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第五十三話『キンポー平原の戦い:其ノ二』
宜しくお願いします。
レイン隊とミギカラ隊が合流するまで時間がある、僅かな時間だが状況を整理してみる。
現状で確認出来る敵の動きは四つ。
北側から結界内に入って円陣を敷く第二騎士団、東側から北回りで西へ移動中の第三騎士団、空挺団の攻撃を受けて南側で足止めされている第四騎士団。
そして、蟲達の攻撃を受けて数を減らしつつ各方から西側へ移動中の獣人部隊。
これらの動きはこちらに都合が良い。
東に居る第三騎士団が結界に入って、南北の第二・第四騎士団が上下から西へ来られると面倒だったのだが、スコルとハティが上げた火の手を見た第二騎士団団長が迅速に中央の護りを固めたお陰で、空いた北側へ向かって東から第三騎士団が移動してくれた。
第三騎士団がこちらへ来る前に、俺達は中央へ進んで結界の魔道具を破壊すればいい。
騎士団はそれぞれ300名の騎兵と2,700名の歩兵で構成されている。騎兵のみで編成された騎馬隊ではないので、移動速度はある程度制限される。
南で足止めしてある第四騎士団を空と陸から挟撃するのも手だが…… 東から回って来た第三騎士団に背後を突かれると厄介なので、西側へ集結して来る獣人部隊を蹴散らしながら予定通り中央を攻めた方が良いだろう。
現状はこんな感じか、今のところこちらに不利は無い。
あとは作戦の一つを採用するだけだ。
北から来るであろう第三騎士団はレイン部隊とミギカラ部隊に任せ、俺が結界魔道具の破壊を試みる。
結界や魔法障壁を展開する方法は五種。
『神気型』、『仙気型』、『精気型』、『魔力型』。そして、命を削って結界を施す『生気型』の五つ。
結界は指定範囲を球体で包み込むので、地中や上空からの侵入は不可能。エネルギーの供給が止むまで高速自動修復を続ける優れモノだ。神気型のコイツを展開する聖女が居るらしいが、馬に蹴られて死んで欲しい。
魔法障壁は主に個人を護る為の盾として使用される。
高位の障壁を張れる術者は、幾重にも重ねられた障壁を魔力や精気等が尽きるまで展開出来る。結界とは違って障壁の修復はされず、破壊された障壁の代わりに新たな障壁が張られる仕組みだ。
ガンダーラの簡易結界は、地中に埋めたミニ神像が展開する魔法障壁を繋げ合わせた『なんちゃって結界』である為、上空や地中深くからの侵入は可能、魔法障壁自体の耐久力も高くはない。
ガンダーラに張られた障壁の修復速度を上回るスピードで俺が殴り続ければ、いつかは障壁の一部を破壊出来るかも知れない。
しかし、ガンダーラの簡易結界は『神気型』なので、神気より二段も劣る精気しか宿していない俺の両拳は、障壁を一枚破壊出来た頃にはズタボロで使い物にならなくなっているだろうし、完璧な神気型の結界だった場合、傷一つ付ける事は出来ない。
尤も、イセやトモエには関係の無い話だ。彼女達には結界と障壁の種類や枚数は関係無い。一撃で全てを破壊してしまう彼女達に比べれば、レアスキルであるアンチバリアの所持者や、高価な結界解除の魔道具等が霞んで見える。
今回、辺境伯の周囲に展開されている結界は『無属性、精気・魔力混合型』。結界を展開している魔道具は八つ、それぞれに魔法騎士二人が付いて『火属性、魔力型』の魔法障壁を張り、結界魔道具を護る事になっているようだ。
火属性魔法に強い土属性魔法の上位互換である岩仙術で飛ばす精気を纏った【飛石】なら、魔法騎士が張る魔力型の障壁を破って魔道具を破壊する事は出来る。
しかし、精気・魔力混合型の結界に穴を開けるのは無理だ。
俺が仙気を宿せるようになれば穴を開ける事自体は可能だが、攻撃の手を休めれば瞬時に穴は塞がるだろう。魔力を宿せない俺が混合型に穴を開けるには、仙気か神気を宿した状態で通常より多くの労力と時間を掛ける必要がある。
今回の結界を直接破る事は出来ないが、魔道具を護るただの魔法障壁なら破壊は容易だ。
魔族嫌いな辺境伯がエルフやダークエルフを陣中に置いていないのはラッキーだった。彼らが結界魔道具を護る役に就いていたら、人間の数倍有る魔力で三属性のしぶとい障壁を張られていた事だろう。
『ナオキさん、スコルとハティが南北に分かれて獣人部隊の牽制に入りました。レイン隊とミギカラ隊は敵の妨害を受けずに予定道り中央で合流出来そうです』
「ああ、今映像を見ている。順調だな……」
『辺境伯の動きが気になりますか?』
「気になるだろ、気味が悪くてしょうがねぇ」
この騒ぎの中、テントから一度も姿を見せないアホ大将。気にならない方がおかしい。
メハデヒ王家は何故、アンポンタンの攻城魔導兵器所持を認めたのか? 辺境伯が個人で入手した魔導兵器だとしても、リスクが高過ぎるだろ、没収しとけよ!!
