(cache) 文学研究から現代日本の批判を考える 批評・小説・ポップカルチャーをめぐって / 西田谷 洋(ひつじ書房)政治性の導入を謳いつつ「恣意性」を排除することは原理的に可能か|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年7月3日

政治性の導入を謳いつつ「恣意性」を排除することは原理的に可能か

文学研究から現代日本の批判を考える 批評・小説・ポップカルチャーをめぐって
著 者:西田谷 洋
出版社:ひつじ書房
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本書は、文学研究者を中心とした書き手による、大衆文化論集である。前半は、宮崎駿、ガンダムなどの大衆文化を論じ、後半は、東浩紀やゼロ年代批評など、柄谷行人以降の批評の動向を論じている。

趣意書にはこうある。「思想や文学の言論は文芸評論がその代表としてその役割を担ってきたが、一方で、その言説は文学研究で培われてきた研究成果がきちんと参照されてきたとは言いがたい。特にゼロ年代以降(中略)両者の乖離は広がるばかりである。(中略)文学研究の蓄積を踏まえない批評の言説と、安易にそうした言説に依存する文学研究の側の問題を相対視し、また文化を文学研究という一つの方法を用いて研究することの用いる射程」を検討する、とある(強調引用者)。

ゼロ年代批評に影響を受け、一〇年代以降に政治的な大衆文化批評を行い、研究にも少し関わっているぼくは、この本のターゲットに近いと思う。それで、趣意書の問題意識を真剣に受け取った上で、実際の書籍を読み、なかなかに戸惑わされた。

その一つは、掲載されている論考のいくつかは、文学研究の成果よりも批評の言説を多く参照していたことだった。山田夏樹論考の註の中に出てくる名前は、伊藤剛、上野俊哉、氷川竜介、藤津亮太、宇野常寛、大塚英志、安藤礼二、多根清史ら。広瀬正浩論考の注釈では、佐々木敦、東浩紀、濱野智史など。批評の言説に依存する文学研究の問題の「相対化」とは何か?

趣旨文を書いた西田谷洋論考はどうかと言えば、二〇の註に並んでいる参考文献は、廣瀬純、ランシエール、ラクラウ、ムフ『民主主義の革命』などである。ぼくの理解では、「文学研究の蓄積」というよりは、政治思想やアジ文に近い文章であり、どちらかといえば「批評」ではないか。「はじめに」で「批評家の恣意性」が指摘されているが、そこで引かれるのがレイモンド・ウィリアムズであるというのを首を傾げる。レイモンド・ウィリアムズは文学研究者? 批評家や、むしろ活動家みたいな存在ではなかっただろうか? 他ならぬウィリアムズを引いて正当性の根拠にする「選択」に「恣意性」はないだろうか。

「批評はこのような致命的な論理的欠陥を随所に抱える」としているが(確かにそうだが)、この論集の文章も論理的欠陥を抱えていないとも思えない。岩川ありさ論考の結末部分の、「ポピュラー・カルチャーを、本当の意味で受容し、歴史と向かいあう」という部分「本当」とは何なのだろう。論理的ではない価値判断が導入されていないか。水川敬章論考の「『リンダリンダリンダ』は、表現文化の喜びを携えて、我々を歓待し続けているのである」も、論理的というよりは詩的な表現であろう。

これはぼくのほとんど体質的な「趣味」(主観)なのだけれど、客観性や論理性を装った文章が、その実、ある欲望を隠し持っていたり、論理的ではない価値判断を導入していると、気になる。その判断の根拠を追い詰める作業がないと、納得がいかない。

誰も主観からは自由ではないし、作品の読解や、社会に向けて何かを発表することである変革を願う場合には、「私」の趣味や夢や理想がどうしても入る。政治性の導入を謳いつつ、「恣意性」(私)を排除することが、原理的に可能だろうか?
「研究と批評の境界画定を行うこと自体を乗り越える」という言葉を生産的に受け取るならば、「研究・批評」の入り混じった状態を体現していることが、この論集の最大の面白さであり、議論されるべき箇所だ。両者の重なった豊かな言説空間は、肥沃な場所かもしれない。

小谷瑛輔、矢口貢大論考は、「文学研究」の底力に唸らされる論考だった。倉田容子論考はぼくの知らない領域の内容で勉強になり、近藤周吾論考はドスと色気がある文体だった。山田夏樹論考には迫力が、広瀬正浩論考には丁寧な分析による驚きがあった。大橋崇行論考は、同時代への(行為遂行的な)ジャンル論として興味深く読んだ。
2017年6月30日 新聞掲載(第3196号)
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