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第十七話:回復術士はフレイアを鍛えてみる
狩りを開始する。
今回の鍵となるのは、新たにフレアが覚えた【熱源探査】。
これは、周囲の熱量を色分けして術者に可視化したイメージを与えるという魔術。
俺が何人もの魔術士の知識を得たことで編み出したものだ。
常日頃から実戦でもっとも必要なものは、優れた目だと考えている。
いかに高い攻撃力があろうと、それを振るうべき敵を見つけることができなければ意味をなさない。
いかに優れた防御力があろうと、不意の攻撃を受ければ致命傷を受けて倒れる。
相手より早く遠くの敵を確実に見つける。それ以上の必勝法はない。そのための結論として編み出した魔術。
どれだけ、優れた気配遮断の能力を持とうが、音や匂いを消し死角に潜もうとも体温を消すことは不可能だ。
【熱源探査】は最強の探索魔術であることは間違いない。
今、フレイアには前方だけではなく全方位が脳裏に映し出されている。
これは実戦でこそ輝く魔術だ。
現に今も、二百メートル先にいた敵を捕らえ、その輪郭からオーク種だということまでわかっていた。ラプトルをそこに向かわせる。
いや、もう一つの魔術も試しておこう。
「フレイア、もう一つの魔術を試したい。ここから狙えるか」
「もちろんです」
フレイアが自信満々に頷いた。
それを確認してラプトルの足を止めた。狙撃であれば安定した足場が必要だ。
フレイアが右手をまっすぐ手を伸ばす。
フレイアは攻撃魔法(全)という技能をもっている。
これは全属性の魔術が使用できるという非常に稀有な技能だ。通常であれば攻撃魔法(炎)などの一属性しか扱えない技能を習得する。
すぐれた魔術士であれば攻撃魔法(炎雷)などの二属性を持つこともあるが、俺の知る限り全属性魔術士はフレイア一人だけ。
全属性を使えることによる強みは二つ。
一つは状況に応じて最適な魔術が使えること。
たとえば、攻撃力最強は炎だ。魔力消費量あたりの攻撃力は全属性の中で最強。
もちろん、欠点もある。森で使用する場合は周囲へ燃え広がるリスクがある。洞窟内で使えば酸欠や一酸化炭素中毒で自滅しかねない。ほかにも炎に耐性を持つ魔物相手では役立たずとなる。だが、フレイアの場合は森の中では氷属性に切り替えるという芸当が可能。
「氷の槍よ……」
フレイアの魔術で氷の槍の穂先が宙に浮かぶ。
鋭い先端からは冷気がこぼれている。
氷属性なら森でも周囲を気にせずに使える。
だが、氷属性にも弱点がある。氷属性の魔術は冷却の力や氷を生み出す魔術。
つまるところ、氷の槍を飛ばす力はない。無属性の魔術で弾く必要がある。
無属性の魔術というのは非常に効率がわるい。もし、魔力の塊をぶつける行為に十分な威力があれば、だれも属性魔術なんて使わない。
各属性の力に手間をかけて変換するのはそうすることが最善だからだ。
炎属性であれば、押し出す力が弱かろうが炎には質量がないのでよく飛ぶし、届きさえすればその熱量だけで攻撃力を発揮できる。
だが、氷には質量があり飛ばすのに必要な力が大きい。魔力の塊で押し出すだけではろくに飛ばない。炎と違って氷の塊に攻撃力を殺傷力を持たせるある程度の速度が必要だ。氷属性はコストパフォーマンスが悪いというのは魔術士の常識だ。
「風の弾丸よ……」
だが、全属性魔術士ならその問題を解決できる。それこそがもう一つの利点。
二つの属性の魔術が同時に使えるのだ。氷の槍を押し出す力を、別の属性の魔術に頼ればいい。風の弾丸を使えば無属性の魔力の塊をぶつけるのと比較し、数倍の威力、速度で打ち出せる。
「混ざり合え!【氷槍風弾】」
フレイアの魔術が完成する。氷の槍が音速を超える速度で打ち出された。
俺は目に魔力を集中させ視力を強化する。
フレイアの魔術が飛んだ先に目を凝らす。緑色の巨漢が二匹いた。体長が二メートルを超える巨漢でありながら、全身筋肉の塊。一流の戦士でも正面から戦うのは厳しい。分厚い肉の壁が剣を通さず、オークの一撃は必殺の威力。
その難敵であるはずのオークの頭が吹き飛んだ。即死だ。
音速を超える拳大の槍の穂を飛ばしたのだ。その破壊力は計り知れない。
何より恐ろしいのは、この破壊力かつ精度で狙撃できること。
