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青空のスワローテール 作者:蒼井マリル

第4章 狂雲騒ぐ

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ガール・ミーツ・ボーイ★

 揚羽が首を伸ばして見上げている、澄みきって滑らかな玻璃のような青空を、二つの編隊に分かれた七機の航空機が飛んでくる。青空に綺麗に映える青と白のツートンカラーの航空機は、「ドルフィン」の愛称で親しまれているT‐4中等練習機だ。360度のオーバーヘッドアプローチで旋回した七機は、ワイドなダイレクト・ダウンウインドに入り、松島基地のランウェイ25に着陸した。

 さすがは空自が世界に誇るアクロバットチーム。一糸乱れぬ編隊飛行はいつ見ても舌を巻く思いだ。一列に並んだT‐4が誘導路からエプロンに進入してきた。決められた駐機場所で停止して、エンジンをカットオフしたT‐4のキャノピーが開き、コクピットからドルフィンライダーたちが降りてくる。二週間ぶりとなる再会の喜びに胸を躍らせながら、地面を蹴った揚羽は5番機の前にいる颯のところに駆けていった。

「鷲海さん、お帰りなさい! 航空祭はどうでしたか? 展示飛行はうまく飛べましたか? 聞いてください! 私、あの遠藤3佐に褒められたんです!」

 動物園でパンダを見た子供のように目を輝かせて興奮しながら、颯を見上げた揚羽は矢継ぎ早に話題を振った。「凄いじゃないか」とか「頑張ったな」とか、笑顔の颯に褒めてもらえると思っていた揚羽だが、見上げる彼の表情に変化は起こっておらず、それどころかあたかも鉄の仮面を被っているかのように無表情だった。

「鷲海さん……? 千歳で何かあったんですか?」

「……帰ってきたばかりで疲れてるんだ。話があるならまた今度にしてくれ」

 そう言った颯は視線を逸らすと、揚羽から逃げるようにハンガーの中に入っていった。

「颯のことが心配みたいだね」

 颯の様子に不安を覚える揚羽に声をかけたのは、4番機のドルフィンライダーの蛍木黎児1等空尉だった。無表情だった颯とは対照的に、爽やかで快活な笑顔を満面に浮かべている。

「あいつなら大丈夫。展示飛行はかなりハードだからね。飯食って風呂に入って一晩寝たら元気になるよ」

「……そうですよね、明日また会いにいってみます。あっ! 蛍木1尉もお疲れなんですよね? 引き留めちゃってすみません!」

「俺は元気いっぱいだから大丈夫。それより今度の土曜日、空いてるかな。近くの神社で夏祭りがあるんだけれど……よかったら一緒に行かない?」

「鷲海さんもお誘いしたらどうですか? きっといい気分転換になるかと思いますよ」

 揚羽の提案を聞いた黎児は、腹痛でも起こしたように顔を歪めたように見えた。

「そうだね。じゃあ颯には俺から話しておくよ。土曜日の午後6時に、境内の入口に集合ということでいいかな」

 待ち合わせを約束して揚羽は黎児と別れた。少し化粧をしてお洒落をしていこう。初めてのデートが決まった女の子のように、揚羽の心は慎ましやかな幸福感で満ちていた。そしてこの夏祭りの誘いが、颯との関係に大きな波紋が広がる引き金になることを、当然ながら揚羽は知らずにいた。



 真夏の夜の闇に祭り囃子が鳴り響く。シフォンリボンがついたホルターネックのブラウスと、キャラメルブラウンのキュロットスカートに着替えて、アンクルストラップのサンダルを履いた揚羽は、浴衣姿で通り過ぎていく人たちを見送りながら、神社の境内で黎児と颯が来るのを待っていた。少し前に届いたメールによると、事務作業を終えて現在こちらに急行しているらしい。石段を上がってすぐの所で待っていると返信して、揚羽は二人が来るのを待った。

