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待て勇者、お前それジャングルでも同じ事言えんの? ~勇者に腹パン、聖女に頭突き、美少女騎士に回し蹴り~ 作者:吾勝さん

第二章

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第五十六話『ビターなコーヒーは好きじゃない』

宜しくお願いします。




 ハティの背に揺られながら、朝日に照らされる大森林をハイジ山脈から望む。


 戦闘終了後、シタカラ達の遺体を見て気を失ったメチャは、今も目を覚まさず俺の膝の上で寝ている。

 キンポー平原での戦後処理は迅速に、黙々と行われた。

 涙を流す者は一人も居なかった。
 メチャが気を失わなかったら、恐らく声を上げて大泣きしただろう。

 マナ=ルナメルの男衆は皆優しい奴らばかりだ、男嫌いのメチャもミギカラやシタカラ達とよく稽古に励んでいた。

 彼女にとってシタカラ達は俺が教える武道の同門、兄妹弟子だ。

 ディック=スキ氏族とマナ=ルナメル氏族は互いに争った歴史も無く、俺が岩から出てすぐ眷属として共にガンダーラの基礎を築いてきた古参の同志だった。

 両氏族は同種の古参眷属として仲が良く、高齢のシタカラと若いメチャ達はゴブリンの世界で曾祖父と曾孫ほど世代が離れているが、俺はそこに世代の壁を感じた事など一度も無い。

 彼らは古参眷属としての誇りを共感し合える同志として、他の眷属達とは少し違った絆と親愛の情を抱いていた。

 シタカラ達五人が死んだあと、マナ=ルナメルの男衆が怒り狂って騎士を殺し回ったのは当然の結果だったが、もし、あの場所にディック=スキの女衆が居たら、同じような結果になっていただろう。

 戦闘が終結する時まで、ヴェーダは五人の死をメチャに知らせなかった。

 ヴェーダは恨みの感情の元となる悲痛な情報を遮断する事によって、メチャの怒りと恨みという二つの感情が融合する事を事前に防いだ。戦闘終了後の結果を見れば、それは正しい判断だったと思う。

 あの時のメチャは俺を侮辱された怒りで冷静さを欠いていたし、騎士を殺害している最中に兄妹弟子の死を知らせていたら、優しいメチャの心が歪んだ物に変わる恐れがあった。

 眼前の敵に怒りと怨恨の情をぶつけながらの虐殺、そんな事を彼女にさせるわけにはいかない。

 五人の死を知らされていなかったメチャを除き、第三騎士団と第二騎士団を鏖殺した眷属達は、戦いが終わった後もその瞳に怨念の炎を燃え上がらせていた。

 特にマナ=ルナメルの男衆はそれが顕著に表れている。騎士を殺害する時の残虐性や、後述する偽装工作での教国兵殺害における暴虐は尋常ではなかった。

 ジャキやレインも最初に第三騎士団へ突撃したし、ラヴは過剰攻撃を繰り返していた。第二騎士団を東側から襲ったスコルやハティ、メーガナーダや空挺団も大暴れした。

 例外は息子を失ったミギカラだけだろう。

 長年協力して氏族を支え合ってきた息子を失ったミギカラは、第二騎士団の包囲殲滅に移行する頃には普段通りに淡々と戦闘をこなしていた。

 ミギカラは多くの子供を失っている、シタカラはその生き残りだ。
 子を失う事に慣れてしまったのではない、ミギカラは息子の死を誇りに思っていた。

 亡き骸を抱き締めていたミギカラは、息子に『よくやった』と語りかけていたらしい。それがミギカラの息子に対する別れの挨拶だった。

 戦闘が終わってすぐ、俺はミギカラ達に土下座して赦しを請うた。

 ミギカラや他の眷属達が慌てて俺を立たせようとしたが、眷属に無駄な死を与えてしまった俺は申し訳なさと悔しさで顔を上げる事すら出来なかった。

 五人の死を聞いた直後、俺の魂は完全な人外の物へと変貌し、人間が抱くモノとは大きく異なる精神を手に入れた。

 人類殲滅の意思は強固になり、失った眷属の事を思うと悲しみよりも後悔の念が強い。ミギカラが息子の死に悲嘆せず『誇りに思う』と言った心情を深く理解出来る。

 土下座する俺の顔を上げさせたのは、ミギカラのそんな一言だった。

 俺を主とする魔族の大帝国を築く。その為の戦いでシタカラ達は俺と共に出陣し、そこで討ち死。その死は他の眷属達を奮い立たせ、敵軍を瞬く間に殲滅した。彼らの死は決して無駄ではなかったのだとミギカラは言った。

