ゲーム大会の実況/解説はどうあるべきか?

 Nintendo Switch の ARMS というソフトがにわかに盛り上がっている。伸びるパンチが特徴の対戦ボクシングゲームで、この間公式大会が開かれたのでその動画を見てもらうのが知らない人には一番手っ取り早い。


 さて、1試合見てもらうと分かるが(自分は全試合見ていたわけだが)、この公式大会、実況と解説が端的に言ってヒドい。つまり、実況者は実況ができていないし、解説者は解説ができていない。生放送に付く脇のコメント欄と同程度のことしか言えていない。実況はちゃんと喋れる人を連れてきているし、解説は開発プロデューサーなのだから、細かい仕様や戦略*1もバッチリのはずだが……。

 思えば Splatoon 甲子園の実況も結構ひどかった覚えがあるし、e-sports の参入はかなり後手といえる任天堂はまだこういった大会の運営や放送における実況解説におけるノウハウが溜まっていないのかもしれない。

 

 そもそも、ゲーム大会の実況と解説はどうあるべきなのだろうか? 2010年代に入り急増したゲーム大会のオンライン放送、それがゲーム開発者としてもこれ以上ないプロモーションの一つとなった今、少し考えてみたいところである。

 そもそもどこから来たのか。

 実況者解説者の二人組が映像に合わせて喋り視聴者に付加的な情報を届ける、この構造は言わずもがなスポーツ実況から来た流れだ。

 プロのアナウンサーである実況者と、その競技に詳しい(多くの場合、引退した元選手や監督、コーチ等)解説者がコンビを組み、映像からは伝わりにくい現地の熱気や高度な技術の応酬を視聴者に伝える。それによって視聴者は、お茶の間で何の前提知識もなくぼーっと眺めていても、その臨場感を一緒に味わい、声を出して応援することができるのだ。

 

実況者の役割

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 実況者の役割とは、試合の概況を「耳」から視聴者に伝え、臨場感を補佐することである。ボールをパスしたり、シュートしたり、ゴールしたり、ファウルしたり、ホームランしたり、最終コーナーに入ったり。「見ればわかる」ことをあえて口から伝えている。何故か。

 見ればわかる、とは限らないからだ。ボールは誰から誰にパスされたのか?背番号10番の選手の名前が今朝の朝刊で見たあの名前と結びつく人は、お茶の間には意外と少ない。選手が走った。歓声が湧いた。蹴った。キーパーが飛んだ。白い枠にくくりつけられたネットが揺れた……気がする。ゴール? ゴールなのか? ここで実況が叫んでくれたとしよう。

「ゴオォォォォォォール!!」

 ゴールだ! やった! お茶の間のパパは安心して喜ぶことができる。

 テレビのスクリーンは意外と小さいし、カメラは目まぐるしく動くボールを追えるとは限らない。蹴り上げたパス、あるいはドームの天井にも届きそうな打球の先がどこなのか。デジタルゲームなら尚更、現在のスクリーンが何を示しているのか、配信環境のせいでフレーム落ちした今の瞬間何が起きたのか。会場にいるものの代表として実況者が教えてくれれば不用に混乱して興を削がれることもないだろう。

 

 いかにテレビやパソコンの映像が進化しようとも、そこから情報が100%伝わることはまず無い。だから、当たり前のことであっても、それをなぞるように実況することでより多くの視聴者たちが安心して競技を見ることができるようになるのである。

 また、会場の熱気を伝えるのも実況者の大切な仕事だ。どうしても四角く切り取られたスクリーンでは選手たちの息遣いや観客の嬌声、張り詰めた空気と沸き立つ会場の緩急が削がれてしまう。緊張した場面では細く早く、盛り上がる場面では大きく力強く、実況者が場の空気を代弁して付加することで、スクリーン越しの視聴者にも現地の概況が濃縮還元されて届いてくれるのである。

 

解説者の役割

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 実況者が視聴者の理解臨場感を補佐するなら、解説者は視聴者ののめり込みを補佐し、試合の面白さを伝えるのが主な役割だ。

 大会というのは優勝者を決めるための儀式だ。当然、参加者のレベルは非常に高くなる。日本で、あるいは世界で有数のプレイヤー同士の対戦は、高度な戦略や駆け引きの応酬で成り立っている。そしてそれらは皆知れば知るほど面白い、スポーツ/ゲームの深みの部分である。

