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第二話:回復術士は復讐《デザート》を楽しむ
ラナリッタに戻ってから二日経っていた。
今日は三人で酒場に来ている。ここに来たのは美味しいごはんを食べるためだ。
たまには、娯楽としての食事も必要だろう。
そんなことを考えて、飯がうまいと評判のいい店を選んだ。
店に入ってから数分後、俺たちの注文したメニューが来た。
「ケアルガ様、いい匂いがする」
「はい、お肉とトマトと、それにたくさんのハーブの匂いがたまりません」
連れの二人も楽しそうでよかった。
俺たちが頼んだのは、この店の看板メニューであるビーフシチュー。
牛そのものが高級品であり、さらに長時間いくつもの野菜を煮込み続け、様々なのハーブやスパイスを使うビーフシチューは高価だ。
こういう極限まで手の込んだものをむしょうに食べたくなるときがある。
街を出てからの旅になるとどうしても手の込んだ料理は作っていられない。
さらには、この店のシチューは煮込んだ肉も入っているが、最後の仕上げにレアで焼いたステーキを一口サイズにカットしてシチューに投入する。
なんでも、シチューで煮込んだ肉はシチューを旨くするために出汁を出したあとの出がらしで、その肉では本当の感動を得られないらしい。
柔らかいステーキをシチューに絡めて食べるのが最高だということらしい。
「じゃあ、さっそく食べようか」
「はい! ケアルガ様」
「ん。セツナも食べる」
そして、俺たちは手をつける。
まずはシチューから。
口に入れた瞬間に驚く、いくつもの野菜のうまみ、それに肉のうまみが重なり合う。ハーブやスパイスは味に深みを持たせ、よりいっそうシチューの完成度を高める。
そして、たっぷりとソースが絡んだステーキ肉を口にして、店主がシチューで煮込んだ肉はでがらしと言った意味がわかった。
肉汁を閉じ込めるようにレアで焼いたステーキをビーフシチューにからめて食べたときの感動ときたら。
高い料理だが、それだけの価値がある。
「美味しいです! それにパンも白くて柔らかい」
付け合わせのパンも俺たちがいつも保存優先でカチカチに焼いたパンではなく、白くてふんわりしたパンだ。シチューをたっぷりつけて食べたときの感動は凄まじい。
「セツナは、このワインがすごく好き。甘くて飲みやすい。氷狼族の辛い酒もいいけど、こっちも美味しい」
一緒に頼んだワインも極上。いいぶどうを使っている。
三人で食事を続ける。
頼んだのはもちろん、ビーフシチューだけじゃない。この店のおすすめメニューを一通り頼んである。
「ケアルガ様、どうしてこんな贅沢を?」
「セツナもうれしいけど、ちょっと気になった」
「ちょっとした息抜きだね。それと明後日、商人と薬の交渉をしたら、この街を出るから。今のうちにこの街でしか食べれないものを食べておきたくてね」
この街を出ると言った瞬間、二人の顔がこわばった。
「なにか、あったんですか」
「ちょっと、きな臭い。悪いうわさもいろいろと聞いているんだ。危なくなる前に別の街に行った方が良さそうだ」
ジオラル王国の首都からラナリッタに中規模の部隊が派遣されたという噂を耳にした。
それも、新たに作られた特別な部隊らしい。
ラナリッタの住民は自分の身は自分で守るのが常識だ。耳が早い人間が多く、金さえ出せばその情報は手に入る。
城に残した偽者の正体がばれた可能性がある。
とはいえ、俺は顔も名前も変えている。ばれることはないが、用心にこしたことはない。
もしくは氷狼族の襲撃に失敗してさらなる戦力で襲いに来た可能性もある。
最後に金を稼いだらさっさとお暇しよう。
それに……。
「くそっ! 酒はまだか!」
「酒だ! 酒をもってこい!」
二つ隣のテーブルの男たちが騒いでいる。
彼らは首と手首に包帯を巻いていた。
氷狼族を襲ったジオラル王国の兵士だ。
生き残れたのは、敵前逃亡したからだ。
そういう連中はそれなりにいて、この街の治安を悪化させている。
敵前逃亡はばれれば死刑。もう王国には戻れない。
だからこそ、王都に戻れず装備品を売り払って、ラナリッタでその日暮らしをしている。
彼らがこっちを見た。
「おい、兄ちゃん。その氷狼族はあんたの奴隷か?」
彼らが俺が街を出ることにした理由その二だ。
「そうだ。彼女は俺のものだ」
「ほう、なら。俺たちに売ってくんねんかな、たっぷり、可愛がってやりたいんだよ! 金はこれで足りるだろ」
セツナを下卑た視線で男は見て、銀貨を一枚投げてくる。
さらには、胸元からジオラル王国兵の証である紀章を取り出す。
敵前逃亡したくせに、ジオラル王国の威光にはすがるらしい。
「足りないな。セツナがほしいなら金貨千枚は持ってこい」
彼女は輝く素質をもった最高の人材だ。
簡単にくれてやるわけにはいかない。
「あん? この紀章が見えねえのか? 俺はジオラル王国の兵士だぞ。逆らったらどうなるかわかってんのか!」
ふむ、この男はあの戦場に現れた俺が【剣】の勇者とは気づいていないらしい。
