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第五十五話『キンポー平原の戦い:其ノ四』
宜しくお願いします。
小蟲が巨象を嗤う。
食卓に上がった栄養価の低い生きた腸詰が、侍女を指差して嗤う。
皿の上に添えられた三千本の腸詰が侍女の主を侮辱し、激高した侍女の姿を見た腸詰は皿の上で小躍りして喜ぶ。
不快。実に不快。
俺の侍女、ヴェーダのお気に入り、アートマン様の寵愛を賜った最初の眷属、それがメチャだ。
彼女を侮辱した罪は重い。
お前達が嘲笑した女夜叉の怒りを味わって死ね。
足元に積まれた小石を五百個ほど宙に浮かべる。
結界魔道具は全部で十二個、ラグビーボールに似た大きさと形状のそれは、地中ではなく地面に設置されている。
南西から北西に設置された五個を破壊すれば第二騎士団の正面から結界が消える。
結界魔道具一個につき四枚の魔法障壁が張られているが、八十発の【飛石】を撃ち込んで障壁を破壊し、トドメの二十発で結界魔道具をゴミに変える。
そのあとは、怒り狂った女夜叉の晩餐だ。
「腹いっぱい喰らえ、メチャ」
五百個の小石が俺の頭上から消え去り、敵本陣の西側五ヵ所から轟音と土煙が上がった。
腸詰の煩わしい耳障りな声と無意味な攻撃が途絶え、代わりに絶叫が木霊した。
頭部を潰された数名の騎士が宙を舞い、胸部を空にした騎士が土煙を突き破って吹き飛び、視線の低さに戸惑う騎士は下半身を失った事に気付かない。
強烈な【威圧】を至近距離で浴びた者達が、聞き取れない断末魔の叫びを上げながら血反吐を撒き散らして地に伏す。
女夜叉は総鉄製の小刀一本で三千人の騎士に襲い掛かり、暴れ回った。
土煙が晴れた現場に現れたのは、三百を超える死体に囲まれたメチャ。魔法障壁を張っていた魔法騎士達もしっかり仕留められている。
大量の返り血で赤黒く染まった道着を身に纏い、黄眼を怪しく光らせながら周囲を見渡すメチャを見た騎士達は竦み上がった。
“何だアイツは……”
“オーガだ、新種オーガのメスだっ!!”
“結界はどうしたっ!? 魔法騎士は何をやっているっ!?”
“射殺せっ!! 魔法はどうしたっ!? 弾幕薄いよ何やってんのっ!?”
“ひぃぃぃ、こっちに来たぁぁ!!”
“魔法障壁だっ、障壁を張れっ、早くっ!!”
“馬鹿なっ、モッさんの障壁を一撃でっっ!?”
“モッさん逃げ―― モッさーーん!!!!”
モッさんの首が夜空を舞い、俺の足下へ転がってきたので蹴飛ばす。
メチャは歩兵相手に蹂躙を再開した。
左右から騎兵が挟撃しようとしているので、馬上の騎士を【飛石】で撃ち落とし、影沼から顔を覗かせているアイニィに回収させてトドメを刺させる。
レイン達が第三騎士団を殲滅させてこちらへ来るまで、メチャの好きにさせてやろう。
今夜のメチャは少しばかり容赦が無いが、普段大人しいレディーを怒らせるとこうなる。冥界に行っても忘れるなよゴミカス共、あっちには本物の鬼女が五万と居るぜ。
俺は残りの結界を解除させておくとしよう、この規模なら包囲殲滅が可能だ。完勝に向けて障害は排除しておく。
そろそろアイニィ達も積極的にマンハントに参加させてもいいな。
「アイニィ、メチャの援護に行っていいぞ。ピクシー達と一緒に首級を上げて来るといい。だが近接攻撃は禁止だ、中距離魔術で仕留めろ」
「はっ、お心遣い深謝致します。では、アムルタートとハルワタートの両名を伴い、メチャ様の援護に向かいます。陛下もどうかお気を付けて」
「ははは、俺は大丈夫だ、気にせず暴れて来い」
「はっ、それでは御武運を。アンマンサン・アーン」
「王様、ばいばーい」
「王様、ばいばーい」
アイニィは俺に一礼して影に沈み、アムルタートとハルワタートは手を振りながら影に飛び込んだ。
真面目な少女アイニィと能天気な二人のピクシーだが、とても仲が良い。これも眷属同士の絆が為せる業だろうか、微笑ましい限りだ。