『辺境伯は勇者の義父ですので、魔導兵器の召し上げは見送るしかありません。王家も頭の痛いところでしょう』
「はぁぁ…… 勇者の影響力が強過ぎるな、この国は」
『この国、ではなく“この世界”です』
「ろくなもんじゃねぇな」
しかし、それだけ勇者が強力だと言う事か。
勇者も聖女も居ないこの戦いは、ただの練習試合なのかも知れない。
完勝以外は負けに等しいと考えて気合を入れ直そう……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
スコルとハティが大暴れしている間に、レイン隊とミギカラ隊が俺達に合流した。
空挺団はゴブリン隊とコボルト隊がワイバーンから降り、アハトミンCを飲んで効果を持続させたのち、第四騎士団の西側に布陣して空と陸から挟撃を開始した。
空挺団の救援には、南から来る獣人部隊を蹴散らしながら前進するハティが向かっている。レイン隊とミギカラ隊が北から来る第三騎士団との戦闘開始を確認後、スコルも空挺団の救援に向かう。
「よし、アハトミンCを飲んだ後、ミギカラは【雄叫び】を頼む」
「はっ、畏まりました」
ミギカラがキングになって取得したスキル【雄叫び】は、その声を聞いた仲間の物理攻撃力を十分間だけ二割上昇させる。総合力で上昇率を見ると一割程度の上昇だ。
全能力を三十分ほど三割上昇させ、肉体疲労解消と栄養補給、HPとMPを二割前後回復させるアハトミンCの効能よりも効果は劣る【雄叫び】だが、五回まで重ね掛け出来るので、実質、物理攻撃力は二倍となる。
アハトミンCの効果と合わせれば、物理攻撃力のみ130%上昇した近接特化軍の出来上がりだ。
胸一杯に空気を吸い込んだミギカラが、星の煌めく真夏の夜空に向けて雄叫びを上げた。
腹にズシンと響くゴブリンキングの雄叫びが戦場に轟き、領軍の動きが一瞬鈍る。
五回続いた雄叫びが止むと、ガンダーラ軍全体から戦士達の力強い咆哮が上がり、その地響きにも似た魔族の咆哮は、馬蹄の響きと怒号が支配する闇夜を切り裂いた。耳がキンキンするが、頼もしい気合だ。
フゥと一息吐くミギカラの肩を叩き、互いにサムズアップして微笑み合った。
ジャキが首の骨を鳴らし、レインが右腕を軽く回す。
ラヴが魔力回復薬を不味そうに飲み干し、メチャが口直しの干し柿をラヴに渡した。
メーガナーダの七名が相棒の狼達に干し肉を与え、影沼から出てきた二人のピクシーが俺の両肩に座ってアハトミンCと魔力回復薬を楽しそうに飲んだ。
三人のダークエルフ達も魔力回復薬を飲み、敵の始末と影沼の維持に努めようとする強い意思を見せる。
ドワーフ達が祝勝会で浴びる酒の話を囁き合い、リザードマン達は黙って尻尾を揺らしている。
古参のゴブリン達はシタカラの背後で整然と並び、敬愛するキング・ミギカラと共に戦える事に興奮しているようだ。
闇に潜む蟲達は体を小刻みに揺らして雄叫びに反応している。
ここから300mほど離れた場所で戦っている空挺団の眷属達にもミギカラの雄叫びは届いている。魔法攻撃を繰り返すハード達はまだその効果を発揮する事は出来ないが、弓兵のコボルト達が放つ矢には雄叫びの効果が乗るようだ。
ゴブリンとコボルトを降ろして背が空いたワイバーン達は、上空から急降下してヒットアンドアウェイの直接攻撃に移り、繰り出す尻尾の一撃や噛み付き攻撃も雄叫び効果で威力を増している。
