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第五十八話『今日は全部寝技だぞ!!』
宜しくお願いします。
斉暦元年、九月一日、午前五時半。
昨日、五人の英雄を天に送った盛大で明るい葬儀を終え、妖蟻と妖蜂の弔問使節団をガンダーラの民全員で感謝を示して地下プラットホームで見送り、再び第一砦前広場で『送別会』を開いた後、日付が変わる頃地面に寝転がって皆で寝た。
そして東の空がほんのり明るくなり、眷属達が次々に目を覚ます。
俺の隣で寝ていたラヴは三人のダークエルフを伴い、既に朝の狩りへ出かけたようだ。
ツバキやオキク達妖蜂族も朝のパトロールに各方面へ飛んでいった。
俺の枕と化しているハティの尻尾には、アムルタートとハルワタートがしがみ付いて寝ている。
微笑ましい光景だが、今回の浅部魔族総避難で妖蜂族が保護した二十四人のピクシー達が、スコルとハティの体を覆うように張り付いて寝ているので、少しグロい。
スコルとハティは体長が10mを超えてしまったので、もう狼と呼んでいいのか分からない。
メーガナーダの七匹も、その体長が4mを超えた大狼となっている。以前のスコルやハティと同じ大きさだ、どこの群れに行ってもボスになれるだろう。
メーガナーダは先日の戦いが終わった後、久しぶりにガンダーラ入りした。
二度の進化を果たして戻って来たメーガナーダの七名を見た女性ゴブリン達は、精悍な彼らに猛烈なアピールを開始したが、残念な事にメーガナーダの七名はガッチガチのメチャ信者である。
彼らのハートを射止めるには、武道を学んだのち、最低でもメチャの初回進化先だったラクシャシーに進化して、極悪フェイスと豊満ボディを手に入れる必要がありそうだ。
そのメーガナーダの七名も、相棒の狼を連れて北浅部へ狩りに向かった。彼らはヴェーダの強制目覚ましコールで眷属の誰よりも早く起床し、早々に狩りへ出かけている。
俺もボケッとしてはいられない。
先に起きて俺の髪の毛を結い上げていたメチャと一緒に井戸へ向かう。
口を漱いで顔を洗い、神像に朝の礼拝をして拠点を巡廻。
皆に挨拶して回りながら色んな所をチェック。
ワイバーンのヤスシが近付いて来たのでアゴの下をくすぐってやる。
俺達のすぐ傍でエルフ達がワイバーンの世話をしていた。
ワイバーンと相性の良かったハイエルフ五人衆は、テイクノ・プリズナで死属性拘束を進化で強制解除した16名のハイエルフや、他のエルフ達を誘ってワイバーン達に餌を与えている。
性奴隷であったエルフ達は心の傷が癒えるまで、戦いに参加させる気はない。しかし、彼らがワイバーンに騎乗したいとか、狩猟に出たいとか、前向きに行動したいと言うのなら止めはしない。
ワイバーンと戯れながら、同族に囲まれる彼らの表情は明るい。性奴隷だった屈辱の傷は少しずつ癒えているのだろう。
恐らく彼らと同じ境遇の者はこれからもっと増えていく。そんな者達を最も励ます事が出来るのは、かつて同じ境遇だった彼らだ。
役を押し付けるようで申し訳ないが、彼らには心の傷を癒した先駆者として、あとから続く者達の希望や目標となって欲しい。
子供達と聖泉の水で顔を洗っているドワーフ達もそうだ。性奴隷ではなかったが、彼らもまた心身共に酷く傷付けられた過去を持つ。
ドワーフは『内向的ではない引きこもり』として有名だ。
根は明るいが鍛冶場に籠って鉄を打つ事が大好きな彼らは、心に傷を負って外出したくないと言う者達に、新しい生き方を見せてくれるのではないかと思う。
家屋の中で暗い雰囲気に沈むのではなく、鍛冶場や調理場などの小さな空間で明るい奴らに囲まれながら何かに集中する事で、嫌な事を楽しい出来事で塗り潰す。そんな癒し方も有るはずだ。
たとえ『一人になりたい』と言う者が現れたとしても、一人で何かに取り組むという姿勢は、仲間と共に黙々と鉄を打ちながら眼前にある鉄以外の存在を意識せず、作業に集中するドワーフ達に通じるものがある。
そんなドワーフ達の背中を見るのは、決して無駄な事ではないと思う。
傷の癒し方は様々、その人物に合った治療法でなければ効果は薄い。事によっては逆効果だったという事も有り得る。
今のうちに治療法を色々と模索していた方がいい。
例えば動物セラピー、嫌いな動物には近付かないだろうし、好きなら愛でるので解り易い。
駐屯地のあちこちで草を食べている900頭の軍馬、彼らは既にガンダーラの人気者だ。全頭眷属化したので大人しいし、狼達を恐れる事も狼達が襲う事も無い。
まぁ、馬達がスコルに対してビビリまくっているのは御愛嬌。たとえ眷属同士であっても威圧されたトラウマは拭えない。それに、巨狼と化したスコルとハティは誰が見ても恐ろしい。
そんな馬や狼達の世話をして心の傷が癒えると言うのなら、全力で支援させて貰う。動物達を住まわせる厩舎や世話係達の住居を、牧場などにセットで建築する。
そうすれば常に動物達と一緒だ。
人との関わりが苦手な者や、他人に囲まれた環境が苦痛となっている者達にもお勧め出来る場所を提供したい。
しかしそうなると、獣以外の魔性生物も動物のカテゴリーに入るのだろうか?