 しばらく待っていると、一人の青年が急いでいる様子で石段を駆け上がってきた。カーキ色で半袖のミリタリージャケットとカーゴパンツ、白地に赤い紐のスニーカーを履いている。スパイラルと平巻きのミックスパーマがかかったようになっている、ミルクティーベージュの髪をした青年は、揚羽と待ち合わせを約束した黎児だ。一段飛ばしで石段を制覇した黎児は、迷わず揚羽のところに急ぎ足でやってきた。息切れ一つしていないのは、日頃の鍛錬の賜物だと言えよう。だが一緒に来ると言っていた颯の姿はなかった。

「鷲海さんは一緒じゃないんですか?」

「ごめんね、揚羽ちゃん。あいつさ、急に熱を出して寝込んじゃってね。来られなくなったんだよ」

「そうですか……。残念ですね」

「食べたい物があったらなんでも奢るからさ、だから元気出してよ。来られなかった颯のぶんまで楽しもうぜ!」

 黎児に手を引かれた揚羽は、祭りで賑わう境内に足を踏み入れた。焼きそばとたこ焼き、綿菓子にフランクフルトなどを販売するテントが、境内の両側に一列に並んでいる。夏祭りの出店は食べ物だけではない。射的や輪投げに金魚すくいなど、遊戯目的の出店も境内に並んでいた。

 揚羽は夏祭りを楽しんでいたが、しかし彼女の意識の一部は、ここにいない颯に向けられていた。微熱なのかそれとも高熱なのか。食事はきちんと食べられたのか。お腹を壊してはいないだろうか。次から次へと心配事が湧いてくる。どうやら無意識のうちに表情が暗くなっていたらしく、揚羽の様子を心配した黎児が顔を傾けて覗き込んできた。

「もしかして疲れちゃった?」

「えっ? ええ、少し歩き疲れちゃったみたいです」

「それじゃあ向こうに行って休憩しようか」

 黎児に連れられた揚羽は、境内を離れて二つ目の石段を上がり、左右に竹林が生い茂る場所に向かい、置かれていた木製のベンチに腰掛けた。ベンチに揚羽を座らせた黎児は、自販機で飲み物を買ってくるといい場を離れていった。

 揚羽は鞄からスマートフォンを出してメール機能を起動させた。颯のメールアドレスと簡単な文章を打ち込む。揚羽は送信の表示画面を叩こうとしたが、もしかしたら颯は官舎の自室でぐっすり眠っているかもしれない。であればメールを送るのはやめておいたほうがいいだろう。作成途中のメールを破棄してスマートフォンを鞄に戻す。しばらくすると飲み物を買いにいっていた黎児が戻ってきた。

「揚羽ちゃんはアップルジュースでいいかな」

「はい。ありがとうございます」

 揚羽にアップルジュースを渡した黎児が隣に座る。植物の匂いを含んだ爽やかな風が、葉擦れの音を奏でながら吹き抜けていく。活気溢れる境内から遠く離れているので、辺り一帯はとても静かだ。風が奏でる葉擦れの歌を聴きながらジュースを飲む。コーラを飲んで喉の渇きを潤した黎児が揚羽に話しかけた。

「揚羽ちゃんって憧れている人とかいるの?」

「ええ、いますよ。以前ブルーインパルスに在籍していた、5番機パイロットの人です。私、その人に憧れて、空自パイロットになって、ドルフィンライダーになろうって決心したんです。蛍木1尉も憧れの人がいるんですか?」

「俺は伯父さんの光陽みつひろさんに憧れて、空自パイロットを目指したんだけれど、実はもう一人憧れている人がいるんだ」

 黎児が憧れるもう一人は名前を鷹瀬真由人たかせまゆとといい、その彼は30代の若さで、空自最強の戦闘機部隊と言われる、飛行教導群アグレッサーの教導隊長を務めていた。おまけに真由人は306飛行隊にいた時に、「Combat Readinessコンバット・レディネス」の資格がないと参加できない戦技競技会に、「Alert Readinessアラート・レディネス」の資格でありながら参加を許されて部隊を勝利に導いた。そんな輝かしい経歴を持つパイロットに、黎児が憧れを抱くのも当然だ。