ワイバーンの背に乗るハイエルフ五人衆は、余裕を持って魔力回復薬を飲みながら地上の騎士達に三属性魔法の魔術を放ちまくって楽しそうだ。
夜襲を掛けてきた相手が魔族であると確実に認識しているのは、今のところ空挺団と戦っている第四騎士団だけだが、その戦い方から明らかに侮りの色が見える。
憐れな奴らだ、この場に居る魔族はお前達の知る魔族ではない、空挺団の主力であるハイエルフの五人衆はスコルとハティが来るまでMPを温存しながら全力を出さずに足止めしているに過ぎん。
五人衆が放つ最下級の魔術を防いでいる魔法騎士の障壁など、彼女達が燃費を気にせず1ランク上の魔術を放てば破壊出来る。
白と黒の魔狼がそこへ辿り着いた時、第四騎士団は終わる。
「フフッ、よっしゃ。これから戦う相手は正規の騎士団だが、士官級は手強いし下士官級は以前のミギカラと互角程度に強く、雑兵は戦奴や獣人兵より強い。ナメて掛かると痛い目に遭う、絶対に気を抜くな」
『兵数は九千、うち騎兵は九百、魔法攻撃と補助も加わります。戦闘開始後は今まで以上に慎重かつ冷静に行動して下さい』
「第三騎士団と戦う時の注意点だが、騎士団の西側に張り付いて戦ってくれ。辺境伯のテントが見える位置で戦うな、魔導兵器の射線に入る事は避けろ」
「ブヒッ、回避不可能な場合はどうする?」
『砲撃準備を確認次第、私が即座に散開指示を出しますが、それでも回避不可能であると私が判断した者には、“口を開けて両腕で頭部を守りながら地に伏せて下さい”と、個別に指示を出します。回復薬を飲んでから地に伏せると生存確率が高まります』
ヴェーダの無茶っぽい注文に皆が苦笑した。
周囲に敵が居なければ伏せる事は出来るかも知れんが、腰袋から回復薬が入った竹筒を出し、蓋を外して飲みながら防御姿勢を取るとなると…… それを迅速にこなすには結構な訓練期間が必要だと思う。砲撃準備から砲撃開始までの時間がどれだけ掛かるのか分からんしな。
「一応、お前達が砲撃されないように、俺がテントの正面に立って結界魔道具の破壊に全力を注ぐが、辺境伯の行動は常軌を逸するから油断は出来ん。魔導兵器が自分を狙っているのだと事前に意識しておけば、アホが異常な行動を取った場合に起こり得る混乱や被害を少なく出来る」
「……兄者が盾になるのか」
「ブッヒ、激シブだぜぇ……」
「くっふぅ~、このミギカラ、涙で前が見えませぬ!!」
「そ、そんな、賢者様が……」
「陛下、豚の彼が盾になればいいと思うの」
男衆は何やら熱くなっているが、ラヴやメチャは沈痛な面持ちだ。
魔導兵器の砲弾程度、俺のシックスパックな腹筋で跳ね返してやるぜ?
『ナオキさん、第三騎士団が南下して来ます』
「おう、それじゃぁ行くか。ミギカラ、レイン、ジャキ、ラヴ、メチャ、常時軽めの【威圧】を放って戦え、【威圧】で倒れた敵兵は他の眷属達に狩らせろ。総合力二万超えの士官級相手には『グチャッ』っとしない程度に本気出して殴れ、油断はするなよ」
メーガナーダにはヴェーダから適切な指示が出されているのだろう、先ほどから七人で目配せしたり頷いたりしている。俺の指示は必要無いな。
さて、戦奴と獣人部隊相手の肩慣らしは済んだ、ここからが本番の『練習試合』だ。
長巻をブン回す機会を作りたいねぇ。
有り難う御座いました!!
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