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第五十七話『エターナルだ』
宜しくお願いします。
早朝から俺達を出迎えてくれたツバキ達妖蜂族の大隊。
彼女達が用意してくれた駕籠にメチャを抱えて乗り込み、神木目指して飛行する。
眠り続けるメチャを愛でつつ、ツバキを先頭に駕籠の周りを囲う656名の大隊隊員を見渡し、彼女達を手配したカスガの意図に若干ヘコまされる。
これが名君とプロゴリラーの差か。
少しばかりお迎えの数が多いが、現在は大森林も厳戒態勢だ、敵を侮って眷属を死なせた男が言うのも何だが、これくらいの姿勢で行動してもらわねば困る。
この大隊を率いたツバキも、大隊での出迎え指示を出したカスガも、俺なんかよりよっぽど危機意識と言うものを理解している。
本音を言えば出迎えなど不要なのだが、俺が率いたガンダーラ軍は兵力十倍以上の敵を殲滅して“凱旋”している形だ。女王カスガや皇帝アカギにはそれを出迎える義務がある。
たとえそれが敗将の率いる不運な軍隊であったとしても、だ。
蟲を使った周到な監視警戒体制をヴェーダが大森林全域に敷いているので、出迎えに危険は無しと判断された上でツバキ達を出迎えに寄越したのだと理解している。
しかし、辺境伯に匹敵する不気味さを持つ魔竜を相手にしての事なので、よしんばヴェーダの許可が下りていたとしても、簡易結界の外へツバキ達を出す事に対して不安を覚えざるを得ない。
辺境伯が俺に与えたインパクトは強烈だった。
あの男を軽く凌駕する能力と強兵を持つ魔竜がすぐ傍に居ると思うと、努めて明るく振舞ってくれているツバキ達の癒し効果も2%ほど下がると言うものだ。
2%も下げやがって…… 鬼畜魔竜赦すまじ。
美しい妖蜂族からキスと抱擁の『おかえりなさい』を体全体で受け止めた際、彼女達の瞳に映るほんの僅かな憂いを感じた。
やはり、眷属から初めて戦死者が出た事は、拠点防衛組の皆も堪えたようだ。ツバキは戦死した五人について触れようとしなかった、ただ、抱擁を交わした時に耳元で「戦ですから」と言った。
その言葉には多くの意味が込められている。
俺の愚策と油断、辺境伯の意外な行動、そして仲間の死とその後の虐殺に至るまで、その一言に戦場での理不尽を全て詰め込み一刀両断した重い言葉だ。
それ以上の事は何も言わないが、不世出の名君カスガと長年軍に身を置いた大尉ツバキにとって、俺の戦い方はさぞ歯痒いモノだったに違いない。
ガンダーラや地下帝国で待つ眷属達は、ヴェーダを介するネットワークによって俺達や蟲が見た戦闘風景をリアルタイムで見ていた。
戦闘を見ていた者の中には、シタカラの母であり他の四人にとって祖母であるウエカラを始め、彼らの嫁や姉、妹、そしてシタカラの娘も居る。
彼女達は果たして『戦だから』と理不尽を許容出来るだろうか。
彼女達の孫や兄弟である男衆は、父親同然の伯父シタカラや兄弟・従兄弟を殺されて怒り狂い、その怒りと恨みを敵兵にぶつけた。それでも彼らに宿った復讐心は消えていない。
俺はマナ=ルナメルの女衆に対して、男衆に感じた罪悪感とは別の物を背負う事になるだろう。
この事に関する全ての事象も、ツバキはあの一言に含めていた。
敗将の責務と遺族の思い。未熟な俺には遺族の思いに答えを出せるのか甚だ不安が残る。
『ツバキの言葉は大森林で育った眷属の総意です。マナ=ルナメルの女性達も帝王が起こした戦で散った五人を誇りに思っています』
「……ガンダーラの女衆は強いな」
『皆、戦場での理不尽は百も承知、大森林で人間に狩られ続けてきた彼らは常に“死”を意識していました。辺境伯と戦う意思を貴方が固めたその時点で、死別の覚悟は出来ています』
「出来ていなかったのは俺一人、油断したのも俺一人、笑えてくるぜ」