「さて、もう一仕事するか」
『……少し待って下さい』
「どうした?」
『結界が破壊された直後、蜂をテントに飛ばしました』
「あぁ、さすが尊妻様だな、気が利く」
『虫除けの所為で辺境伯や侍女には近付けませんが、中の様子は窺えますので』
「このまま第二騎士団を突破してテントを襲っちまう方がいいかも知れんな」
『…………少し遅かったようです、メチャとアイニィ達を後退させます。空挺団以外は回避行動を――』
その時、敵本陣の中央から轟音が鳴り響き、メチャの居る僅か1m先に光線が走った。
野郎がやりやがった…… 砲撃だ。
メチャと対峙していた騎士が消し飛び、レイン達と戦っていた第三騎士団も光線の餌食となった。
メチャが回避出来たのは奇跡に近い。彼女が崇拝するヴェーダの後退命令を瞬時に実行したメチャは、ワンステップ後退した直後の砲撃を回避出来た。
しかし――
『…………シタカラ他ゴブリン四名に直撃、即死です』
「……フザケんなよ、即死? アイツらは俺の眷属だぞ、即死耐性があるじゃねぇかっ!! 一撃死なんて――」
『HPが“一瞬でゼロまで減った”という状況では狭義の意味における即死判定を受けられません。HPが猛スピードでゼロまで削られた結果である以上、即死とは認められません』
「何言って――」
『百からゼロではなく、百の次はゼロ、HPが減る過程の無い状況以外は即死ではないのです。残念ですが、彼らは……』
「クソがぁぁぁぁぁっ!!!!」
俺を宥めるヴェーダの声が聞こえるが、それを無視してテントへ走った。
脳内に映されたシタカラ達の無残な姿、息子を抱き締めるミギカラの背中が見える。
ジャキとレインが咆哮を上げて第三騎士団に突っ込んで行く。
ラヴが三属性の魔法で虐殺を開始した。
ミギカラは立ち上がらない。
マナ=ルナメルの男達が狂ったように騎士を殺して回る。
俺の回りくどい戦略がこの結果を生んだ。
魔族が辺境伯を襲ったとメハデヒ王国に知られても、何の問題も無いという状況を作る事が出来なかった俺の手落ちだ。
人間同士の戦闘に偽装しようとしなければ、俺が最初に単独で中央まで攻め込んでいれば、騎士団狩りを後回しにしておけば、幹部達に全力を出させておけば、【飛石】の雨を降らせておけば……
辺境伯なら、あの男ならそうしたハズだと想像出来る事が多過ぎる。
辺境伯をナメていた、戦争を経験してきた男を侮っていた。
敵の大将が味方ごと吹き飛ばす狂人である場合など、一度も考えた事が無かった。
伝令の首を簡単に刎ねる男であることをもっと考慮すべきだった。
大貴族であるあの男の平民に対する価値観も俺は知らない、何も解っていない!!
後悔の念が次から次へと沸騰した頭に押し寄せる。
ミギカラの背中と死んでしまった五人の亡き骸が、愚かな俺の魂をミシミシと軋ませ、かつて人間であった精神を完全に砕いた。
アイニィ達を横切り、メチャを追い越し、長巻を左手に持ち、邪魔な肉壁を薙ぎ払う。
「退けオラァ!! 邪魔じゃボケェッ!!!!」
『ナオキさん、二発目が来ます、回避を』
「じゃかっしゃぁ!! オラ退かんかいっ!!」
『嗚呼マハーラージャ、どうか鎮まって』
「退っ――ッッ!!」
目の前の騎士が光と共に消し飛び、俺の腹に衝撃が走った。
一瞬だけ腹部に視線を遣る。
煙が出ているが大した傷は付いていない。
しかし、有るはずの物が無い。
「砲弾が……無ぇ」
『……大量の魔核を使って発射された魔力レーザーです』
「魔力……レーザー? 聞いてねぇぞ、そんなもん……」
『ガンダーラ軍の物理耐性を聞いた無謀な辺境伯が、短絡的に考案した対物理耐性攻撃かと』
「フザケんな……」
そんなもん眷属に当たったら死ぬじゃねぇか……
アイツらは魔力耐性なんて持ってねぇ、物理耐性しか持ってねぇんだぞ……
怒りで頭の血管が5~6本切れそうだ。
そもそも野郎はどうやってこちらの位置を確認している?
