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第五十四話『キンポー平原の戦い:其ノ三』
宜しくお願いします。
八月三十一日、午前四時、キンポー平原にて本格的な戦闘が始まった。
獣人を全滅させて南へ急行したスコルとハティ、彼らが到着した南側の戦場は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
あっと言う間の出来事だった。
第四騎士団に居る歩兵の半数はハイエルフ五人衆の魔術と魔狼のブレスで平原に散った。
スコルとハティ、ハイエルフの五人衆は魔法とブレスで敵を上手く囲い込む事に成功している。これで第四騎士団員の討ち漏らしは無くなるだろう。
レイン達が放つ【威圧】によって膝を突く第三騎士団の歩兵、それに群がり惨殺していく眷属達。討ち損じは二人のダークエルフが影沼に引き摺り込んで仕留めていく。
ラヴが操る闇魔法も大活躍だ。広範囲の敵を眠らせる魔術【スリープクラウド】、幻視によって敵を惑わす魔術【幻惑の霧】、そしてお馴染みの【影沼】、敵の前衛はこれらの魔術によって行動を制限され、瞬く間に眷属達の餌食となる。
広範囲を無力化する彼女の魔術が有れば、ヴェーダと俺が危惧していた『お零れ』を防ぐ事が出来そうだ。
ラヴは残りの二属性魔法を使用していない、しかも使ったのは全て補助魔術だ。
レインもジャキもミギカラも、未だ直接攻撃を加えていない。トドメは全て配下の眷属達に譲っている。
簡単に頂ける餌を喰らった眷属達は、あっと言う間に平均レベルが上がっていく。
第三騎士団は完全に足を止めた。
前衛は総崩れ、迂回して来た騎兵はラヴの魔術で馬の行動を封じられ右往左往。後方に控える魔法騎士が放つ【炎の矢】と弓兵が放つ数百の矢は、全てラヴの魔法障壁で弾かれている。
正直、笑える。
弱い、脆い、これが正規兵だ。
こんなに美味しい餌は無い。
人類と魔族が繰り広げてきた戦いの中で、魔族側から人類の正規軍相手に戦闘を仕掛けた例は少ない。そして八割以上敗北している。
勝った二割の内半分は最近活躍している南エイフルニアの魔皇帝が稼いだスコアだ。
神々の遊戯開始直後から、魔族は人類に、つまり人間と獣人の勢力に狙われた。人間と獣人は互いの最終決戦に向け、遊戯序盤は人類同士で争わず、魔族を狩って自勢力の強化に努めた。
魔族は急激に数を減らし、人類は飛躍的に勢力を拡大させ、やがて魔族を『資源』として扱うようになり、多くの人類国家が魔族を『生かさず殺さず』の立場に追い込んで『数』を調整した。
自国の魔族数を調整し終わった国々は、最終決戦に向けて人類間の戦争を開始する。
既に魔族狩りで高レベルに達していた者達は人類同士の戦いでも活躍し、その強者達は『勇者』と呼ばれる存在の前身となった。彼らの存在は国家間の勢力均衡を保つ重要な戦力として重宝された。
今では転移召喚術によって異世界からお手軽に勇者を招いているが、これは神々が遊戯を進める為に投下した核爆弾。現地勇者もサイコ野郎が選ばれる理由はコレだ。
つまり、意図的に勢力均衡を崩す為サイコパスを大量に投入したわけだが、神々の思惑とは裏腹に、サイコ勇者は『核抑止』として更なる勢力均衡を齎した。
しかも、周囲をアホ化した異世界勇者の影響力は跳ね上がり、世界中の皇室や王室が異世界人の血筋で占められ、『力』を保持する者は勇者や聖女に従う一部の者だけに集中するようになった。
勇者の登場によって遊戯盤の上は大きく様変わりする。
弱小国家であっても、強力な核弾頭を背負った勇者が一人居るだけで周辺国は迂闊に手を出し辛くなり、魔族が激減した今となっては対人戦争以外で兵士達に与える経験値入手も困難。
唯一の狩り場であるダンジョンや魔窟は、低レベルの兵士を投入したところで大半が死滅、コアやマスターを強化させる栄養剤となる始末。ダンジョンや魔王城に深く攻め入る事が出来るのは勇者一行以外存在しなくなった。
戦争に関しては勇者頼みの人類であるが、アホはアホなりに努力をしている。勇者や高レベルの冒険者等がダンジョンから持ち帰る魔道具や魔導兵器の研究だ。
人類はそれほど時間を掛けずに技術を昇華させていった。魔人が造り出した見本が有るので難しい事ではなかったようだ。
新技術の研究には資源である魔族の命が多く使われ、人類と魔族の技術格差は大きく開いていった。しかし、幾万の弱者を失った魔族と人類の平均レベルは遂に逆転し、魔族が上回る事になる。
