浮世絵と西洋の出合い 戦前の輸出茶ラベルの魅力 デザイナー 井手暢子
2013/9/27
幕末に始まった日本の海外貿易で、茶は絹と並んで有力な輸出品になり、輸出茶は大正時代に最盛期を迎える。茶箱などには木版多色摺(す)りの華やかなラベルがつけられ、輸出茶業界では「蘭字(らんじ)」と呼んでいた。静岡の大学でデザインを教えていた私は蘭字に出合ってから足かけ25年になり、これまでに3000枚ほどを調べた。
蘭字は、中国から製茶に関する技術とともに伝わった業界用語で、「西洋の文字」を意味する。絵柄だけでなく欧文や飾り縁、罫(けい)など近代的なグラフィックデザインの要素をすべて備えている。
■浮世絵の技術生かす
幕末から明治初頭は梱包材と茶箱に文字のない花鳥画の木版画「茶箱絵」がつけられていた。その後、文字も入ったラベルとして蘭字が登場する。
絹や雑貨などの輸出品にも最初は茶と同じように木版ラベルが使われていたが、後に大量生産が可能な機械印刷が主流になる。茶の場合はインクの臭いが茶に移るのをきらい、長らく木版ラベルが使われたようだ。時代を経ると部分的に機械印刷が採り入れられるが、日米開戦の頃まで、多くの色鮮やかな蘭字が生み出された。
蘭字作りを担ったのは江戸時代から続く浮世絵工房の画工や彫師、摺師(すりし)たちだ。19世紀半ばに世界最高水準のカラー印刷技術を誇った浮世絵工房の伝統が生かされ、欧米では日本の蘭字が本家・中国の蘭字をしのぐ人気を博した。
蘭字に欧文を導入したのは輸出茶を扱う外国商館だが、西洋の言葉を理解していなかったであろう浮世絵職人たちは優れた技術力で、様々な書体を記号として巧みに再現していった。
絵のモチーフも博物画や風俗画など多彩で、舶来の最先端ファッションを採り上げることもあった。例えば、1880年代後半に制作されたとみられる三輪自転車に乗る西洋婦人を描いた蘭字だ。都会風の女性を描き、アールヌーボー調の書体の文字を配したモダンな蘭字も生まれた。
ただ、現存する蘭字は限られる。輸出茶について行くものなので、日本に残ったのは、見本摺りや不出来なキズモノが多い。倒産したり営業をやめたりした会社から流出したものや、記念品として取り置かれたものがたまに出てくるくらいだ。

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