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友達を捜してください
宝石のような緑色に色づいた草木の上を、爽やかに薫る風が吹き渡っていく。こういう晴れやかな日は、大きく伸びをして太陽の日差しをいっぱい浴びたいところだが、生憎そうはいかなかった。なぜなら鈍痛を訴えている身体が言うことを聞いてくれないのだ。これは高G環境下におけるダメージのせいである。恐らく酷い痣が身体中に浮かんでいるに違いない。首や背骨もいい加減おかしくなっていそうだ。今から老後が心配になってきた。
今日の訓練は戦技訓練だった。とはいってもF‐2Bを操縦していたのは、地獄の閻魔大王こと遠藤教官で、揚羽は後席に座って教官同士の熾烈な空中戦を体験していた。さすがは現役のファイターパイロット。機体の性能を知り尽くし、限界まで引き出した空中戦は、思わず目を見張るものがあった。
それにしても「ふはははは!」と高笑いをしながらF‐2Bを操縦する遠藤教官には戦慄した。彼は生まれながらの超ドS体質に違いない。全身汗びっしょりで気持ちが悪いから、早く宿舎に戻ってシャワーを浴びよう。だが身体が瀕死状態なので思うように歩けない。猫背の姿勢でとぼとぼと歩いていると、後ろのほうから大声が飛んできた。
「こらーっ! 待ちなさい!」
揚羽が振り向こうとしたその時だ。後ろから走ってきた誰かが、猛烈な勢いと速度で揚羽にぶつかった。咄嗟に両足を踏ん張った揚羽はなんとか転倒せずにすんだが、ぶつかってきた人物は小さな悲鳴を上げて地面に転がった。戦技訓練で疲れ果てている自分に、体当たりをするとはいい度胸をしている。開口一番揚羽は文句を言うべく身構えたのだが、相手を見た途端に文句を言いたい気持ちは一瞬で霧散したのだった。
「ごっ、ごめんなさい……」
揚羽の背中に体当たりをしてきたのは幼い女の子だった。黒髪をリボンでツインテールに結び、セーラーカラーのマリンワンピースを着ている。実際に衝突されたのはこちらなのだが、いたいけで小さな女の子に謝られると、なんだか自分のほうが悪いことをしたように思えてきてしまう。女の子のところに駆け寄った揚羽は彼女を助け起こした。ややあって警務隊の隊員が急ぎ足でこちらにやってきた。
「勝手に入ったら駄目じゃないか!」
追いついた警務隊の隊員が険しい形相で女の子を叱りつける。女の子は揚羽の後ろに隠れると身を震わせた。言うことを聞かない女の子に痺れを切らしたのか、大股で歩み寄ってきた隊員は揚羽の側面に回りこむと、恐怖でまだ震えている彼女の細い腕を掴んだ。
「さあ、おじさんと一緒に来るんだ! 君のご両親に迎えに来てもらうからね!」
「いやっ! 離して!」
女の子は隊員のお腹を叩いて必死に抵抗するが、やはり力と体格で勝る隊員に負けてしまい、引き摺られるように警務隊の警務室に連れていかれた。振り返った女の子が一瞬揚羽を見やる。あれは助けを求めている眼差しだ。どうやら揚羽は知らないうちに、女の子に味方だと認識されてしまったらしい。それに女の子を見捨てて立ち去るのも後味が悪すぎる。仕方がないと割り切った揚羽が警務室に入ると、女の子は椅子に座らされていた。
「お家の電話番号かご両親の携帯電話の番号は知ってるの?」
隊員が尋ねると女の子は子供用のスマートフォンを取り出した。スマートフォンを受け取った隊員が、画面を操作して電話番号を確認する。
「それじゃあお母さんに連絡して、すぐ迎えに来てもらうからね」
「ママにはまだ言わないで!」
椅子から飛び下りた女の子が受話器を持ち上げた隊員にしがみつく。なにがなんでも母親への連絡を阻止したい様子だ。これには何か深い理由があるのかもしれない。隊員にしがみついて離れない女の子を引き離した揚羽は、優しい声音で彼女に尋ねてみた。