「俺が鷹瀬さんに憧れるのはそれだけじゃないんだよ。実は俺の家は母子家庭でさ、母さんは離婚してからずっと、女手一つで俺を育ててくれたんだ。もう20年は昔になるかな。母さんと一緒に、光陽さんに会いに小松にいった時、鷹瀬さんと話す機会があってね。彼も母子家庭で育って、育ててくれた母親を守りたいから、ファイターパイロットになったって聞いたんだ。その時の鷹瀬さんの姿が凄く凜々しくて、一瞬で憧れの人になったんだ。だから俺は航空自衛隊のファイターパイロットを目指した。強くなって母さんを守るために」

 話し終えた黎児が揚羽のほうを向く。揚羽を見つめる黎児の顔は、強い決意を秘めているのだと言わんばかりの、真剣な表情に変わっていた。

「揚羽ちゃんだって……そうなんだろ?」

「えっ……?」

「揚羽ちゃんが憧れている人はもう一人いる。でもそれは憧れじゃない、君はそいつのことが――颯のことが好きなんだ」

「ちっ、違います! 鷲海さんのことなんか別に――」

 反論しようとした瞬間、黎児が動いた。黎児に腕を掴まれた揚羽は、シーソーのように引き寄せられて、事態を認識する暇もなく、彼の胸にしっかりと抱かれていたのだ。服の下に収まっている黎児の胸は、まるで内側に炎を宿しているかのように熱かった。

「……俺、揚羽ちゃんのことが好きなんだ。こんな真剣になる恋なんて、今までしたことがないよ。だから君を颯になんか渡したくない。いいや、絶対に渡さない。颯を好きにならなくていい、揚羽ちゃんは俺だけを好きになったらいいんだ」

 抑圧を突き破った揚羽への恋慕の情が、黎児の二つの瞳を燃え上がらせている。告白された衝撃で動けない揚羽に、黎児は端正な顔を近づけてきた。今から黎児が行おうとしていることは理解できた。黎児に唇を奪われたくないのに、だが揚羽の身体は動こうとしない。あと数センチの距離で、黎児の唇が揚羽の唇に重なろうとしたその時、揚羽はようやく身体の自由を取り戻して動くことができた。黎児を押し返した揚羽は逃げるように駆け出した。

「揚羽ちゃん!」

 揚羽を呼ばわったものの、黎児は後を追いかけてこなかった。飛ぶように石段を駆け下りた揚羽は、そのまま雑踏の中を走り続ける。前後不覚の状態で走っていたので、揚羽は前から歩いてきた男性の胸に、速度を落とせず顔面からぶつかってしまった。一言謝ろうと顔を上げた揚羽は瞠目する。揚羽がぶつかったのは、胸元が大きく開いたVネックの半袖シャツを着て、黒色のダメージジーンズを穿いた青年。なんと彼は熱を出して寝込んでいるはずの颯だったのだ。

「鷲海……さん? どうしてここにいるんですか?」

「……帰るぞ」

「えっ? 帰るって――」

 いきなり颯に手首を掴まれた揚羽は、半ば引き摺られるように、夏祭りの会場から連れ出された。揚羽の手を掴んで放さず、黙々と前方を歩く颯の広い背中には、抑えきれない怒りが漲っているように見える。話しかけたほうがいいと思うのに言葉が出てこない。不意に踏みしめる地面の感触が柔らかくなる。陸地が途切れて広大な水平線が目の前に広がった。いつの間にか揚羽は石巻湾を一望できる海岸にいた。砂浜と海の境界が混ざり合い、一面闇の絨毯といった光景だ。今まで揚羽の手を掴んでいた颯の手が離れる。海風に髪を揺らした颯が振り向いた。

