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ドルフィンガール! 作者:蒼井マリル

第2章 若葉マークの広報官

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隊内紙の記者に抜擢されました

 篠田由貴1等空尉のあとに続いた晴花は、薄緑色に塗られた庁舎に向かった。入り口脇のプレートには【司令部管理部広報班】と書かれている。廊下を歩く篠田1尉は一つのドアの前で足を止めた。どうやらここが広報班の事務室らしい。篠田1尉がドアを叩くと、中から「どうぞ」と返事が返ってくる。篠田1尉に続いて晴花は広報班の事務室に入った。

 デスクとホワイトボード、テレビとソファーにスチール製の書棚などが、白い部屋に整然と並べられている。まるで一般企業の綺麗なオフィスのような空間だ。広報班の隊員たちは黙々と仕事をしている。部屋のいちばん奥にあるデスクに座っていた男性が、席を立ってこちらにやってきた。肩の階級章には2等空佐を示す、二つの桜星と二本の線が入れられている。――このお方が広報班を統率する広報班長に違いない。晴花は居住まいを正した。

「どうもどうも、広報班長の安藤亨あんどうとおる2等空佐です。どうぞよろしく」

「桜木晴花3等空曹であります! よろしくお願いします!」

 着任の挨拶をした晴花は安藤亨2等空佐と握手を交わす。年齢は50代前半に見える。鷹揚とした雰囲気の優しそうな男性だ。安藤2佐に手招きされた晴花は室内を進み、篠田1尉と一緒に事務室の隣にある班長室に入った。彼が座ったデスクの前で直立不動の姿勢を取った。

「桜木くんは広報班の仕事は知ってるかな」

「はい。ホームページに基地のイベントとスケジュールを載せたり、見学者の案内やメディアの取材対応などが、広報班の業務内容です」

 晴花が淀みなく答えると、安藤2佐は満足げに「うんうん」と頷いた。

「それでね、桜木くんにはブルーインパルスの記事を書いてもらいたいんだ」

 安藤2佐の口から飛び出した、あまりにも突拍子な発言に、晴花は凍ったバナナのように硬直した。9回裏で満塁サヨナラホームランを打たれたピッチャーのように思考が固まる。――このほんわかとしたおじ様は今なんて言った? 晴花の聞き間違いでなければ、ブルーインパルスの記事を書けと、安藤2佐は仰ったはずだが。

「あの……安藤2佐。わたしにブルーインパルスの記事を書いてほしいとは、どういう意味でしょうか」

「ごめんごめん。いきなりで驚いたよね。陸自と海自には隊内紙があるんだけれど、空自には隊内紙がほとんどないだろう? そこで空自も隊内紙をもっと作ろうじゃないか! って話になったんだ。松島基地といえばやっぱりブルーインパルスだから、まずは彼らの特集記事を作ろうと思ってね。だから桜木くんにブルーインパルスの記事を書いてもらいたいんだ。何も桜木くん一人に押しつけるつもりはないよ。私と篠田くんがサポートするからね」

 晴花は黙り込んだ。安藤2佐の話は理解できた。だが晴花は今まで一度も記事を書いたことがないし、作文が苦手だったから文章にもまるっきり自信がない。それに晴花は広報班に着任したばかりの新人で、仕事のいろはもまだ教えられていないのだ。それなのにいきなりブルーインパルスの記事の作成を任せたいだなんて、まさに無謀の極みではないだろうか。

 だができっこないという気持ちよりも、やってみたいという気持ちのほうが大きいことに晴花は気づいた。晴花に憧れと夢をくれたブルーインパルス。胸に銀色に光るウイングマークはない。憧れのドルフィンにはもう乗れないけれど、ブルーインパルスの記事の執筆を任されたのは、きっと神様が違う形でチャンスをくれたのだと思う。ならばそのチャンスを掴もう。あの時やっていればよかったと、あとで泣いて後悔するのは嫌だから。

「桜木晴花、未熟で経験不足ではありますが、精いっぱい頑張らせていただきます!」

 安藤2佐は満面の笑顔を浮かべるといったん席を立ち、書棚から薄い本のような物を取り出し、晴花にそれを渡して椅子に腰掛けた。

「それは今年の航空祭で使う予定のリーフレット。まだ写真は入れてないけれど、パイロットの紹介ページがあるから、彼らの名前を覚えておいてね」

 荷物の整理があるだろうから、今日はもう内務班に帰っていいと言われたので、安藤2佐に一礼した晴花は班長室をあとにした。

 内務班とは端的に言うと自衛官が住む独身寮だ。航空自衛隊の内務班は、一般内務班と上級空曹内務班に別れており、一般内務班には3等空曹と空士クラスの隊員が、上級空曹内務班は2等空曹から曹長クラスの隊員が在籍している。晴花の階級は3等空曹なので、数年の間は一般内務班で過ごすことになるのだ。

 篠田1尉に案内された内務班の部屋は二人部屋だった。訓練に出ているのか同室の隊員はいない。篠田1尉が出て行ったあと、晴花はベッドに座ってリーフレットをめくった。パイロットやグランドクルーの名前、ブルーインパルスのアクロバット課目の説明が丁寧に書かれている。

 一人のパイロットに晴花は興味を覚えた。晴花が興味を覚えたのは、リードソロ担当で5番機パイロットの、青井七星あおいななせ1等空尉。石川県小松基地の第306飛行隊から引き抜かれたらしい。写真が入れられていないので顔は分からないが、七星という名前だからきっと女性に違いないだろう。女性ファイターパイロットで花形のドルフィンライダー。パイロットを目指していた晴花にとって、青井七星1等空尉はまさに輝く星の如き憧れの存在である。

(青井七星さん、か……。きっとバードさんみたいに、美人で優しくて素敵な女性なんだろうな)

 リーフレットを読むのは終わりにして、そろそろ荷解きをして荷物の整理始めないと。上着を脱いだ晴花はシャツの袖をまくり上げ、さっそく荷解きに取りかかった。
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