「どうしてお母さんに連絡したら駄目なの? お姉ちゃんに教えてくれないかな」
「……友達を見つけるまで帰りたくないから」
「お友達を捜しにきたの?」
こくりと頷いた女の子は目尻に涙を滲ませていた。
「お願い! 一緒にあの子を捜して! あの子はわたしの大切な友達なの!」
女の子は遂に涙腺を全開にして泣き出した。想いの強さと健気な姿に揚羽は胸を打たれる。こんな姿を見せられたのだから、是が非でも彼女の友達を見つけ出してあげたい。小さな子供とはいえ彼女は日本国民の一人。そして揚羽たち自衛隊員の任務は国民を守り助けることだ。女の子の前に屈んだ揚羽は華奢な肩に手を置いた。
「分かった、お姉ちゃんも一緒に友達を捜してあげる」
「……本当?」
「うん。だってお姉ちゃんは自衛隊員だからね。貴女たちみんなのために働くのが任務なの。だからもう泣かないでくれる?」
女の子は涙ぐみながら、何度も何度も「ありがとう」と揚羽に言ってきた。女の子に同情した隊員は2時間だけ待つと言ってくれたので、心優しい隊員にお礼を言い、揚羽は彼女を連れて警務室を出る。揚羽が名前を尋ねると女の子は陽菜と名乗り、捜している友達は男の子だと教えてくれた。男の子は乗り物が好きだから、まずは格納庫かエプロンに足を運んだほうがいいかもしれない。
「あっ! ドルフィンさんだ!」
第11飛行隊のエプロンに駐機されているT‐4を見つけた陽菜は、大きな目を輝かせると脇目も振らずに駆けていった。友達を捜しに来たのではないのか。まったく小さな子供は興味の対象がすぐ変わるから面倒だ。陽菜を追いかけながら揚羽は苦笑する。突然現れた闖入者に驚く整備員たちの視線をものともせずに、陽菜は丹精込めて磨かれて輝くT‐4を、憧れの眼差しで見上げていた。まるで幼い頃の自分を見ているようだと揚羽は思った。
「陽菜ちゃんはT‐4が好きなんだね」
「うん! 大好き!」
「でもT‐4に触っちゃ駄目よ。怖いお兄さんが飛んでくるからね」
「――誰が怖いお兄さんだって?」
不意に頭上から低い声が落ちてきた。腕組みをした青年が入道雲の如く後ろに立っている。5番機をIRANに出されて地上勤務中の鷲海颯1等空尉だ。究極の仏頂面に怯えたのか陽菜は揚羽の後ろに避難した。
「怖がらなくても大丈夫。このお兄さんはイケメンだけれど、性格が悪いだけだから」
「……おいこら。本人の前でさらっと悪口を言うんじゃねぇよ」
颯が揚羽の頭越しに陽菜を覗き込む。やはりと言うべきか彼女は身体を震わせた。
「――まさかお前の隠し子か?」
「ちっ、違います! 馬鹿なことを言わないでください! 高校生の頃に産んだ子になるじゃないですか! あり得ないですよ!」
「冗談に決まってるだろうが。どうせファーストキスも初体験もまだなんだろ?」
颯は明らかに揚羽を小馬鹿にしている笑みを浮かべた。図星を突かれた揚羽は言葉を詰まらせる。燕揚羽、今年で満23歳。生まれてこのかた、男性とのお付き合いをしたことは一度もない、純情街道まっしぐらの乙女だ。なのでもちろんファーストキスと初体験もまだである。――このセクハラ大魔王め。裸同然の格好で出てきて、うら若き乙女の目の前でシャツを捲り上げ、さらには今の発言だ。やはり蓮華2佐に逐一報告すべきだろう。陽菜が服の袖を引いたので、揚羽は本来の目的を思い出した。
「ごめんね。怖いお兄さんはほっといて、お姉ちゃんとお友達を捜しにいこうね」
