橘玲の世界投資見聞録 2017年7月6日

インドの保守政権を牛耳る
ヒンドゥー至上主義者たちのねじれた民族主義
[橘玲の世界投資見聞録]

 これまで何回かインドについて書いてきたが、この国の驚くべきところは、現代(もしくは未来)と中世が同居していることだ。

 ニューデリーのインディラ・ガンディー国際空港から北東に15キロほどのニューデリー駅周辺(オールドデリー)では、喧騒と雑踏が支配し、道路を牛が歩き回り、ひとびとは(すくなくとも)イギリス植民地時代とほとんど変わらない暮らしをしている。

 一方、国際空港からハイウエイ48号線を南西に15キロほど下ったところにあるグルガーオン地区は巨大な再開発地域で、六本木ヒルズのような高層ビルが集まるオフィスタウンを最新のモノレールが結んでいる。直線距離ではわずか30キロしか離れていないが、これが同じ時代の同じ国かと思うと頭がくらくらするほどの“格差”がある。

オールドデリーの喧騒                     (Photo:©Alt Invest Com) 
グルガーオンの再開発地区              (Photo:©Alt Invest Com) 

 
 これは私の個人的な感想ではなく、『フィナンシャル・タイムズ』南アジア支局長として長くインドを取材し、インド人女性と結婚して間近にひとびとの暮らしを見る機会を得たイギリス人ジャーナリストのエドワード・ルースも、自身のインド体験をまとめた『インド 厄介な経済大国』(日経BP社)を「グローバル化と中世の生活 インドの分裂した経済」という章から始めている。

 前回、アシッド・アタックの被害者の女性が運営するカフェを紹介したが、求婚を断られた復讐に若い女性の顔に硫酸や塩酸を浴びせるという蛮行は、インドの「中世的」な部分、すなわち人口過剰な閉鎖的共同体の前近代的な慣習がもたらすものだった。

[参考記事]
●インド・アーグラのカフェで知った極度に閉鎖的な共同体が生み出したあまりにも残酷な慣習

 

 こうした「中世のインド」を象徴するのが、インドの政治・社会で大きな影響力をもつヒンドゥー至上主義だろう。今回は、日本ではほとんど知られていないその実態を、エドワード・ルースの取材体験をもとに見てみたい。

「世界最大の民主国家」インドの特異な保守政権

 RSS(ラシュトリヤ・スワヤラセヴァク・サン=民族奉仕団/民族義勇団)は1925年、インド中部ナーグプルの開業医K.B.ヘーゲールワールによって創設されたヒンドゥー教の文化団体で、ガンディーらのインド国民会議(国民会議派)と並んでインド独立運動の有力組織となった。

 RSSは会員数200万~600万人とされる、中国共産党に次ぐ世界で2番目に大きな政治組織で、その下部組織のひとつがBJP(バラティヤ・ジャナタ党/インド人民党)だ。インドの政治はガンディーを継いだネルー率いる国民会議派が長らく支配してきたが、BJPは1998年に連立政権・国民民主同盟で政権を奪取し、2004年に下野したものの、2014年の総選挙で返り咲き、元グジャラート州首相のナレンドラ・モディが第18代インド首相に就任した。モディは2016年11月8日午後8時、高額紙幣の500ルピー(約800円)と1000ルピー(約1600円)札を「4時間後の11月9日午前零時に廃止する」と発表して世界を驚かせた。

 RSSは保守派・伝統主義者の団体なので、日本でいうと日本会議のような位置付けになる。日本会議は「東京裁判史観」や「押し付け憲法」に反対し、保守系の政治家に強い影響力をもつものの、あくまでも政党とは別組織だ。一方、インドの政権党であるBJPはRSSの下部組織(政治部門)なのだから、たとえていうなら自民党が日本会議の一部門で、安倍首相をはじめ政権幹部はみな日本会議のメンバーというのと同じだ。インドは「世界最大の民主国家」だが、その保守政権はかなり特異な存在なのだ。

 それでは、RSSはどのような主張をしているのだろうか。それを知るためにルースは、保守派の思想的指導者の一人とされるラマチャンドラ・トゥプカリー博士を訪ねた。

 元エンジニアでもある博士は、ルースに「生物未来学」なる学問を講じる。それは、「人類の発展を理解するための知的なマスターキーを与える」のだという。

 生物未来学はまず、人間のタイプを「右脳」と「左脳」の2つの領域で分ける。インド人は「右脳型」で欧米人は「左脳型」なのだが、これはかつて日本でも唱えられた“俗流脳科学”と同じだ。

 トゥプカリー博士によれば、右脳は多様性に、左側は一貫性に向いている。右脳型のインド人は複雑な思考を扱うことを得意とし、民主的で地方分権的な社会をつくるものの、その考え方は独創的だがまとまりがない。左脳型のヨーロッパ人はより規律がとれているが独裁政権や中央集権的な社会を生みやすく、想像力に欠ける。右脳タイプのヒンドゥーがソフトウェアを、左脳タイプの西洋がハードウェアを提供することで人類は文明の曙を迎えたのだ。

 ところが独立後、インドは方向を見失ってしまった。西洋で教育を受けた左脳の強すぎる人間たち(すなわち国民会議派)が国を支配したからだ。彼らは世俗的な憲法や工業化という単純な概念を信じ、インドを本来あるべき姿から引き離してしまった。

 しかし現在、インドはゆっくりと自然な状態に戻りつつある。多様性、複雑さ、「脱マス化」が再び力を取り戻してきているのだ。

 脱マス化というのは、「インドの小さな家内工業の伝統を守ること」だ。伝統のなかでこそ、右脳型のインド人は創造性を十全に活用できる。大規模に組織化された工場では、労働者は退屈でつまらない左脳型の生活に囲い入れてしまうのだ。

 トゥプカリー博士は困惑するルースに次のようにいう。

 「インドは、ムスリムやヨーロッパ人によって植民地化されるはるか以前から、高度に発達した社会でした。数千年前にはすでに高度な経済を発達させていました。石油の生産を脱マス化し、医学や科学を洗練させ、ひじょうに高い生活水準を誇っていました。文明は少なくとも1万年以上前にインドで生まれ、それが世界へ広がっていったのです。ヒンドゥスタン(インド)は宇宙の縮図です。すべての矛盾と風潮を含んでいます。いま、歴史はひとめぐりしてインドに戻ってきました。インドは再び世界を導く地位に戻ったのです」

ヒンドゥー寺院(チェンナイ)                   (Photo:©Alt Invest Com) 

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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