狙撃の精度の向上の理由の一つには【熱源探索】もある。目視による距離感の把握は非常に難しい。地形や障害物により距離を誤認しやすい。だが、魔術の目で情報を脳裏に叩き込む【熱源探査】はそういった錯覚が割り込む余地がない。
もう一匹のオークの頭が吹き飛んだ。
ごくりと生唾を飲み込む。
「すさまじいな、フレイアの魔術は」
「ケアルガ様が教えてくれたおかげです! 私は今まで二属性の魔術を組み合わせるなんて考えもしませんでした」
「普通は教えただけであっさりできるものじゃないんだがな」
王女フレア。その人格はゴミ以下だが、魔術士としての才能は超一級。
それを知っていたからこそ、俺は複合魔術を試させた。だが、昨日数時間教えたでものにするのは想定外だ。
「ケアルガ様の教え方がうまいんです。発想をもらって、コツを教えてもらって、それでできなければ、ケアルガ様の従者として恥ずかしいです」
謙虚なことを言っているが、鼻を鳴らして照れている。
フレイアの頭を撫でる。顔を赤くして体重を預けてくる。フレイアとなった今の彼女は素直で可愛らしい。
俺のためなら喜んで死んでくれるだろう。もしものときは使いつぶしてぼろ雑巾のように捨てるつもりなので都合がいい。
一応、釘を刺しておかないとな。
「複合魔術は人には言わないでくれ。【熱源探査】と同じく俺が編み出した秘術だ」
複合魔術を使える魔術士は使う魔術士は表向きには一人もいない。
二属性の魔術を組み合わせるという、誰もが思いつきそうなことが広まっていないのは、それが不可能だと思われていたからだ。
そもそも、二属性の魔術を使える魔術士というのが王国全土で十数名しかいない。
そして、二属性の魔術を同時に展開できるほどの脳の容量をもっているものはその中の一握り。
さらに、それなりにコツがいり、できるまでやろうと考えるようなものはさらに少ないし、できたとしてそれを秘術とし隠匿するものがほとんどなのだ。俺がたまたま【模倣】した魔術士も切り札として秘匿していた。
「かしこまりました。ケアルガ様との秘密、墓場までもっていきます!」
「そうしてくれ。たとえ、目の前で使ったとしても気付かれないだろうが、さすがに誰かに話せば広まっていくからな」
複合魔術には様々な可能性がある。
今回の氷と風を組み合わせた狙撃のように、炎と風を組み合わせて広範囲を高熱で焼き尽くす炎の嵐。炎の爆発で氷の散弾をまき散らす広範囲殺傷など、応用はいくらでも思いつくのだ。
「さあ、次にいきましょう。ラプトルで走りながら私の【熱源探査】を使えば、すぐに次が見つかります!」
「そうだな。そうしよう」
フレイアの言う通り、ラプトルに乗って高速移動しながら【熱源探索】を使えば、範囲数百メートルの広範囲の網を張りながら、敵を探せる。
しかも、敵を見つければ近づくことすら必要とせず狙撃で一発。
超効率で、最高に安全な狩り。
狩りを始めると実際にその通りになった。一度目の世界でもこれほど効率が良く一方的な狩りを経験したことがない。
実験してわかった。フレイアの最大探索レンジは三五〇メートル。【氷槍風弾】の精密射程距離は三〇〇メートル。
さらに付け加えるなら、全方位で展開している【熱源探査】を一方向に限定すれば五〇〇メートルまで可能だし、【氷槍風弾】は三発に一発程度すればいい程度の精度でいいなら同じく五〇〇メートル先から狙える。ちなみに、フレイアは【氷槍風弾】は一秒に一発は撃てるし、魔力量がずば抜けているので数百発ぐらいなら顔色変えずに放てる。
狩りを続けながら、冷たい汗が流れていた。
一時間ほどの狩りでもう三〇匹も魔物を倒した。
フレイアに、【熱源探査】という最高の目と、長距離精密射撃である【氷槍風弾】を教えたのは間違いだったのかもしれない。
強すぎるのだ。手を付けられない。
誰よりも遠くから敵を見つけ、誰よりも遠くから圧倒的な攻撃力で敵を倒す。
それ以上に強い戦法なんて存在しない。やりようによってはフレイア一人で一軍を相手にできる。要人の暗殺も容易い。
今回の処刑の妨害だって簡単だ。三百メートル先から【氷槍風弾】を撃ちまくればそれだけで敵を血祭りにあげられるだろう。
同時に、何かの拍子で記憶を取り戻され敵に回ろうものなら、俺ですら防ぐ手立てがない。
……今まで以上に注意が必要だ。
「フレイア、狩りのやり方を変えよう。セツナの訓練にならない。レベル上げだけじゃなくてセツナにも実戦の経験も積ませておきたい」