仮面とローブで顔と体形を隠していた効果はしっかりあるようだ。
「さあな? 飯がまずくなる。さっさと消えろ」
「てめえ、ぶち殺すぞ!」
男が殴りかかってくる。
そうか、おまえも俺の敵か。
俺は平和主義者だ。害をなさない限り、こちらから手を出さない。
だが、敵になった瞬間容赦はしない。ちょうどよかった。ジオラル王国兵の身分というのがほしかったところだ。
俺はラッキーだ。なにせ、こうして都合よく復讐相手を作れたのだから。
殴りかかってきた時点で、彼は俺の敵になった。
いや、違うな。俺の所有物であるセツナを奪おうとした時点で明確な敵だ。
さて、この拳をよけることはたやすい。
せめて、一発ぐらいは殴らせてやろう。これから先の彼の未来を考えればそれぐらいはサービスしてもいい。
俺は歯を食いしばる。
しかし、その拳が届くことはなかった。
「ケアルガ様を傷つけるのは許さない」
男のお目当てであるセツナ本人が拳を受け止めた。そしてそのまま、腕を極めて、組み伏せる
「ぎゃああああああ、いでえええええ、俺の腕が、折る、折れちまうぅぅぅ」
セツナは極めて実践的な格闘術を身に着けている。ステータスの高さや、技能だけではなく、それを活かす技術こそが彼女の強みだ。
「消えるか、死ぬか、好きなほうを選んで」
セツナは立ち上がり、氷の爪を作り出すと男の首元に突き付けた。
この街は弱肉強食の街。強いものが正義だ。
男は情けなく逃げていく。
「セツナは強くなったな」
「毎日、ケアルガ様に愛してもらってるから」
顔を赤くしながら、誇らしげにセツナは言った。セツナのレベル上限はついに二十に届いた。
いわゆる普通の人間と同レベル。レベル上限以外のすべてが優れたセツナがそのレベルに至れば、普通の人間にはまず負けない。
ため込んだ経験値は使い切ったので、ここからレベル上限解放したその場でレベルアップはしないが、ここから先、レベルアップするたびに、超越者の水準へと近づいていく。俺はそれが楽しみだった。
「殺さなかったのはえらいぞ」
「ん。血がでると臭くて、ご飯がまずくなる。それに面倒」
さすがに店内で人殺しはまずい。人間ぎらいのセツナはよく我慢した。
「ケアルガ様、不思議なの。セツナをほしがるなんて」
「不思議でもないけどな、セツナは可愛いから」
「……今日の夜も頑張ってご奉仕する」
可愛いと言われたセツナが尻尾を振って喜ぶ。
俺はそんなセツナが愛おしくなって頭を撫でる。
「セツナが可愛いのもあるけど、うっぷんを晴らしたかったんだろうな。氷狼族にいいようにやられた恨みをベッドの上で晴らす。抵抗できない女をいたぶって優越感に浸る。下種の考えそうなことだ」
それもこの街を出たいと思った理由だ。
氷狼族の襲撃に失敗した兵士くずれの怒りは、すでに奴隷になった氷狼族たちに向けられる。
そのために、氷狼族の奴隷を買いに行く連中もいるかもしれないし、似たような亜人を虐待して楽しむやつもいるだろう。
人間は、醜く愚かだ。
「悲しい」
「まあ、そんなもんだよ。それより料理を楽しもう。ここはデザートも美味しいという噂だ。好きに頼んでいいよ」
俺はセツナとフレイアに微笑みかける。
今日は料理を楽しみに来たんだ。そっちを優先しよう。
「うわぁ、デザートまであるんですね! メニューを見てもいいですか!」
「セツナも見る。ん。名前だけだとどんなデザートかわからない」
「なら、私が教えてあげますよ。まず、このコルカナは牛の乳に卵を……」
女の子なだけあって、甘いものには目がないようだ。
フレイアの説明をセツナは狼耳を限界までピンと伸ばしながら聞いていた。
俺はちらりと、自分の席に戻った男を見る。
彼は酒を飲み、同伴者に愚痴を言っていた。
いい気なものだ。すでに自分が死んでいることにも気づかないで。
俺は、俺から奪う奴を許さない。
もう、俺から何も奪わせないし、俺のものに手を出した奴には相応の罰を与える。
男の手の甲に小さな虫刺されのような赤みが出来ていた。
彼には復讐がてら、最近作った暗器の実験台になってもらっている。
ちょうど、俺たちの食事が終わるころ、その毒は全身にまわるだろう。
案外、遅効性の毒というのも悪くはない。さまざまな用途がある。
今、みたいに楽しい食事の間を邪魔しないようにして、むごたらしく殺すような。
「ケアルガ様、決めました!」
「セツナは、フルーツがたっぷり入ったふわふわしたのを食べる!」
男は何も気付かず、酒を楽しく飲んでいる。しばらくはこの店にいそうだ。
デザートのあとに、おまけの復讐を楽しめそうだ。
それにポケットの中には、彼がさっき見せつけてきたジオラル王国兵の紀章がある。
彼の名前と姿、王国兵の立場。
それは、彼が死んだあとに有効活用させてもらおう。
「うん、デザートもいい。甘いものもたまにはいいな」
甘いデザートを食べながら、俺は食後の甘い復讐に思いを馳せていた。
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