第2章 若葉マークの広報官

第6話 到着、松島基地!

 雲一つなく晴れ上がった青空を背景に、満開の桜がときおり白雪のような花弁を散らしている。吹き抜ける風の感触は穏やかで、木々の葉は目に見えて色鮮やかに青く、太陽の光は丸みを帯びて柔らかい。桜の花に彩られた航空自衛隊松島基地の風景は、絢爛豪華な春色を演出していた。


 春といえば新しい生活が始まる季節。松島基地に配属された新人自衛官、桜木晴花さくらぎはるか3等空曹も、新しい一歩を踏み出そうとしている一人である。しかし基地正門を入って少し進んだところで、晴花は口を開けたまま棒立ちしていた。晴花は犬の糞を踏んで呆然としているわけではない。空を飛んできた航空機に目を奪われていたのだ。


(――また会えたね、ブルーインパルス)


 飛んできたのは菱形ダイヤモンドに並んだ四機の航空機。翼の先端が触れそうなほど四機の距離は近い。どくりと鼓動が高鳴る。晴花は両目を皿のようにして航空機を追いかけた。ぽっちゃりとした愛らしいフォルムは、「ドルフィン」の愛称で親しまれている、T‐4中等練習機だ。青空によく映える青と白の二色に塗られている。――ああ、やっぱりそうだ。あのT‐4は晴花が憧れるブルーインパルスのドルフィンだ。


 お腹を重ねるようにして、右から左に駆け抜けたかと思いきや、今度は二手に分かれたT‐4が、横に8の字を豪快に描いていく。最後に花のように見える六つの円を空に描いたT‐4は、轟音を残して青空の彼方に消えていった。胸の辺りを掴んで熱い息を吐いた晴花は、六つの円がゆっくりと消えていく様子を見つめていた。


「――桜木晴花3等空曹!」


「はっ、はいいっ!」


 突然名前を呼ばわれた晴花の脳裡に、教育隊で過ごした過酷な日々が蘇る。晴花は反射的に背筋を真っ直ぐに伸ばした。くすくすと笑う声が聞こえる。恐る恐る後ろを振り返ると、微笑みを浮かべた女性自衛官が立っていた。微笑む女性と目が合った瞬間、仰天した晴花は梟のように両目を見開いた。


「あなたは――地本のお姉さん!?」


 優しく微笑みを浮かべる彼女は、操縦適正検査に落ちて意気消沈していた晴花を励まし、それでも夢を諦めきれない晴花に別の進路を薦めてくれた、地方協力本部の女性自衛官――篠田由貴しのだゆき1等空尉だったのだ。


「到着予定時刻になってもなかなか来ないから、みんなで心配していたの。そしたら警務室から電話がかかってきて、あなたのことを聞いて急いで迎えに来たというわけ。事故や事件に巻き込まれてなくて、本当に良かったわ」


「すみません! ついブルーインパルスに見惚れていました! ご迷惑をおかけして申しわけありませんでした!」


 晴花は膝に届くくらい頭を下げて謝罪した。それにしても着任して早々迷惑をかけるなんて情けない。おまけに職場の先輩にわざわざ迎えに来てもらう始末である。穴があったら入りたい。穴がないなら掘削機で穴を掘って入りたい。穴も掘れないなら異次元に続くワームホールに飛び込みたい思いだ。


「謝らなくていいのよ。私だって仕事を忘れてブルーに見惚れちゃう時があるもの。桜木さんを無事見つけたことだし、それじゃあ庁舎に行きましょうか」


 頭を下げた晴花を怒鳴ることもせず、篠田由貴1等空尉は、白魚のような手で晴花の肩を叩いた。にこやかに微笑む篠田1尉がとても眩しく感じる。まるで地上に降臨した愛の女神のようだと、晴花は心の中で思ったのだった。

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