『獣のように追われて狩られていた彼らが、敬愛する主と共に戦って人類に一矢報いる。それは彼らにとって夢想だにしなかった出来事、たとえ理不尽の前に斃れたとしても、獣としての死を迎えるより幸せだと信じて疑いません。それが貴方の眷属です』
「……俺には、勿体ねぇヤツらだ」
『ならば、彼らの忠義に見合う帝王になって下さい』
「ああ、そうする。必ずな」
南浅部のシンボルと化したマハーカダンバが眼前に迫る。
先行した空挺団がガンダーラの上空を旋回していた。
アイニィが何やら呟いているのが見える。
影沼に眠る五人の戦士達に、見納めとなる故郷の風景を語り聞かせているのかも知れない。
彼らが最初に造った水路に流れる泉水が、日の光を反射して煌めいていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ぉかえり……」
「ただいま」
先頭に立って大勢の妖蜂族を従え、駐屯地の広場で俺達を出迎えたのは、腰に差した二本のジャマダハルを弄りながら決して俺と目を合わせない純情戦乙女トモちゃんだった。
これには凱旋組も全員驚いた。
レインやジャキがさり気なくリーゼントの乱れを整え、ミギカラが無駄に生えた胸毛を毟って投げ捨て、他のゴブリンとコボルト達も頬を染めながら恐縮し、リザードマン達は尻尾を忙しく地面に叩き付けて落ち着きを無くしていた。
ピクシーの二人は特に畏れる事も無く、トモエの蟲腹に二人で座って「お馬さんだー」などとハシャいでいた。その光景を見ていた多くの者達が白目を剥いて倒れたが、俺は足の指を地面に突き刺して耐えた。
ハイエルフとダークエルフ、そしてドワーフ達はトモエが何者なのか判っていないようだったので、親切なヴェーダがトモエのスペックと恐ろしさを懇切丁寧に教えた結果、全員が俺の顔を見て憐れんだ。
ヴェーダは何を吹き込んだのだろうか、気になるところである。
唯一他とは違った反応を見せたのはラヴだ。
彼女はヴェーダからトモエの話を聞いていたので、出迎えられた時は非常に驚いていたが、トモエが時折見せる俺への不自然な態度を見たラヴは、何を血迷ったのか俺の右腕に抱き付いてきた。
その瞬間、俺の耳が『パキッ』っという音を拾った。
音が鳴ったのはトモエが見つめる1m先の空間。
なるほど、勉強になった。
俺は知った、何も無い空間に亀裂を入れる女性が居る。
亀裂の向こうに闇が見えた、ブラックホールかな?
亀裂は数瞬で塞がったが、俺の開いた口は塞がらない。
あの亀裂は広げちゃダメなヤツだ。
好い男ってのは空間の亀裂を広げさせない。
「妖蜂一美しいお姫様に迎えられたら、戦勝パーティーの必要は無くなるな。これ以上に華やかな空間を創造する術を俺は知らない。まったく、困ったお姫様だよ君は」
「ぁ……ゴメン、なさぃ……」
「もう少し自分の美しさを自覚してくれ。さぁ、色々とやる事がある、砦に入ろう」
「ぁ、ぅん」
「さぁ陛下、参りましょう」
「お、おう。あ、トモエも一緒に――」
ラヴが空気を読まずに俺の腕を引っ張り、トモエを横切ろうとした。
その時、俺は誰かの舌打ちを聞いた。そしてジャキが遠くへ吹き飛んで行った。不思議な現象があるものだなぁ。
俺は素早くトモエの腰に右手を回し、彼女とラヴを伴って砦に入った。
ちなみに、メチャは俺の背中にしがみ付いてヨダレを垂らしながら寝ている。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「だ、旦那様は、ょくやった…… 胸を、張って」
「……あぁ、有り難う」
「じゃぁ、また明日…… チュ」
「カスガに宜しくな、気を付けて帰れ」
少しだけ頷いたトモエは一瞬だけ俺と目を合わせ、すぐに踵を返して送迎係の妖蟻兵達が待つプラットホームへ飛び去った。
彼女は本来侍るべき者が居る場所へ帰った。