滅亡寸前の魔族と、栄華を誇る人類の未来は決まったものと思われたが、未来を変える要因となり得る『鍵』が有った。
魔族に加護を与えていた神々は、その『鍵』に一縷の望みを託していた可能性がある。
その鍵とは、少数と多数の戦いで生まれるパラドックスとジレンマの事だ。
人類は中級以下の魔族を多く狩って勢力を拡大させたが、人類の数が増えるほど魔族不足に陥って低レベルの人類が多くなり、その低レベルの人類を少数の上級魔族や進化した下級魔族が狩り易くなるというジレンマが発生する。
そのジレンマを巧みに使って自らのレベルを高めた存在が、世界各地に散らばる魔王達だ。
魔族に加護を与えていた神々は、その魔王達が眷属と共に低レベルの人類狩りを開始し、逆襲に打って出るという流れを望んでいたのではと思うのだが、残念ながらそうはならなかった。
ほとんどの魔王は独裁者だ、その独裁は一強故に許される権利、大森林の掟と変わらない。即ち、強い魔族は魔王だけで、配下や眷属が弱い。
魔王と配下の能力差が開き過ぎの上に、配下や眷属の獲物を魔王が仕留めるので、魔王以外のレベルが上がらない。
さらに、これも大森林と同じだが、魔王達は魔王同士で手を組まない。理由は恐らく『メンツ』、体裁の問題だろう。
人類に対する姿勢や同盟後の上下関係、同盟を持ち掛けた相手の順番等々、人類でも普通に重要視するメンツではあるが、魔族のそれは更に上を行く極道的なものだ。
唯一の救いは、魔王達の国が互いに隣接していないので魔族間戦争は起きていないという事だろうか。
滅亡寸前でメンツもクソも無いと思うが、こればかりは仕方が無い。メンツに拘る魔王達の頭を押さえ付けて同盟を結ぶか配下にするか、そのどちらかしかない。婚姻関係を結ぶ事も出来るが、何にせよ『力』を示す必要が有る。
南エイフルニアの魔皇帝は単独で他の魔王達の所へ向かい、タイマンでボコボコにしてから相手魔王を眷属化し、勢力を拡大したようだ。
この魔皇帝は他の魔王とは違って、集団の強みを熟知している。魔王を降す時は単独で向かうが、対人戦では組織化された眷属の軍隊が連勝を重ねているらしい。
一般的な魔王は兵隊を小出しにして人類討伐に向かわせるが、ただの経験値として冒険者等に美味しく頂かれる。日本のロールプレイングゲームと同じだ。
何故、魔皇帝は上手く立ち回っているのか?
それは、魔皇帝が『鍵』をよく理解していたからだ。
鍵の理解は魔皇帝と俺の共通点と言える。
簡単な話だ、『眷属達のレベルを上げる』、これに尽きる。
前述のパラドックスとジレンマ、勇者一強時代、これらを踏まえた上で魔族の現状を形容するなら、『収穫期に入った農夫』だろうか。
魔族が人類の領域に一歩踏み出せば、青い果実が腐るほど実っている。それは億単位の果実だ、とても一人では食べきれない。毒リンゴも混ざっているが、それを喰うのは俺や魔皇帝の仕事だ。
俺と魔皇帝、そして魔人は、たわわに実る青い果実をこれでもかと眷属に与えている。
俺達のもう一つの共通点は眷属の主であるという事。
眷属達に果実を与えれば、その栄養の一割は主に入って来る。眷属の数が増えれば増えるほどその効果は高まり、絶対王者として君臨し続ける。
魔皇帝が降した魔王達が眷属化されず、その魔王達が人類戦でレベルを上げたとしても、魔皇帝の擁する幾万の眷属達から得られる経験値を上回る事は出来ず、下剋上の道は無いだろう。故に、魔皇帝は何の憂いも無く南エイフルニアに大帝国を築けているのだ。
それは俺も同じ、今回動員したガンダーラ兵はレインとジャキ以外俺の眷属だ、彼らが騎士を屠る度に俺のカルマが深まっていく。俺の力が高まれば、眷属達の力も上昇する。これは魔族と魔人特有の相乗効果だ、人類は眷属化も眷属進化も無い。
人類が魔族に勝っているのは所持スキルの多様さと創造力、ついでに協調性くらいのものだろう、『鍵』を理解出来ればどうと言う事は無い。
パラドックスとジレンマで先に劣勢となった魔族だが、逆転した今となっては後出しの方が有利、人類が滅亡寸前になるまで眷属達を鍛え上げ、毒リンゴ共を俺や魔皇帝が喰い尽くせばいい。
魔人は魔素発生装置の守り神として隠居してもらう、そもそも奴らが造った魔導兵器は人類を調子付かせた一因だ、十分に干上がって頂きたい。