「熱を出して寝込んでいるって蛍木1尉から聞きました。熱は下がったんですか?」

「それは黎児の嘘だ。俺は熱なんか出しちゃいねぇよ」

「嘘? 蛍木1尉はどうして嘘なんてついたんですか?」

 揚羽が聞き返すと颯は呆れ果てたような表情になった。

「お前はどれだけ馬鹿なんだ? 呆れ果てて物も言えないぜ。お前のことだから、食べ物に釣られてのこのこついていって、人気のない場所で襲われそうになったんだろ? 少しは警戒心を持ったらどうなんだよ。黎児も黎児だぜ。こんな色気のないガキを好きになるなんて、あいつも趣味が悪いな」

「――っ! 鷲海さんには関係ないじゃないですか! 私のことが好きじゃないんだから、いちいち偉そうに口出ししないでください!」

 瞬間砂浜を蹴った颯が動く。まるで瞬間移動したかのような素早い動きだった。揚羽は背後に建つ防波堤の壁に押しつけられた。片手を壁に当てた颯が影のように覆い被さってくる。颯の手に顎を掴まれた揚羽は、強引に顔を上げさせられた。唇に柔らかい感触が押し当てられて、揚羽は限界まで両目を見開く。それは逃げる隙も与えないほどの突然のキス。そして心のこもっていない乱暴なキスでもあった。身の危険を感じた揚羽は颯の胸を押す。だが揚羽を抱き締める、筋肉で引き締まった細身の身体は、ぴくりとも動かなかった。

「鷲海さんっ……やめてっ……んんっ……はぁっ……」

 熱い吐息と一緒に甘い声が漏れる。揚羽の全身の血流は沸騰して下腹が熱くなった。冷たいと思っていた颯の唇は、温かくて柔らかく、吸盤のように吸いついて離れない。今すぐこの行為をやめてほしいと願っているのに、なぜか身体は甘い快楽を求めている。相反する二つの思考が、頭の中で溶けて混じり合う。だが湧き上がった恐怖と羞恥心が、身体を麻痺させている快楽を断ち切り揚羽を動かした。

「やっ、やめてください!!」

 なんとか唇を離して声を出せた揚羽は、颯の胸に両手を突っぱねて彼を突き飛ばした。揚羽は呼吸を乱しながら、颯を上目遣いに凝視する。

「いっ、いきなりあんなことをするなんて!! いったい何を考えているんですか!?」

 どうしようもなく腹が立ってたまらない。揚羽の一声は抑えきれない怒りで震えていた。

「ああ、そうだ!! 俺はお前のことなんか好きじゃねぇよ!! 好きじゃないのに、どうして胸が苦しくなるんだ!? どうして腸が煮えくり返りそうな気持ちになるんだ!?」

 颯の喉から迸った叫びは、無限に広がる宵闇に吸い込まれていく。混ぜてしまった絵の具を元の色に戻せないように、颯は混ざり合った感情を分離できず苦しんでいるように見える。嫉妬、怒り、悲しみが渾然一体となり、颯の心の中を吹き荒れているのだ。さらに猫の目のような切れ長の眦は微かに震えていた。

「揚羽ちゃん!」

 颯のものではない声が響き渡る。道路から海岸に続く坂の上に、呼吸を乱した青年が立っていた。明るい髪色の青年は黎児だ。神社の境内からここまで、揚羽を追いかけてきたに違いないだろう。眼下の砂浜に立つ揚羽と颯を、交互に見やった黎児の表情が険しく変わる。どうやら黎児は見ただけで、自分が来る前に二人の間で何が起こったのかを、瞬時に理解したようだった。黎児は砂浜に飛び下りると颯に掴みかかった。