自分の役目を弁えた迅速な行動だ。彼女からは見習うべきところが多い。
トモエは砦に入ってすぐ、姉の許へ帰ると告げた。
俺とお茶を飲む時間など作らない、彼女のガンダーラ防衛任務は俺が帰還した時点で完了、本来の仕事に戻るのみ。単純な事だが、その単純で基本的な事を女王の妹である彼女は迷い無く実行する。
プライベート以外での自己抑制が完璧だ。
彼女は姉の許へ帰る直前、地下通路の入り口で数十秒仕事から離れて俺を励ました。
相変わらず俺と視線を合わせてくれなかったが、恥ずかしさを必死に堪えて俺を気遣ってくれたその姿は、沈みがちな気分を十分過ぎるほど軽くしてくれた。
その光景を横で見ていたラヴは面白くなさそうにしていたが、眷属である彼女から俺に流れてくる感情は、砦前での一悶着があった時から常に俺を心配したものだった。
彼女とトモエは普段と変わらない態度を俺に示し、「大丈夫」だと暗に教えてくれていたのだ。他の眷属達も彼女達と同じ、いつも通りの態度で接しながら俺を気遣っていた。
それは戦に参加した千人の眷属達も変わらない。
戦場を離れてからずっと、俺の中に流れて来る彼らの感情は心配と労りだった。
トモエを見送って砦の食堂へ戻ると、皆が俺に駆け寄りトモエの事をあれこれ尋ねて来た。普段通りにおちゃらけた態度で、俺を気遣いながら。
恐らく、俺の表情に陰りがあるのだろう。
ヴェーダとアートマン様のお陰でシタカラ達の事は心にケジメを付けたが、他にも考えるべき事が多過ぎて、正直余裕が無かった。
だが、トモエとラヴが『普段通り』を見せてくれたお陰で、こうして眷属達の気遣いをしっかり受け止める余裕が出来た。
いつまでも彼らに気を遣わせていては、彼らが五人の英雄を偲ぶ時間を奪ってしまう事になる。まったく、不甲斐無い主だ。
「みんな疲れただろう、地下帝国からガンダーラの避難民が帰って来るまで休んでいろ。それから…… まぁ、ありがとう、俺は大丈夫だ、心配掛けてスマン」
皆から笑みがこぼれた。
これで彼らを安心させてやれただろうか……
『どうやら、安心出来たようですね』
「……そうだな、フフッ」
バタバタとその場に座り込み、そのまま眠りに就く眷属達。
肉体の疲れよりも、俺を気遣った気疲れの方がキツかったようだ。悪い事をしたな、ゆっくり寝てくれ。
レインやミギカラ、アイニィー達も同じように眠った。
ジャキは…… まるでボロ雑巾のようだ。ハイエルフ達に回復魔法を掛けられている、彼に何があったのだろうか? 何となく、トモエには舌打ちを控えて貰いたいと思った。
俺にお姫様抱っこをせがんできたラヴを寝室まで運んでベッドに降ろし、ついでにメチャもラヴと同じベッドに寝かせ、ラヴにお休みのチュウをしてから砦の外に出る。
砦の前で寝そべるスコルとハティ、二匹の尻尾で遊ぶピクシー達、彼らを伴って神木まで歩き、神像の前に腰を降ろして座禅を組み、瞑想して静かな時間を過ごした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
マナ=ルナメルの女衆が次々に俺の体に飛び付いて来る。
お帰りなさいませ、お怪我は御座いませんか、見事な戦で御座いました……
俺は言葉が出なかった。ただ彼女達を強く抱き締めただけだ。
シタカラの妻キツクと娘、俺は二人を特に強く抱き締めた。
彼女達は俺の腹に顔を埋め、力強く抱き返す。
俺も彼女達も無言、俺は何も言えず、彼女達は何も言わない。
そして、最後に俺と抱擁を交わしたのは、シタカラの母ウエカラ。
ガンダーラへ戻って来たウエカラが俺に放った第一声は、「御無事で何よりでした」だった。これはさすがに胸が締め付けられた。
俺は彼女の息子と四人の孫を死なせた張本人だと言うのに、彼女は心から俺の身を案じてくれていた、その一つの感情のみ俺に伝わって来る。彼女を含めたマナ=ルナメルの女衆からは恨みや怒りなど微塵も感じない。