プニョンとした容姿のスライムは人類が好んで使役するらしいが、スライムには知性が無い、本能で行動している。そんなスライム達が飼い主と戯れるとは思えん……
『無知性こそ人類がスライムを使役する所以です』
「それは…… ひょっとして道具扱いか?」
『そうですね、汚物の処理等に使われる事が殆んどです。死体処理や殺人現場の血痕処理など、クリーナーとして重宝されています』
「なるほどなー。戦力としてはどうだ?」
『進化させて大量虐殺兵器とする者も居るようですが、魔核や素材・討伐部位など全て溶かして吸収、または著しく損壊させてしまいますので、数段進化したスライムを使役する者は稼ぎが悪く、肥大化したスライムの居住スペース確保の為に極貧の者ばかりです』
「進化したら人化するとか、無い?」
『有りません。脳が有りませんので、人化しても容姿を真似た動くマネキン、もしくは冷たいダッチワイフです。挿入したモノは溶けます』
「うわぁ、表面以外は溶解液だからなアイツら。体内に入れた物が溶けないなら、溶解液に接触していないか、溶けない物質かのどちらかだ。どちらにせよ危険な生物だな」
う~ん、動物セラピーにスライムは要らんな。
スライム大好きっ子が現れるまでは飼う必要が無い。
糞尿も残飯もエルフ達の魔法で栄養豊富な土に出来るし、掃除は自分達でやる、無駄飯喰らいは要らん。
他の魔性生物と言えば…… この森では蟲が代表的か。
妖蟻族が飼っている土蜘蛛とか、妖蜂の蜜蜂とか、産業動物的な蟲は素直で可愛いと思うが…… 愛玩動物的な蟲は、個人の趣味で飼って下さいって話だな。
しかし、ナイトクロウラーを保護して育てるなら話は別だ。
羽化したらピクシーに成るし、幼蟲時代は超貴重な糸を吐いてくれる上に意思疎通も可能。どちらかと言えば飼育と言うより、魔族の子供として育てる感じだな。
妖蜂や妖蟻の赤ん坊と同じように小さな個室で育てたい。
ガンダーラに避難して眷属化したピクシーは24人、アムルタートとハルワタートを合わせて26人居る。
ナイトクロウラーは88体。うち孵化して一年未満の『一齢妖蟲』は45体、二齢妖蟲が21体、三齢妖蟲が18体、秋に入る頃に蛹となって来夏に羽化する四齢妖蟲が4体。
このナイトクロウラーは全部眷属化した、つまり新種だ。
アハトマ種同士の親から生まれたわけではないが、アハトマ種として羽化するので、俺の彼らに対する期待感は相当なものになっている。
彼らが羽化し、やがてアハトマ種の番いを見付けて子を生した時、その子は眷属進化ではないアハトマ種となる。
現在ガンダーラに居るゴブリンの赤ん坊達と同じだ、親より遥かに優れた資質を持っている。色々と期待せずにはいられない。
アハトマ種同士での子作りを繰り返すと、代を経るごとにアハトマ種の血は濃くなり、元の種族とは完全に別種となるだろう。外見的特徴も体色以外が大きく変わるかも知れない。事実、アハトマ・ゴブリンの赤ん坊は親より凶悪な面構えだ。
あ、子供達と遊ぶというのもセラピーにはいいかも知れんな。
エルフの男娼として兵舎に閉じ込められていた十四歳のアーベは、毎日ゴブリンの赤ん坊達をアヤしている。と言うか、毎日のようにゴブリンの女衆が子供を産むので、駐屯地の病院がアーベのホームと化している。
アーベは男の大人達と行動する事に抵抗があるようだ。
俺は眷属の主だし、彼を助けた一人なので警戒はされていない。
むしろ懐かれているが、俺が居ない時のアーベは必ず女性集団の中に居る。
そんな彼が自分の居場所として見付けたのが駐屯地の病院だ。
病院の職員は全て妖蜂族、患者は今のところ妊婦だけ、つまり女性と赤ん坊しかいない。
たとえ見舞いの男性が来たとしても、周囲が軍人の女性ばかりなのでアーベも安心。とは言うものの、レベル50のハイエルフであるアーベが病院内で一番強いわけだが、それはナイショだ。