『第二騎士団の伝令が目視にてこちらの位置を確認後、テント内に知らせているようです』
「伝令も邪魔な騎士も空爆して殺せ、俺に攻撃が当たっても構わん」
『了解しました。次の砲撃は約6秒後です』
「分かった」
ここまで来たら【圧壊】を使わず全部眷属達に殺させる。
6秒後の砲撃は俺が絶対に受け止める。
テントまで残り200m、肉壁は50mで突破出来る。
眼前の敵兵を薙ぎ払い、空いたスペースに走り込んで前方へ飛ぶ。
もう一度同じ事を繰り返す。肉壁を突破、砲撃まで残り2秒。
ハイエルフ達が空爆を開始、砲撃まで残り1秒、全速力でテントへ近付く。
穴の空いたテントから俺に向けて光が放たれた、立ち止まらずに砲撃を腹で受け走り続ける。
テントまで50mを切った、テントから四人の護衛騎士が出て来た、平均総合力10万、所持武器は全員が長剣、全員が回復魔法持ち、テントまで10mのところで戦闘開始、足を止めずに一振りで四人の両脚を付け根から切断、三歩でテントに到着。
侍女が異次元袋に魔導兵器を収納、次いで何かを取り出す。
ヴェーダが侍女の手に持つ物体の鑑定を開始。
侍女の隣には豪奢な服に身を包んだ中年の男。
虫刺されで死んだ娘と同じ褐色の肌、赤茶けた短い髪。
辺境伯の茶色い瞳が俺を見つめる。クソ野郎が……
話す事は何も無い、一歩進んで長巻を――
「さらばだ、魔族」
「ッッ!!!!」
辺境伯と侍女は消えた。
……意味が解らない。
『侍女が手にしていた物は転移魔道具です。製作者は娘婿、勇者です』
何だそりゃ……
俺は逃がしたのか、襲撃が魔族である事を知る人間を、二人も……
全部、無駄にしてしまった……
シタカラ、みんな…… 済まねぇ……
『辺境伯の野営における余裕はあの魔道具が原因ですね』
「……随分と冷静じゃねぇか」
『はい、何の問題も有りませんので』
「どういう意味だ?」
『後ろを御覧になれば理解出来るかと』
「あ?」
俺は振り返って驚いた、そして乾いた笑みが零れた。
俺の背後には二人のピクシーが宙に浮いていた。
「アムルタート、ハルワタート、そうか、そうかっ……」
『二人とも、先ほど消えた男女の魔力を覚えましたか?』
「覚えたー」
「だいじょぶー」
『このように申しております』
「状況は確認出来るか?」
『現在二人はラスティンピスの居城に在る辺境伯の寝室に居ります。窓は四つ、遮蔽物はガラスと木枠のみ。地中に埋められた北側結界魔道具二基の故障を常駐の蟲が常時確認しております』
「よし、アムルタートは男、ハルワタートは女を狙え。全力で頼む」
「はーい」
「はーい」
『蟲を避難させます』
二人のピクシーは南を向いて両手を上げた。
彼女達の頭上に六基のミサイルが出現。
彼女達の特殊スキル【まじっくみさいる】により生み出された短距離弾道ミサイルだ。
ミサイルの大きさは60cmほどでオモチャに見えるが、射程距離700kmの自立誘導式で、俺がサッカーボール大の【飛石】を対象に当てた時より威力が高い。
ミサイルを自立誘導させるには攻撃対象の魔力を覚える必要が有るが、そんな事は短所ですらない。
総合力100万以下の人間に命中すれば爆散必至、防御は出来るが回避は出来ない。
辺境伯は必ず死ぬ。
「準備は出来たか?」
「はーい」
「できたー」
「では…… 発射」
「行っけぇぇ!!」
「ヤッホー!!」
六基のミサイルが勢いよく上昇し、瞬く間に夜の空へ消えた。
アムルタートとハルワタートは魔力を一割残し、少し疲れた表情だが微笑みを浮かべて俺の肩に座った。
『ミサイルはマッハ24、秒速8.16kmで飛行しています。着弾予測時間は午前4時49分、残り17秒です』
「そうか」
出来る事ならこの手でシタカラ達の仇を討ってやりたかったが、この無念も俺の不甲斐無さに対する罰だ。アムルタートとハルワタートには感謝の言葉も無い、本当に助かった。
『カウントダウンを開始、5、4、3、2、1、着弾を確認。蟲を向かわせて生死を確認します』
「……あぁ、頼む」
鼓動が速まる。
目を閉じて耳を塞ぎたい。
ヴェーダの答えを聞くまでの時間が辛い。
死んでいてくれ辺境伯。
『……報告します、辺境伯と侍女の爆死を確認しました』
「……そう、か…… 死んだか」
『異次元袋は瓦礫に埋もれなかったようです、蜂に回収させたのち撤収させます』
「……あぁ」
終わった、第二騎士団も眷属達の総攻撃を受けて鏖殺された。
だが、喜べない。
岩から生まれたその日に出来た眷属を五人も失った。
シタカラ達の子や嫁に何と詫びればいいのだろうか……
ミギカラが見せたあの背中が胸を締め付ける。
この戦いは負けだ、俺は辺境伯に負けた。
有り難う御座いました!!
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