たとえ三皇五帝が地上の魔族と敵対したとしても、その時までに必ず力を付けて返り討ちにしてやる。
『ナオキさん、第四騎士団を殲滅しました。大将首はハードが上げたようです、副団長はワンポが射殺しました。スコルとハティは東側から中央の第二騎士団を襲撃させます、空挺団は如何致しましょう?』
「待て、第三騎士団は…… もうすぐ終わるか、救援の必要は無いな。空挺団は結界が破られるまで上空で待機、魔導兵器の攻撃範囲に居る必要はない」
『了解しました。レインとハードが軍馬の処遇に対する指示を仰いでおります、全てラヴの影沼に沈めておきますか?』
「ん? 南の軍馬は大人しいのか? 空挺団は闇魔法持ちが居ないだろ」
『馬はスコルの一吠えで服従しました、スコルが許可を与えるまで待機状態です』
「あぁ、なるほど。それなら、ワイバーンでラヴの所まで空輸出来るか?」
『ワイバーンの鉤爪で持ち上げる事は可能ですが、十中八九馬体に爪が刺さりますので、ラヴを南に空輸した方が早いでしょう』
「じゃぁそれで頼む」
『了解しました…… テント内の果実が毒リンゴでなければ良いですね』
「ハッ、そもそもアレはリンゴじゃねぇよ、『喰えねぇ男』だからな」
『なるほど』
毒でも何でも喰ってやれるが、汚物を喰らうには些か経験不足だ。
さて、スコルとハティが敷いてくれた炎舗道と炎の壁のお陰で、第三・第四騎士団がこちらに寄越した歩兵の邪魔は入らず、黙考しながら敵の本陣まで辿り着いたワケだが……
辺境伯は相変わらずテントの中、第二騎士団は円陣を解いて西側に集結、テントを隠すように弧を描く形で布陣した。
俺の姿を見た騎士達の瞳に憎悪の炎が灯される。
さすがアートマン様の天罰、どんな時でも効果テキメンですな。
いつの間にか俺に追い付いたメチャが、俺に罵声を浴びせる騎士達に殺気の籠った視線を向ける。
俺に向けて数十本の矢が飛んで来た、体毛に『ポスッ』っと当たって地面に落ちた。火と土の魔術も俺に向かって放たれたが、火魔術の矢は吸収、土魔術の槍は反射した。
結界内からの一方的な攻撃、これこそが結界や魔法障壁の真髄だろう。
メチャにも俺と同じ攻撃が加えられたが、物理半減の上に総合力が750万有る彼女に矢が通るハズも無く、俺の眷属は火・金・土の三属性耐性を必ず取得するので、魔法騎士が放つ魔術は何の意味も無い。
メチャに至っては水・木属性の耐性も備えているし、火・金・土の三属性は無効化出来る。彼女は魔導兵器のみ注意しておけば問題無い。
しかし、可愛いメチャをクソ共の目に入れさせるのも不潔な攻撃に晒すのも頂けない。
物凄い形相で敵兵を睨むメチャを少し後退させよう、何か様子がオカシイ。
「少し下がれメ――」
「に、に、人間風情がぁぁぁ、偉大なる賢者様によくもぉぉぉ!! 殺してやるぅぅぅ、殺してやるぅぅぅっ!!!!」
「ちょ、待てメ――」
「必殺っ!! 南都少林十字脚ぅぅ!! 死ねぇぇぇっ!!」
えぇぇぇぇ……
俺の制止を聞かずに敵陣へ飛び込んだメチャは、跳び蹴りを独自に改良した『空中連続蹴り』を前衛の騎士に放とうとしたが、見えない防弾ガラスによって阻まれた。
結界だ。
攻撃を阻まれたメチャが舌打ちする、結界の存在を思い出したようだ。しかし、それでも彼女は果敢に蹴りや正拳を結界に打ち込んだ。結界魔道具の存在は怒りで忘れているな。
彼女の攻撃は全て弾かれている、だが、メチャは攻撃を止めない。
その様子を見ていた騎士達に嘲笑が漏れる。
「殺してやるっ!! 殺してやるっ!! くそっ、壊れろっ、壊れろぉぉ!!」
“アハハハ、化け物が、無駄無駄ぁ!!”
“スゲェ顔だな、オーガの新種か?”
“だが肉付きは良いぜ?”
“エルフは高くて抱けねぇが、コイツなら……”
嘲笑と下衆な会話が耳に入る。
うん、これはなかなか――
『イラッとしますね』
「お前もか、気が合うな」
神の知識たるヴェーダをイラつかせるとは、大したもんだと褒めてやりたいところだが……
拳に血を滲ませながら、必死に結界を破壊しようと頑張る眷属を、ゴミカスに笑われるってのは、気分の好いものじゃぁない。
教育がなってねぇな辺境伯、かなり頭にクるぜ。
「アイニィィィっ!! 小石を全部出せぇっ!!」
「はっ!! 只今っ!!」
待ってろメチャ、今すぐソイツらを蹴り殺せるようにしてやるからよ。
有り難う御座いました!!
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