アーベは子供達に囲まれて非常に明るくなった。
これもセラピー効果と言えるだろう。
彼は保父さんや教師に向いているかも知れない。
子供達もアーベによく懐き、困った事に「マ~マ」と呼んで甘えている。
アーベは美少年だが男だぞ、間違えてはイケナイ。俺は初見で間違えたが、あれは仕方が無い、アイツは可愛過ぎる。
最近アーベは俺の顔を見ると胸のあたりを押さえて苦しそうな仕草をする。診断した結果、健康だったが心配だ。今度一緒に風呂にでも入って体を労わってあげよう。
ヤスシの首筋を撫で、「またあとでな」と巡廻に戻る。
エルフ達と立ち話をしていたメチャが慌てて話を切り上げた。
エルフ達はこれからクララ山脈に向かってワイバーン達と狩りに行くそうだ。妖蜂の城『クララ・ガ・タッタ』や王都の周囲も視回ってくれるらしい。
彼らに「気を付けて」と言ってその場をあとにする。
水濠の様子を見て回っていたら、ナーガ族が水濠に入って泳いでいた。
彼らの氏族長達とは色々と話がある。その旨を若い男性ナーガに伝え、近くに居たリザードマンの女性とラミアの女性、と言ってもラミア族は女性しか居ないが、彼女達にも同様の話をしてこの場を去った。
しっかしラミアの娘は…… スゴかった、下着と言う野蛮な文化はガンダーラに不要だと思わせてくれる素晴らしいモノだった。
俺は今度『不下着三原則』を宣言しようと誓った。
履かず、着けず、持ち込ませず。薄衣チラリズム推奨。
しかし男は下着必着、破った奴は『全裸に蜂蜜で蟻の巣送り』の刑だ。
ガンダーラを一周して朝の巡廻終了。
神木の下で休憩したあと、メチャと朝稽古だ。
メチャが淹れてくれた麦茶を飲んでいると、空から一枚の黒い羽が落ちてきた。
メチャと同時に空を見上げる。
神木の太い枝に腰を降ろしたハーピーのピッピが手を振っていた。
衝撃的な光景だった。
マハーカダンバは妖鳥族の巣になっていた。
眷属化したのはピッピ達だけなので正確な数は分からないが、相当数のハーピーが神木の枝に留まっている。
マハーカダンバは樹高も太さも【世界樹】と言っていいスケールだが、その巨大樹に数百の妖鳥が留まるこの光景は、驚嘆すると共に崇高なものを感じる。
しかし、あれでは雨風を防ぐ事は出来ない。
彼女達の住み易い家を提供せねば……
『アートマンがマハーカダンバ上部に妖鳥族が住める“洞”を創るそうです』
「え~っと、それは……」
『影沼と同じ様なものです。外部の景色は監視塔のように360度見る事が出来ます。収容人数に限りは設けないようですが、一人あたり一日20MPを徴収させて欲しいとの事です。洞の維持費ですね』
「それは願っても無い。早速ピッピを呼んで伝えておこう。今日の地下帝国会議でハーピークイーンとその話を詰める」
う~ん、今日も忙しくなりそうだ。
「け、賢者様ぁ、楽しそうですねぇ」
「ん? あぁ、そうだな、楽しいよ」
「それは良かったですぅ。えへへ」
メチャも昨日の晩は落ち込んでいたが、今朝は幾分マシになっている。
彼女は俺以上にヘコんでいたからな、普段通りに戻るのは数日掛かるだろう。
メチャは恐らく眷属の中で一番“マトモな魔族”だ。
彼女の存在が、今後俺達が行動を起こす時の指針となるかも知れない。
色んな意味で貴重な存在だな、この子は。
22歳のレディーに『この子』は失礼かな?
可愛いからいいだろう。凶悪な顔だが。
さて、朝の稽古を始めますか。
先ずは寝技からだっ!! 上四方固めを十本!!
寝技が終わったら次は寝技の応用だぞっ!!
さぁ来い!! スーハー、スーハー、上四方バンザイ!!
それにしても、魔竜がまったく動きを見せんなぁ……
有り難う御座いました!!
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