「そうですね。セツナちゃん、ごめんなさい。セツナちゃんの出る幕がなくて。セツナちゃんの自慢の耳と鼻も、私の【熱源探査】を使えば必要ないですし、私の【氷槍風弾】があれば魔物に近づかれることすらないですからね。セツナちゃんの活躍を奪ってごめんなさい」
「……フレイアの言葉は事実。だけどひっかかる言い方。言い返せないのが悔しい」
セツナがつまらなさそうにいった。
自尊心を随分と傷つけられたらしい。セツナは戦士だ。フレイアが今行っている魔術が、どれだけ反則的で理不尽で圧倒的かを理解している。だからこそ、誰よりも俺の役に立つという誇りが揺らいでいる。
フォローしておこうか。
「二人とも、フレイアにだって弱点はあるよ」
「教えて、ケアルガ様。フレイアの弱点、なにも浮かばない。普通に戦えば近づくことすらできずに殺される」
「私も知りたいです。新しい力にうかれて、無敵だって思い込んでいました」
セツナとフレイアが俺のほうを真剣なまなざしで聞いてくる。
「二つあってね、一つ目は射線がろくにとれない市街地で複数方向から数人で襲われたら対処しきれない。こっちは、致命的とはいえないけどね」
危険だが致命的ではないと言ったのは、近づかれても最後の最後には、炎の嵐のような広範囲高威力の魔術を自分中心に放てば対処できるからだ。
「たしかに、それは危険ですね。全方位を見えても一度に処理できる数は限界がありますし。その言い方だともう一つのほうがまずいんですよね」
「ああ、至近距離に近づくまで敵とわからない連中がいることだ。一般人に変装されて近づかれればフレイアは探知していても接近を許す。セツナのような剣の腕があれば敵が武器を抜いてからでも対処できるけど、フレイアにはそれができない。見えることと対処できることは別だ」
魔術士の天敵は常に暗殺者だ。
敵だと気づかないまま懐に入ってくる。
「というわけで、そういう連中からフレイアを守るのはセツナの仕事だ。最強の目をもった砲台であるフレイアを守るセツナはフレイアと同じぐらい重要だ。フレイアは命を預けるセツナを下に見るようなことはないように。そして、セツナもフレイアの力を認めろ。フレイアは優れた魔術士だ」
二人が頷き、お互いの顔を見る。
お互いにライバル意識はあるが根は素直だ。
きっちりと説明をすれば理解してくれる。
「あと二、三匹。セツナをメインに狩りをしてから帰ろう。帰り道で魔物の素材や肉を回収していく」
魔物の部位の中には、高く売れるものがある。さらに錬金術士の側面をもつ俺なら、薬や毒の材料にもできる。魔物の素材で作った毒は強力かつ解毒し辛い。普通の素材じゃ作れないような毒も作れる。
今回倒した魔物の一体、ムーンベアーの爪に仕込まれている毒はうまく手を加えれば狂戦士なんてものも作れるし、媚薬の原料になる連中もいた。
さらに肉を食べることで素質値の上昇に役立つ。
「ん。わかった。こんどはセツナの力を見せるばん」
セツナが氷の爪を作り出す。氷狼族の戦闘モードだ。やる気十分といったところだろう。
そして、一つ言わないといけないことがあった。
「フレイア、セツナ。オークを食べる勇気はあるか?」
魔物を倒すと適合素材からどうか毎回確認している。適合素材でないと食べても素質値は増えない。
……一応、オークも調べてみたが、残念ながら適合食材だ。
「……セツナはケアルガ様が食べろって言うならがんばる」
ものすごく嫌そうな顔でセツナが言った。
まあ、人間に近い魔物は生理的な嫌悪がひと際強い。
「私は無理です。オークは絶対無理、だってオークですよ!?」
フレイアのほうは真っ青な顔で思いっきり首を横に振る。
気持ちはわかる。
「そうか、フレイアがそう言うならやめておこう」
俺がそう言うとセツナもすごい勢いで頷いた。
強くなるために手段を選ばないと言っても限度はあるよな。
そうして、俺たちは狩りを終え、たっぷりのお土産をもって街に戻った。
作戦決行まで時間がない。
だが、今日の狩りで得たものはレベルの上昇以外にも大きい。
さて、【癒】の勇者は戦闘力自体は大したことがない。コロシアムの罠もあり、安全で楽な仕事だ。
そんな幻想をもっている連中に地獄を見せてやるとするか。
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