 そうなってきた時、視聴者が知らなければならないことは沢山ある。この時選手がどういう考えで、どういう戦略を立ててこの行動を取ったのか。スポーツ/ゲームの基礎的な知識はもちろん、例えばキャラクタースキルの効果や特性、コンボなども熟知していなければならないが、一介の視聴者がそんなことを知っているはずもない。

 

 そこで登場するのが解説者だ。彼らはこのスポーツ/ゲームに熟知しており*2、選手のとった行動の意図を瞬時に読み取り、視聴者に伝える。その際必要に応じてスポーツのルールやゲームキャラクターのスキル効果を分かりやすく説明し、視聴者が置いてきぼりにならないようにする*3。その磐石のサポートの下、実況者は試合を盛り上げることに専念でき、一体となって応援することができるようになるのだ。

 

視聴者の共感を得る手助け

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 視聴者ができる限り選手と一体になり、共感を得るための手助けも解説者の大切な役割だ。例えば次の試合展開を予測し、どこを注目すればいいのか。選手が何を狙っているのか。次の試合の戦略を考える選手たちと同様に、視聴者たちも未来を考えるようにすることで、常に後手に回った解説を聞くばかりでなく選手たちと一緒にリアルタイムで戦況を考えることができるようになる。たとえ予測が間違っていたとしてもそれは嬉しい裏切りになり、想像を上回る戦略を取った選手に賞賛さえ浴びせられる。

 

 高校野球箱根駅伝でよく聞く「選手のエピソード解説」もその一端だ*4高校野球箱根駅伝においては、視聴者はプロプレイヤーの持つような技術力以上に、等身大の選手の努力の結実にこそ注目している。そこで、選手がこの一戦に賭ける思いや、過酷な箱根山のトレーニングの話を聞かせられれば、思わずうるっときてしまい一層のめり込んでしまうのである。

余談だが、以前両親に付き合って箱根駅伝の応援に小田原中継所まで赴いた時、すぐ近くに明治大学だかの応援隊がいた。彼らは選手たちが通過する数十分前から懸命に声を張り上げ、沿道の空気を盛り上げていた。

が、あいにく彼らの大学は順位が低く、なかなかやってこない。にもかかわらず、彼らは他の大学の選手が通過するときも、精一杯声を張り上げて応援していた。優勝も、勝ち負けも、勿論大事だが、それよりこの過酷な箱根の往路を行くその行為をこそ賞賛し、一団となって駅伝を盛り上げていたのである。

そして数十分経ってようやく彼らの大学の選手が通過するとき、沿道を埋め尽くした他の観客たちも一際大きな歓声で彼を応援したのだった。

 ゲームルールの複雑さに因らず、トッププレイヤーたちの鍔迫り合いは一様にして面白くドラマティックである。その感動の手助けを上手く解説者がこなせれば、視聴者たちはたちまちファンとなって次の試合も見てくれるようになるだろう。

 

 

実際にどうするべきだったか

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 一番試合的には盛り上がった1時間13分頃からの映像を抜粋しよう。最弱キャラと噂されていたメカニッカと、ARMS に量産型キッドコブラを大量に生み出した youtube 実況者との熱い一戦だ。

 https://youtu.be/9aOUk-olmks?t=1h13m

 大体ここら辺になると疲れてきたのかこなれてきたのか、実況者も解説者も必要最低限の話しかしてこなくなる。……というか黙り込んでいる。何故だ。あと、武器の選択にやたら執心しているが、ここまで武器の解説を殆どしてくれていない。

なお、あくまで実況と解説の内容に関する話であって、わざわざ休日出勤してまで公式大会を盛り上げてくれた二個人を中傷するものでは決してないので誤解なきよう。

 

  • 「キッドコブラに叩くサラマンダーは有効かもしれませんね」

 解説者が解説すべきなのはどう有効かである。叩くという用語も意味不明だ。

「キッドコブラはジャンプが素早く、この選手は特に基本戦術として横軸へのジャンプからの攻撃を頻繁にしてきますので、横から叩くことができるサラマンダーは有効かもしれませんね」が正しい。もっとも、放送中に語れる言葉は少ないので、ここからいい具合に抜粋して説明する必要がある。