 仲間の死は戦場の常、この戦いで自分達が学ぶ事も多かった、ミギカラはそう言って冷たくなった息子の頭をひと撫でして、俺の右腕を掴み立たせてくれた。

 俺はミギカラ達に一度だけ頭を下げ、シタカラ達の亡き骸に感謝と大帝国建国を誓い、FPで真新しい木綿の布を購入して彼らの遺体を一人ずつ丁寧に包んでいった。

 ラヴの影沼に収納しておいた小さな石造りの神像を取り出し、五つ並んだ遺体の傍に神像を置いて供物を捧げ、爆散した彼らの肉片をアートマン様にお願いして集めてもらった。

 消し飛んだ肉片は戻らなかったが、アートマン様は出来る限りの修復をしてくれた。皆で感謝の祈りを捧げ、神像を影沼に戻した。

 そこで、俺はふと思い付いた。
 彼らをアムリタで復活させる事は出来ないだろうか、と。

 修復前はそんな事考えもしなかったが、腹や胸に穴が空いた程度ならば…… そう考えてヴェーダに聞いてみた。

 答えは『可能』だった。
 だが、現状では『不可能』が正しい答えだ。

 贈答用アムリタは100万FPだが、全ての効能を備えた本物のアムリタは未だリストに載っておらず、その価格は24億というとんでもない額だった。

 アムリタの下位互換である神酒ソーマですらリストに載っていない現状を考えると、いったいどれだけの信者を集めればいいのか見当もつかない。

 ヴェーダが言うには、アムリタを購入出来るのは俺の『ジョブ』が【大教皇】になってかららしい。今の俺は【司教】の下の【大司祭】に過ぎん、再び悔しさが押し寄せて来た。不甲斐無い。

 そんな時、またミギカラの言葉に救われた。

 ヴェーダはミギカラにシタカラの復活を伝えたようで、それに対する反対意見をミギカラは伝えに来たのだ。


「これから先、さらに多くの眷属が戦場に散るでしょう。主様はその眷属達を全て生き返らせるのですか?」


 無理だ。
 それが可能だとは言えない。
 これから先の死者数と信者数の予測など出来ない。


「アートマン様の御力は眷属全ての幸福にお使い下され。戦士一人を生き返らせる御力で、数万の民草が幸福を得られるでしょう。どうか、戦士達の死に花を主様の慈悲で穢すことの無きよう、心よりお願い申し上げます」


 ミギカラの言葉は重い。
 慈悲で穢す…… それは独善的な偽善。
 解ってはいたが、痛烈な一言だった。

 眷属はFPの事を知らない、無論ミギカラも知らない。

 彼は『蘇生』という神の御業を『数万の民草』が幸福を得られるように使ってくれと願った。だが、実際は数万どころではなく数百万の民草が幸福を得られるほどアムリタは高価だ。

 24億FP有れば、彼らが大好きな干し芋や乾パンをどれだけ購入出来るだろうか、戦の前に何本のアハトミンCを眷属達に持たせる事が出来るだろか、いったいどれだけの赤子を綺麗な木綿の布で包んであげられるだろうか……

 自分の未熟さと愚かさに溜息しか出ない。
 しかし、あの五人をこのまま失うのは辛すぎた。

 俺が葛藤してアホな頭を悩ませ、ミギカラが俺を慰めていると、ヴェーダがこんな事を言った――


『以前、チョーの遺体を何者かに奪われました、たとえ簡易結界でガンダーラを護っているとしても、次が無いとは限りません』


 確かにそうだ、五人をガンダーラに埋葬するにしても、そう言った危険が常に伴う。それがこの世界だ。ならば余計に五人の復活を考慮すべきだと思ったが、ヴェーダの話はまだ続いた。


『アートマンの御子たる帝王の、その眷属五人の亡き骸を奪われ、アンデッドとしてどこぞの下郎に使役されるなど言語道断。くなる上は五人の亡き骸をアートマンの許へ送り、輪廻の船へ乗せるべきであると愚考します』


 輪廻の船、俺はそれに乗せられて岩から生まれたのだろうか。

 ヴェーダの言葉を聞いて、俺はあの時の白い空間とアートマン様の声を思い出した。

 そうか、シタカラ達があの場所へ向かうのなら……
 我が母神たるアートマン様の御声を、眷属の皆が崇める大神の御声を五人が聞いたらどんな顔をするだろうか?

