
〔日本経済新聞夕刊11月7日掲載〕