颯を睥睨した揚羽は陽菜と手を繋いでエプロンを離れる。構内道路に戻って歩いていると、靴音が二人を追いかけるように聞こえてきた。振り返ってみると颯が追いかけてくるのが見える。恐らく揚羽に暴言の続きを浴びせたくて追いかけてきたのだろう。颯は自分が満足するまで揚羽を苛めたいのだ。遠藤教官だけでなく颯もドS体質ということか。
「まだ私に言い足りないことがあるんですか? でしたら早く言ってください」
「その子の友達捜し、俺も手伝ってやるよ」
「えっ?」
「友達を捜しに基地まで来たんだろ? 事務作業は終わらせたから暇だし、俺も一緒に捜してやるって言ってるんだ。馬鹿みたいに突っ立ってるんじゃねぇよ。さっさと友達とやらを捜しにいくぞ」
揚羽の返事を待たずに颯は歩いていった。強引な颯に嘆息しつつ、揚羽は陽菜を連れて彼の後を追いかけた。三人は飛行隊や気象観測隊に広報班などの隊舎を順番に回り、ハンガーと整備格納庫にも足を運ぶ。訪れた先で出会った隊員たちに、幼い子供を見ていないか尋ねてみたが、彼らは一様に「見ていない」と首を振るだけだった。思いつく場所はすべて見て回ったというのに、陽菜が基地まで追いかけてきた友達は見つからない。まさか陽菜が捜しているのは幽霊の友達なのだろうか? 幽霊が視える第六感を持つ少年の映画を揚羽は思い出した。
ここにきて陽菜が疲れている様子を見せたので、いったん休憩をとることにした揚羽と颯は基地売店に向かい、二人で折半して冷たい飲み物とお菓子を購入すると、空いているテーブルの椅子にそれぞれ腰かけた。
季節はまだ春なのに今日は夏を思わせるような陽気だ。汗ばむような陽気に負けた颯はシャツの胸元を掴んで扇いでいる。颯がシャツを扇ぐたびに鎖骨が見え隠れするので、揚羽の視線はどうしても彼の胸元付近に吸い寄せられてしまった。我慢するんだと言い聞かせて煩悩を追い払う。そんな揚羽の気も知らない颯は、コーラを飲んで乾いた喉を潤すと、苺ミルクを美味しそうに飲んでいる陽菜に話しかけた。
「なあ、お前の友達って奴は男なのか? それとも女なのか?」
「男の子だよ」
颯が訊くと陽菜は怖がらず素直に答えた。どうやら一緒に友達を捜し回っているうちに、颯に抱いていた恐怖心が消えたらしい。
「その子はどんな服を着ているんだ?」
「服は着てないよ。だって着なくてもいいもん」
なんということだ。彼は衣服を着けることを好まない裸族だったのか! 驚愕した揚羽と颯は思わず顔を見合わせた。しかし裸族は家で寛ぐ時だけ裸になるはず。それなのに全裸で外を歩き回っているなんて異常だとしか思えない。真っ裸で基地をうろついていたら、隊員たちの誰かに確保・保護されているであろうに、これだけ捜しても見つからないとなると、やはり友達の男の子は幽霊なのかもしれない。いずれにせよもう少し詳しい情報が必要だ。なので揚羽は陽菜からさらに情報を訊き出してみることにした。
「ねえ、その子はどうしてお洋服を着なくてもいいのかな。もしかしてお母さんかお父さんに苛められてるとか?」
揚羽の問いに陽菜は「ううん」と首を振る。
「わたしの友達は猫だもん。猫は服なんて着ないでしょ? それにパパもママも苛めたりなんかしないよ」
目を見開いた揚羽と颯は二度目の衝撃に頭を殴られた。どうりでこれだけ捜し回っても見つからないわけだ。せめて最初に捜しているのは猫だと言ってほしかった。もちろん訊かなかったこちらにも責任はあるが。
「鷲海1尉、陽菜ちゃんが捜している猫って――」
「ああ、きっとあいつだ。お前が捜している猫、すぐに見つかるかもしれないぞ」
「えっ? 本当?」
期待に目を輝かせる陽菜を連れた揚羽と颯は、滑走路東側のフェンス前に向かった。颯が口笛を吹くと、その音色を待っていたかのように、一匹の黒猫がフェンスの穴から中に入ってくる。颯が鮭フレークの缶詰めを食べさせていた迷い猫だ。瞬間陽菜の頬に喜びの薔薇色が差す。彼女は颯の足にすり寄ってきた黒猫を抱き上げると、愛情たっぷりに何度も頬擦りした。