 そう考えると、つい笑みが漏れて気持ちが楽になった。
 そして、久しぶりに優しい風が俺の頬を撫でた。

 アートマン様が彼らを然るべき場所へ送って下さる。
 ミギカラは何度も天とヴェーダに謝意を伝え、とても喜んだ。

 俺の腹は決まった。
 ヴェーダとアートマン様のお陰で気持ちに整理がついた。

 五人の故郷に聳え立つ神木の下で別れを告げ、天に送る。
 彼らが寂しくないように、明るく盛大な葬儀を、送別会を開こう。

 俺はアイニィを呼んで五人の遺体を影沼に安置させた。

 ラヴが是非五人の亡き骸を運ばせてくれと俺に願い出たが、彼女は軍馬900頭を輸送するので影沼内が少し騒がしい。今回は申し出をやんわりと断った。

 五人は少しの間、静かな場所で眠っていて欲しい。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 シタカラ達をアイニィの影沼に安置して、ラヴが軍馬を影沼に収容し終わると、次は影沼から教国兵を出して殺し、至る所に放置した。

 アイニィは収容人数が少なかったので、既に教国兵は放出し終わっていた。残る二人のダークエルフも同様に、第三騎士団との戦いがあった場所で放出済み。

 ラヴはまだ千人ほど収容していたので、今回の戦いでレベルが上がりきらなかった者や、レベルが低い者達が教国兵を殺した。

 全てが終わって皆のレベルを確認すると、平均レベルが14底上げされており、進化した者も続出した。
 ゴブリンやコボルトがレベル30に到達するには、一万二千という数の果実は些か栄養過多だったようだ。

 進化先は戦闘中にヴェーダが本人の意向を聞いて指示した。ゴブリンは近接系を望む者が多く、コボルトは中距離攻撃・支援系が多かった。

 リザードマンとドワーフ、ダークエルフ達は進化レベルが50なので、今回の戦いで進化出来た物は居ない。だが、全員がレベル30を超えている。

 大森林では『レベル25の壁』というものが存在したが、万を超える餌が腐るほどある大森林の外では、壁の存在など無きに等しい。

 100レベルを越えているレイン達はレベルが上がらなかったが、俺とラヴは上がった。俺は41、ラヴは後半での虐殺数が多く80になっている。

 皆の成長を確認したあと、戦場に俺達の痕跡が残っていないか蟲達を使って徹底的に調べ上げた。

 ヴェーダから調査終了の報告を受け、俺は撤収を命じた。

 撤収する時にラヴの影沼から全ての軍馬を出し、皆でそれに乗って教国へ向かい、戦場から教国へ続く馬蹄の跡をしっかり残して作戦終了。

 教国に入って馬を影沼に戻し、眷属達はラヴとダークエルフの影沼に入った。空挺団はラヴとダークエルフ三人、そしてミギカラを乗せて先行、哨戒に当たる。

 スコルの背にレインとジャキ、メチャを抱いた俺がハティに跨り、メーガナーダを護衛にしてハイジ山脈へ向かった。



 そして、朝日に照らされた大森林を見るに至る。
 この光景を見たのはこれで二度目だが、何度見ても美しい。

 この場所を人類の手から護りたいと心から思う。
 早々に大森林の膿を排除し、対人戦略を練り上げ、戦死した五人が故郷に残した妻や子供達が安心して暮らせる環境を整えねばならない。

 次の戦いは魔竜か、それとも再び王国か、今度は全力で討ち負かしてやる。

 全力を出しきらずに負けるのは御免だ。

“死に花は満開で咲かせる”

 俺の愚策が原因で戦場に散った五人が教えてくれた。

 生死を賭けた場所での後悔ほど苦いものは無い。
 出迎えのツバキ達に手を振り、今日味わった苦みを魂に刻んだ。


 終生この味を忘れぬ事を、天に御座す母神に誓う。



有り難う御座いました!!
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