  • 「キャラは違えど同じアームです」

 何回言うのか。これは三回目である。この頃にはもう攻撃が数発当たっていて、キッドコブラの投げも決まり、メカニッカには必殺技ゲージが溜まっている。「どのように攻めるのか」と呑気に言ってる場合ではない。

  • 「先ほどまでのメカニッカの強さが発揮できていないように感じますが」「そうですねー」

 そうですねー、ではない。何故前試合まで鬼神の如き強さを誇っていたメカニッカが今回は押されているのか、予想でもいいから解説するのが解説者の仕事である。実際にはキッドコブラ側のサラマンダーがかなり機能していたように見える。

  • 何故か試合が盛り上がると黙り込む二人

 実況者が試合中ずっと喋っていなければならないかというとそうではないが(そういう人もいるが)、二人して黙り込むのはあまり好ましくない。「息を呑む展開」という演出もあるが、それは実況としては高等テクニックであり、視聴者と本当に一体になっているときのみ使えるものである。

  • 相手の動きを読んで適応したんですかね」「次の試合またどうなるかですね

 試合間のコメントより。役割がである。あるいは、「メカニッカ側が相手の動きを読んで適応していた感触がありますが」「そうですね。しかし、キッドコブラ側もそれに対応して動きを変えてくるかどうかが、次の試合の見所です」というアプローチをする。

  • 「早かったですねー」「凄かったですねー」

 最終試合の第一ラウンドK.O.直後。いや、解説してください。この時、メカニッカ側は十分に距離を詰めてから投げを仕掛け、相手がそれを避けて投げ返してくるのを誘って必殺技で反撃、というベーシックではあるが見事な読み合いの末のK.O.だった。もちろん試合間でここまで語る時間はないが、「見事に投げを誘いました」と一言添えるだけでも大分印象は変わるだろう。

  • 「○○さん(キッドコブラ側)も全然隙ないんですけどね」

 全然隙がないのに、どうやって攻撃を当てているのかが解説ポイントである。メカニッカが特に強かったのはガードの固さと、相手の攻撃を着実にガードキャンセルして反撃を重ね、スキマスキマに威力の高いギャラクシーを当てている所だった。……が、ガードキャンセルの字もとうとう最後まで語られることはなかった

  • 「まだまだ互角の戦い」

 最終試合。この台詞を実況が言った時は既に体力ゲージが逆転していて、戦況もキッドコブラが後一歩まで追い詰められていた。この発言もそうだが、全体的に試合を見れていない。視聴者より実況者が画面を理解していなくてどうするというのか。

  • 「メカニッカはスーパーアーマーがありますので」

 試合後のリプレイタイムで。スーパーアーマーというのは攻撃を食らってもダメージは食らうがのけぞらないという、アクションゲームにおける専門用語である。説明一切無し。ヘヴィユーザーしか理解できない。一方で、メカニッカが決着に使った置きハンマーなどテクニック部分の解説はなし。

 

まとめ

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 たった1試合でこれなのだから、全体を通してどうだったかは想像に難くない。しかし、実況者はちゃんと喋れる人だし、解説者は全てを知る開発者なのだから、どちらかというと慣れの問題だろう。試合からどういう情報を拾い、どういうことを解説していくか。今まで考えたこともなかった部分が、今のゲーム広報においては求められているのだ。

 今後、ゲーム大会のオンライン中継はますます盛り上がり、ゲームユーザーにとって日常的なモノになるだろう。大会を見て遊ぶゲームを決める人も増えていくかもしれない。何も知らない初心者に大会の熱気を当て、その深淵をもって魅了する。その技術の大切さは今後更に増していくことになる。実況解説の価値と方法論について、ゲームクリエイターも重々考えなければならない時代が来ている。

 

参考文献
スポーツアナウンサー――実況の真髄 (岩波新書)

スポーツアナウンサー――実況の真髄 (岩波新書)

 

 

*1:お披露目会で一般人ボコボコにしてましたね

*2:たいていの場合元選手や監督、開発者だ

*3:まあ、これだけで視聴者が完全に理解するかというとそうではないが、特別な知識なしでも何度も観戦しているうちにゲームを理解できるようになるというのもポイントだ。

*4:正確には解説者ではなく、ベンチや選手団席などから飛んでくるのだが