「テディ! 帰ってこないから心配してたんだよ!」
陽菜がする愛情たっぷりの頬擦りと抱擁に、テディと呼ばれた黒猫はとても嬉しそうな鳴き声を上げている。なんとも微笑ましい二人の姿に揚羽は自然と笑っていて、颯もうっすらとではあるが唇を柔らかくほころばせていた。かなり難儀したが無事にテディを見つけられてよかった。陽菜の笑顔を見たら疲れは一気に吹き飛んだ。
「猫ちゃんはテディって名前だったんですね。あの、鷲海1尉。どうして『トムキャット』なんて仮の名前をつけたんですか?」
揚羽が訊くと颯はまるで宇宙人を見たような表情で見返してきた。
「……お前、ファイターパイロットを目指しているくせに、トムキャットを知らないのか?」
「はい」
「トムキャットは2004年に退役した、アメリカ海軍のF‐14戦闘機の愛称だよ! そのトムキャットを有名にした映画が、俺たち空自パイロットの間で伝説になっている『トップガン』さ! 空自パイロットを目指す奴なら、誰でも知っている超有名な映画だぜ? そのトップガンを知らないなんて、お前は人生損してるぞ! 今度俺の部屋でDVDを見せてやるよ! あの臨場感溢れる空中戦を見たら、興奮すること間違いなしだ!」
どうやら揚羽は颯の中にある切り替えスイッチをONにしたらしい。颯は目を輝かせてトップガンという映画の素晴らしさを熱く語り始めた。そんな颯の様子に揚羽は目を白黒させた。普段のクールボーイが嘘のような変貌である。人間趣味を語る時はこうまで熱くなれるのか。
ややあって熱弁をふるっていた颯が我に返る。若干引き気味の揚羽の視線に気づいた颯は、誤魔化すように一回咳払いをすると、「行くぞ」と言って先に歩いていった。陽菜を連れた揚羽と颯が正門に向かうと、警務隊の警務室の前で隊員と話していた女性が急いだ様子で走ってきた。清楚なホワイトブラウスの上にピンクベージュのカーディガンを羽織り、花柄の黒色のフレアスカートを穿いている。開口一番女性は陽菜に声を荒げた。
「勝手に家を抜け出したりなんかしたら駄目じゃない! 必死で捜したのよ!」
「……ごめんなさい」
陽菜を叱りつけた女性は揚羽と颯のほうを向くと頭を下げた。
「娘がご迷惑をおかけして本当にすみませんでした。テディを捜しているのは知っていたんですけれど、まさか基地に忍び込むとは思ってもいなかったので……」
「いえ、いいんですよ。無事にテディ君を見つけられてよかったです。国民を守り助けることが、俺たち自衛隊員の任務ですから」
爽やかに笑んだ颯が答えたので揚羽は驚いてしまった。夢中になって熱弁をふるったかと思えば、こんなふうに真摯な言葉を口にする。雲のように掴めない青年だと改めて揚羽は思った。何がきっかけで不機嫌になって、何がきっかけで優しさを見せてくれるのだろうか。
颯の横顔に当てていた視線を動かした揚羽は、こちらに早足で歩いてくる男性隊員の存在に気がついた。遠目にもはっきりと分かる。彼は第11飛行隊飛行班長の鬼熊薫3等空佐だ。鬼熊3佐は母娘と二言三言会話をすると、揚羽と颯が立つほうにやってきた。
「話は聞きました。陽菜が迷惑をかけたようですみません。おまけにテディ捜しまで手伝ってくれたそうですね。私からもお礼を言わせてください」
「ベアーさん、あの二人と知り合いなんですか?」
「知り合いも何も……妻の奈美と娘の陽菜ですよ」
本日三度目の衝撃が揚羽と颯に襲いかかった。大きな焦げ茶色の双眸。緑の黒髪に映える透明感溢れる白い肌。薄紅を塗ったような唇。ガラスケースの中で静かに佇む西洋人形を思わせる、可憐な容姿の陽菜が、あろうことか鬼熊3佐の遺伝子を受け継いだ娘だって? おまけに奥さんだという奈美も女優のような美貌の持ち主である。まさに実写版の美女と野獣だ。
