挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
青空のスワローテール 作者:蒼井マリル

第4章 狂雲騒ぐ

25/56

雷雨の空

 颯と衝突した翌日から揚羽は第11飛行隊の区画に足を運ばなくなった。過密になってきた飛行訓練や座学で忙しく、足を運ぶ時間がないというのが理由である。

 以前は空を飛んでいくT‐4を見ただけで、爽やかな風に吹かれているような気持ちになれた。しかし今はT‐4を見ただけで、悪意に満ちた颯の言葉を思い出してしまい、心が痛んで重く沈んでしまうのだ。

 ドルフィンライダーになって、日本の空を飛ぶのが夢であり目標だったのに、その夢と目標はどんなに手を伸ばしても届かない場所に、輝きを失いながら落ちていくような気がしていた。

『オペラから連絡だ。どうやら雷雨警戒警報が発令されたらしい。急いで基地に戻るぞ。――おい! 聞こえているのか!?』

『えっ!? はっ、はいっ! 聞こえています!』

 斜め前方を飛ぶF‐2Bに乗る、遠藤3佐に怒られた揚羽は慌てて返答する。「ぼんやりするな」と遠藤3佐が呆れる声が聞こえた。考え事をしていて気もそぞろになっていた。旋回した遠藤3佐のF‐2Bに続き、揚羽も操縦桿でエルロンを倒して機体を旋回させる。基地に雷雨警戒警報が発令されると、戦闘機や輸送機などは急いで基地に帰投させて、格納庫に入れなければいけないのだ。

 空は大理石のように重く、高い空と低い空に浮かぶどす黒い雲が流れる方角は、てんでんばらばらになっている。乱れ騒ぐ雲は天気の異常を告げているのだ。

 しばらく飛んでいると雷鳴が曇天を裂いた。前方に広がる積乱雲の中に雷が連続で閃くのが見える。間を置かずに大粒の雨が降り出した。雨はすべてを押し流すほど凄まじく降り注ぐ。揚羽の視界は豪雨の幕に閉ざされてしまった。一番大きな音を立てて雷が落ち、揚羽の視界を白い閃光が貫いた。どうやら近くで落雷があったらしい。遠藤3佐は大丈夫だろうか。揚羽は無線の周波数を合わせて呼びかけた。
『遠藤3佐、大丈夫ですか? 応答してください! 遠藤3佐!』

 揚羽は何度も呼びかけたがなぜか無線は繋がらない。まさかと揚羽はある結論に至った。――揚羽が乗るF‐2Bは被雷した。機体を駆け抜けた電流が無線を断絶させたのだ。被雷による悪影響は、無線の断絶やエンジンの停止だけではない。時にはパイロットを失神させて、操縦不能に陥らせることがあるという。

 ふと揚羽は気づいた。遠藤3佐が乗るF‐2Bが、どこを捜しても見つからないのである。揚羽は遠藤3佐を見失ってしまったのだ。揚羽は位置を確かめようとレーダーに目を向けたが、最悪なことに無線だけではなくレーダーも、被雷の影響で動かなくなっていた。

 頼りのレーダーも動かず、視界が利かないなか揚羽は空を飛び続ける。揚羽は自分の意識と機体の姿勢が、どんどんかけ離れていくような気がしていた。左太股の脇にあるスロットルレバーを押し込めば、速度計の針は上昇を始める。座席に押しつけられる加速感はあるのだが、ほとんど真っ暗闇と言ってもいい、荒天の空を飛んでいるので速度感は絶無だ。左右どちらに旋回しているのか、加速しながら上昇しているのか、それとも真っ逆さまに墜ちているのか、目標物が見えない空ではまったく分からなかった。

 冷えて重々しい金属のような空を飛んでいるのは自分だけ。雷を含んだ雲は、暗澹としたその縁だけを金色に輝かせていた。一面が白く波立つ海は揚羽が墜ちてくるのを待ち構えている。初めは冷静だった揚羽の思考は、次第に孤独感と恐怖で塗り潰されていった。

 突然コクピットに「ピー、ピー」と警報音が鳴り響く。これは計器板中央の水平状況指示器の警報音。機体の姿勢を元に戻せと揚羽に警告しているのだ。機体の姿勢が狂っている? HSIの警報音は揚羽を混乱させた。いったいどうすればいいのか分からない。恐怖と混乱は増幅していった。

 怯える揚羽の頭上に橙色の光点が浮かび上がった。きっとあの光は遠藤3佐が乗る、F‐2Bの航法灯が放つ光に違いない。頭上に見えるということは、遠藤3佐は揚羽より上の高度を飛んでいるのだ。遠藤3佐が無事でいてよかった。安堵で胸を撫で下ろした揚羽は、上昇するため操縦桿を手前に引き寄せる。だが揚羽が上昇するのを制止するかのように、HSIの警報音は鳴り続けていた。
cont_access.php?citi_cont_id=112120920&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