「このクソ野郎!! よくも揚羽ちゃんを傷つけやがったな!! 彼女のことが好きなら告白したらいいじゃないか!!」

 颯の顔に彫像のように固く青ざめた冷酷な笑みが浮かぶ。俺には関係ないといったような冷淡な表情になった颯は、喉の奥で低く笑うと唇を開いた。

「……俺があいつを好きだって? 寝言は寝てから言えよ。あんな女、好きでもなんでもないね。あいつが欲しいなら、喜んでお前にくれてやるさ。キスするなり抱くなり好きにすればいいだろ」

 揚羽の気持ちなどまるきり斟酌しんしゃくしていない、颯の言葉に黎児が憤慨した。怒りで握り締められた黎児の拳が颯の顔を殴る。問答無用で顔面を殴られて、砂浜に倒れ込んだ颯の上に、黎児は馬乗りになった。馬乗りになった黎児は颯を殴るのをやめようとしない。突然の暴力なのに颯は反撃の意思を見せようとしなかった。恐ろしい光景に身が竦んだ揚羽は一歩も動けなかった。

「ああ、そうだな! 過去を引き摺っている弱虫のお前よりも、俺のほうが揚羽ちゃんを幸せにできるしな!」

 冷たい顔の肌の下に浮かんでいた冷笑は消えた。額に青筋を張らせて目尻を吊り上げ、唇をひん曲げた颯は大変な剣幕で、切れ長の双眸に怒りを込めて黎児を睨みつけた。

「――お前に俺の何が分かるんだよ!!」

 勢いよく上半身を起こした颯が黎児の顔面に頭突きを食らわした。鼻柱に一撃を食らった黎児は後ろによろめいたが、両足を踏ん張って体勢を立て直すと、頭突きの倍返しだと言わんばかりに颯の顔を殴りつけた。飛び散った鮮血が砂浜を赤く染める。さながらドッグファイトのように、黎児と颯は組んずほぐれつになりながら、攻撃と反撃を繰り返した。

 拮抗していた戦いは唐突に終わりを迎える。黎児の渾身の一撃が颯の腹に炸裂したのだ。腹部に強烈な一撃を食らった颯は、激しく咳き込みながら、背中を丸めて蹲った。蹲って咳き込む颯を黎児が引き摺り起こす。振り上げられた黎児の拳は真っ直ぐ颯の顔に向けられていた。

「やめてっ!!」

 揚羽は躓きそうになりながらも走り、今にも颯を殴ろうと構える黎児の背中にしがみつく。松明のように高く上げられていた拳を下ろした黎児が、肩越しに揚羽のほうを振り向いた。

「もう……もう……やめてください……お願いです……」

 鳥籠に捕らわれた鳥のように身体と声を震わせながら、揚羽は黎児に懇願した。鼓膜が痛くなりそうな静寂が辺りを包み込む。

「――行こう、揚羽ちゃん」

「えっ……? でも、鷲海さんが――」

「あんな最低な奴、放っておけばいいんだ」

 助ける価値もないというふうに、黎児は凍てついた視線で颯を一瞥した。颯はこちらを見ようともせず、座り込んだまま身動きひとつしない。あたかも身体の動かし方を忘れてしまったようである。黎児に手を引かれた揚羽は、後ろ髪を引かれる思いで砂浜を後にした。不意に喉の奥が痛くなり、左右の眦も熱くなる。――いつの間にか揚羽は泣いていたのだ。揚羽の涙を見た黎児は当然ながら驚いていた。

「揚羽ちゃん……」

「ごめっ……ごめんなさいっ……私の……私のせいで……」

 嗚咽が言葉を途切れさせた。颯と黎児が衝突した原因が自分だということは分かっている。だが揚羽はそれを認めるのが怖かった。身体を折って両手の中に顔を埋めた揚羽は、硝子玉のような双眸から万斛ばんこくの涙を落とした。双眸を焼く涙は熱いのに、頬を伝わって落ちていく時はとても冷たい。汲んでも尽きない井戸のように、目に涙を溢れさせて泣き続ける揚羽を、胸に抱き締める勇気が出ないのか、黎児は悲痛の色を被せた面持ちで彼女を見つめていた。
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