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第27戦闘攻撃飛行隊・ロイヤルメイス
熱く甘い夏を含んだ入道雲が青天に浮かんでいる。エプロンをじりじりと焦がす夏の陽光は、いきなり目の前で白い爆発を起こしたように明るい。容赦のない炎天下のなか、馬鹿みたいに晴れ上がった沖縄の太陽に全身を焼かれながら、颯は黎児と肩を並べて格納庫の前に立っていた。パイロットスーツと救命装具、耐Gスーツを着けているのでとても暑い。まさにサウナ状態だ。額から滑り落ちた汗が頬を伝う。颯は身体に張りつくパイロットスーツの袖で顔を拭った。
「お前さ、揚羽ちゃんと会ってから調子がいいよな。……さてはたくさん『燃料補給』したな?」
「燃料補給? なんだよそれ」
「とぼけるなよ~! 揚羽ちゃんと熱い夜を過ごしたんだろ? くそう! うらやましいぜこんちくしょう!」
黎児は人気アイドルの熱愛現場を撮影したカメラマンのような笑みを浮かべた。揚羽を抱いた熱い夜を思い出してしまい、颯の顔は耳まで真っ赤になった。確かに「燃料補給」したのは事実だ。だがそれを黎児に言い当てられたのが腹立たしくて、颯は長い脚を振り上げてローキックをお見舞いする。颯に臀部を蹴飛ばされた黎児は、痛いと喚きながら兎のように飛び跳ねていた。不意に表情を引き締めた黎児が空を見上げた。どうやら「彼ら」が到着したらしい。
「ようやくお出でになったみたいだぜ」
「――ああ」
二人が仰ぐ青空を爆音を響かせながら二機の航空機が飛んできた。巨大な前縁ストレーキと直線的な主翼。二枚の垂直尾翼は水平尾翼の手前に配置され、独特なシルエットを生み出している。航空自衛隊が保有している戦闘機ではない。臀部の針を突き出した蜂の如きシルエットの戦闘機は、米海軍の艦載機F/A‐18Eスーパーホーネットだ。二機のF/A‐18Eスーパーホーネットは、オーバーヘッドアプローチで着陸すると、誘導路をタキシングしてきてエプロンの一角で停止した。
「なあ、スーパーホーネットって空母の艦載機なんだろ? 空母じゃなくても普通に着陸できるのか?」
「スーパーホーネットは陸上向けに、スペインやカナダに輸出しているからな。お客様に挨拶しに行くぞ」
颯と黎児は駐機されたF/A‐18Eスーパーホーネットのところに向かった。二人が機体の前に着いたのと同時にキャノピーが開き、ベルトとショルダーハーネスを外されたパイロットが梯子を下りてくる。颯と黎児に向かい合う位置に立った、パイロットの一人がヘルメットを脱いだ。
「アメリカ海軍岩国航空基地第5空母航空団、第27戦闘攻撃飛行隊、飛行隊長のルーク・オブライエン中佐だ。TACネームはトールだが、トールサイズのトールじゃなくて、雷神のトールだからな。こいつはTACネームはエンジェルの、ジェイミー・ガブリエル中尉。今日はよろしく頼むぜ」
流暢な日本語で挨拶した、ルーク・オブライエン中佐は快活な笑みを浮かべたが、ジェイミー・ガブリエル中尉は、短く頷いてみせただけだった。ヘルメットをかぶってバイザーも下ろしたままなので、ガブリエル中尉の顔は見えない。それにしてもオブライエン中佐は見事な体躯の持ち主だ。恐らくだが190センチはあるだろう。全身筋肉の塊と言っても過言ではない。オブライエン中佐とは反対に、ガブリエル中尉は男性にしては些か華奢に見える。まあパイロットスーツの下は筋肉でいっぱいなのかもしれないが。
第5空母航空団は、ロナルド・レーガンを搭載空母とする、アメリカ海軍空母航空団の一つで、山口県岩国航空基地に地上展開している。混成航空部隊であり、戦闘攻撃機、電子戦機、早期警戒機、哨戒ヘリコプターなどで構成される第5空母航空団は、空母航空団の中で唯一アメリカ合衆国本土以外に展開しているのだ。
始まりは1ヶ月前に開かれた戦技競技会でのことだった。颯と黎児たち「MYSTIC EAGLE」の第204飛行隊は、見事飛行教導群アグレッサーに勝利して、F‐15戦技部門で優勝を果たしたのである。その時戦技競技会会場に、偶然にも第5空母航空団の司令がいて、是非204飛行隊と異機種間戦闘訓練、通称DACTをしたいと、アメリカ国防総省を通し、防衛省経由で申し込んできたというわけだ。先に黎児がオブライエン中佐とガブリエル中尉と握手を交わす。後ろに下がった黎児と入れ替わるように颯は前に進み出た。
「航空自衛隊那覇基地第9航空団第204飛行隊、鷲海颯1等空尉です。こちらこそよろし――」
颯の言葉は途中で断ち切れた。前に進み出たオブライエン中佐は、なんといきなりアンダースローで、颯の股間を掴んでもみもみと揉んできたのだ。想定外の事態に颯の思考は凍りつく。オブライエン中佐は掌に収めたものを、軽く叩いて上下に弾ませ、熱心な様子で感触を確かめている。満足したのかオブライエン中佐は、颯の股間のものを掴んでいた手を離した。
「綺麗な顔をしているから、てっきり女の子かと思ったが、ちゃんと『デカい』のがついているじゃないか! これで遠慮なく戦えるぜ!」
破顔一笑したオブライエン中佐はハンガーに入っていった。上官の非礼を詫びるように、頭を下げたガブリエル中尉も、ハンガーに入った彼のあとを早足で追いかけていった。棒立ちしたまま動かない颯に黎児が声をかける。
「お、おい、颯、大丈夫か……?」
「――あの変態クソ野郎、全力で叩き潰すぞ」
「はっ、はい……」
颯の目に殺意を見た黎児は、震えながら返事をした。沸々と闘志が湧き上がる。恋人の揚羽にさえ触らせたことがないものを、あろうことか初対面の金髪筋肉男に、無遠慮に揉みしだかれたのだ。目の前に大金を積まれたって許すものか。颯の指は想像上の機関砲の発射トリガーに、しっかりとかけられていた。

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