「陽菜ちゃんが鬼熊3佐の娘さんだなんて……嘘ですよね?」
「きっとあれだ。異星人と人間を交配させたハイブリッドなんだよ」
「……それはXファイルでしょう。貴女たちは私の娘をなんだと思っているんですか」
呆れたように嘆息すると鬼熊3佐は颯に視線を向けた。
「ところでゲイル、事務所の貴方の机に書類が積まれたままなんですが、あれはいったいどういうことですか? 蓮華2佐が隊長室でお待ちしていますから、すぐ隊舎に戻りなさい。奈美と陽菜を官舎まで送ったら私も行きますからね」
最後に「覚悟しておきなさい」と付け加えた鬼熊3佐は、待っていた奈美と陽菜を連れて歩いていった。奈美は一礼して陽菜は両手を大きく振り、揚羽と颯に感謝の気持ちを伝える。鬼熊3佐と奈美と手を繋いで歩く陽菜は、至福の笑顔を満面に浮かべていた。
「家族、か――」
不意に揚羽の隣で親子の姿を見つめていた颯が静かに呟く。夕焼け空を見た時に感じる憂いと寂しさが、颯の綺麗な横顔に表れているような気がした。
「さてと、猫は見つかったし隊舎に戻るとするか」
「猫捜しに付き合ってくれて、ありがとうございました。でもどうして事務仕事は終わらせただなんて嘘をついたんですか? 言ってくれれば私一人で捜しましたのに――」
「……お前を放っておけなかったからな」
「えっ……?」
揚羽の胸は熱く燃え上がる。だが揚羽の期待は次に放たれた言葉によって、見事に裏切られたのだった。
「ミイラとりがミイラになるって諺を知ってるだろ。あのままお前を一人で行かせていたら、二人とも迷子になっていたに決まってる。お前は見ていて危なっかしいから、誰かが側にいて目を光らせておかないといけないんだよ。だから俺はお前に付き合ってやったんだ。感謝されてもいいくらいだぜ」
「そうですね。これもみんな鷲海1尉のお陰です」
揚羽が素直に認めると、颯は毒気を抜かれたような顔になった。まるでドッキリを仕掛けられたお笑い芸人のような表情だ。特におかしなことを言ったつもりはないのだが。
「……なんなんですかその顔は」
「いや、その、お前があまりにも素直すぎて驚いたんだ。いつもなら即座に生意気に言い返してくるし――」
「だって鷲海1尉がテディに懐かれていなかったら、私たちは彼を見つけられなかったかもしれませんよ。鷲海1尉が迷い猫だったテディを見つけて、餌をあげて仲良くなったから、陽菜ちゃんは彼と再会できた。私はそう思います」
眦を緩めて柔らかく微笑んだ揚羽は、素直に思ったことを言葉に変えて颯に伝える。微笑みを向けられた颯は、しばらく揚羽を見つめたあと、素っ気なく顔を逸らしてしまった。もしかしたら目の錯覚かもしれないが、揚羽には颯の頬がほんのりと朱色に染まっているように見えた。あの颯が乙女のように恥じらいを見せている。まさに驚天動地だ。照れる颯をもっとからかいたくて揚羽は言葉を続けた。
「早く隊舎に戻ったほうがいいんじゃないですか? 蓮華2佐が手ぐすね引いて待ってますよ」
「――っ! お前に言われなくとも分かってるよ!」
唇をへの字に曲げた颯は拳骨で揚羽の頭を小突くと、肩をいからせながら第11飛行隊隊舎が建つほうへ歩いていった。あれでこそいつもの颯だ。なんだか嬉しくなった揚羽は自然と笑ってしまう。新緑の季節を迎え始めた風光る松島基地を、温かな凱風が吹き抜けていく。お互いが不思議な引力に惹かれ合っているのを、揚羽と颯は当然ながらまだ知らずにいた。

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