五人の死について彼女達は「誇らしい」と、胸を張ってそう俺に告げた。本当にここの女衆はハートが強い、脱帽だ。
昼食後、妖蟻と妖蜂から弔問の使節が続々とガンダーラに到着した。
妖蜂からは二人の王子と近衛の二将。妖蟻は三内親王の一人であるタイホウ内親王殿下と、中狼令という皇帝専属の護衛官が五名。両族がそれぞれ高位の文官を大勢伴っての弔問だった。
万の軍を寡兵で討ち破った戦い、その戦場で散った英雄の葬儀とあって、妖蟻も妖蜂も力の入れ方が本格的だ。
遺族であるマナ=ルナメル氏族に次々と弔慰の品が贈られた。五人に対して勲章も授与されるようだ、カスガとアカギはこういった事に対するトップの在り方をよく理解している。これは本来俺が真っ先にやるべき事だ、弔問客のあとじゃ話にならない。
俺はカスガとアカギから多くを学ぶ必要がある、このままでは眷属達が恥をかく。まったくもって不甲斐無い。
弔問が終わり、皆で神像の前に移動した。
これから葬儀を始める。
アイニィの影沼から五人の遺体を取り出し神像の前に並べると、さすがに数名が涙を浮かべたが、悲しみの涙ではなく寂しさ故の涙だ。
キツクは夫シタカラの髪を手櫛で整え、「カッコイイよ」と笑い、冷たい夫の唇に別れの口付けして、義母に後を任せた。ウエカラが頷き、息子と孫達の亡き骸に別れの言葉を贈る。
ウエカラが五人の頬を撫でる姿は、ミギカラが見せたあの後ろ姿と重なる。
彼女もまた、旦那と同じように「よくやった」と彼らを褒めて別れを告げていた。
五人の魔核は戦場で砕け散っていたが、あの場でアートマン様が全ての魔核を綺麗に修復してくれたお陰で、ウエカラに彼らの形見として渡す事が出来た。
彼女は魔核を受け取ると、俺に深く頭を下げ、神像の前に跪いてアートマン様に謝意を述べた。マナ=ルナメルの女衆がウエカラに続く。
ガンダーラの民が五人の遺体に小さな花を捧げ、巫女衆であるディック=スキの女性達と宮掌衆が祈りの言葉を天に捧げる。
最後に俺が献花し、五人に別れを告げてアートマン様にあとを託した。
布で巻かれた五人の体が神像の胸のあたりまで浮かび上がり、天から伸びた淡い光がマハーカダンバの枝葉を縫って五人に降り注いだ。
五人の体に降り注がれた淡い光が輝きを増し、その光が彼らの体を覆い尽くすと、次第に遺体が薄れていき、やがて光の中に消えた。
すると、彼らが消えた直後に光の中から五つの巻き物が出現し、それはフワフワと宙を舞いながらウエカラの胸元で停止した。
ウエカラが恐る恐る五つの巻き物を両手で受け取ると、空中に在った光は消え、巻き物もその浮遊する力を失った。
ウエカラが俺の顔を見る。
俺にも何が何だか分からんぞ?
『それは天界でシタカラ達が認めた遺言状です。アートマンが少しお節介を焼いたようですね、あちらの時間も操作したようです』
「ははは、そう言う事か。粋なことをして下さる」
「ぬ、主様、それではこの巻き物は……」
「ああ、シタカラ達の直筆だ、家族みんなで読め」
「あぁぁ、アートマン様っ!! 何と言う、何と言う…… うぅぅ」
ウエカラは神像の前で蹲って泣いた。
ミギカラとキツク、そしてシタカラの娘が彼女に駆け寄り、その背を撫でる。
ミギカラの目にも涙が溢れていた。
決して涙を見せなかった男が涙を見せた。
彼らから伝わって来る感情は、やはり悲しみではなく、非常に深い感謝と穢れ無き信仰心だった。
果たして、彼らが嘆き悲しむのは、いったいどのような事に対してだろうか。
俺は多分、その答えを知っている。
『正解です』
「そりゃどうも」
有り難う御座いました!!
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