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青空のスワローテール 作者:蒼井マリル

第7章 蒼穹の飛燕

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墜ちた翼 ☆

 12月に開催された那覇基地航空祭で、展示飛行やイベントでの展示飛行を中心に活動する、ブルーインパルスのオン・シーズンは終わった。この日揚羽は鼻歌を歌いながら、飛行班の事務室でデスクワークをしていた。揚羽はしばらく空を飛べない。6番機は数日前の訓練のあと、飛行後点検で油圧系統に不具合が見つかり、現在オーバーホールをして修理しているからだ。あのまま飛び続けていたら墜落していたかもしれない。不具合を見つけてくれた担当整備員には、何度感謝しても足りない思いである。

「今日は随分とご機嫌ですね」

 と揚羽に声をかけたのは鬼熊2佐だ。鬼熊2佐に鼻歌を聞かれた恥ずかしさで、揚羽は照れ笑いを浮かべる。航空祭のため訪れた那覇基地で、揚羽は颯と会って変わらぬ思いを伝え、誤解を解いて愛と絆を強くすることができたのだ。日本全国を飛び回るオン・シーズンは終わったから、颯と会える機会も増えるだろう。だから揚羽の心は格別の幸福感で溢れ出さんばかりに満ちていた。鬼熊2佐が疲れたように息を吐いた。それにどことなく顔色が悪いように見える。

「隊長、顔色が悪いように見えますけれど……大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。疲れが溜まっているだけですから」

 揚羽の心配をよそに、鬼熊2佐は飛行訓練のため事務室を出て行った。しかし本当に大丈夫なのだろうか。揚羽は不安を覚える。鬼熊2佐は左胸と足に痛みが出て1番機の操縦ができず、北浦2佐と操縦を変わってもらったりすることが、最近よくあるようになったのだ。鬼熊2佐は溜まった疲れのせいだと言ったが、一度病院に行って人間ドックを受けたほうがよいのではないだろうか。訓練が終わって鬼熊2佐が戻ったら、病院に行くよう強く進言するべきだろう。

 しばらくするとT‐4中等練習機の独特の甲高いエンジン音が聞こえてきた。きっと鬼熊2佐たちがエンジンスタートをしているに違いない。高音から低音に変わったエンジン音が遠ざかっていく。6番機を除いた5機のT‐4が、金華山半島東岸沖のアクロエリアに飛んでいく光景が揚羽の脳裡に浮かぶ。そろそろアクロエリアに到着した頃だろう。

 揚羽が思ったその時だった。まるで地球全体を揺さぶるような、猛烈な音が響き渡ったのだ。続けて怒号と悲鳴が聞こえてくる。席を立った揚羽は隊舎の外に飛び出した。エプロンに集まっているのは整備員たちだ。全員が同じ方向を見て指差している。指差す方向には金華山半島東岸沖のアクロエリアが広がっている。そして空には天に昇る龍のような黒煙が立ちのぼっていた。

 容易には理解できない光景に、揚羽や整備員たちが呆然と立ち尽くしていると、黒煙が漂う空をT‐4が飛んできた。きっとなんらかの理由でアクロエリアから戻ってきたのだ。順番に着陸したT‐4から真白1尉たちが降りてくる。世にも恐ろしい光景を目撃してしまったように、彼らは一様に青褪めて表情を強張らせていた。

 ここで揚羽は気づいた。今日の訓練は6番機を除く1番機から5番機が離陸していったはず。だがエプロンに停まっているのは、2番機から5番機までの四機だけ。つまり鬼熊2佐が操縦する1番機だけが帰投していないのだ。瞬間揚羽の身体は氷水を注がれたように一気に冷たくなった。いつもより冷たく感じる風が吹くなか、真白1尉が固く結んでいた唇をほどいた。

「1番機が海に墜落した――」

 震える言葉を耳にした揚羽は、胸を鋭い物で貫かれたような衝撃に襲われたのだった。
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