挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
待て勇者、お前それジャングルでも同じ事言えんの? ~勇者に腹パン、聖女に頭突き、美少女騎士に回し蹴り~ 作者:吾勝さん

第二章

51/82

第五十一話『14の男』

宜しくお願いします





 領軍の野営地は樹木の無い平原のド真ん中、ゴブリンの膝を超える高さの草本は無し、周囲に遮蔽物や凹凸、水場も無い。

 野営地に一番近い人間の居住地は第一城門前の関所付近のみ、それ以外の町や村は壊滅。

 第一城門に繋がる三つの街道のうち二つは既に俺達が通って人間の影は無い、哨戒に蟲も配置している。残りの一つは空挺団が偵察した後に蟲を配置した。

 野営地から半径約20km圏内に敵兵以外の人間は居ない。

 野営場所の面積は約1km四方、百万平米。
 総兵数一千ちょっとの俺達じゃぁ包囲は不可能。

 見張りの夜警は四辺と四角に30人ずつの八方警備。
 間隔を空けて見張りを並ばせておけば、隙間の無い鳴子の代わりにはなっただろうに。30人で固まっているので隙間が酷い。

 辺境伯の意図は全く見えない、辺境伯の口から野営の配置や警備の陣容について一切語られていない。さすがのヴェーダもお手上げだ。

 先ずは見張りの戦奴を消す事が定石だと思うが、蟲で襲うと声を上げるよなぁ。

 しっかし、どうもトラップ臭ぇ……


「ヴェーダ、見張りの戦奴を殺したら爆発するなんて死属性魔法は掛けられて無いよな?」

『彼らの首輪に掛けられているのは隷属魔法のみ、それ以外の魔法は埋め込まれておりません。隷属魔法の制約や行動命令にも【異変・見敵大音声警報】以外に注意すべき点は有りません』

「ならいいけどよ」

『夜警の戦奴を殺害する時の注意点ですが、必ず初撃で首の付け根、鎖骨のすぐ上から首を刎ねて下さい』

「理由は?」

『声帯から音を発する事の出来る身体構造である限り、脳や心肺を破壊して身体機能を奪っても確実に【声】を発します。肺から喉頭への空気排出が不可能な場合、体内魔素を喉頭へ流して音を出しますのでご注意下さい』

「トラップじゃねぇかよ…… 聞いたかオメェら」

「ブッヒ~あっぶねぇ~、俺アレだよ、こっそり近付いてから斧で胴体真っ二つにしようとしてたわ」

「……俺は槍で頭を突き刺そうと思っていた」
「わわ、私は、あの、剣で喉を突こうと……」
『メチャが一番惜しいですね、優秀です』
「あわわ、尊妻様、そんな、えへへ……」


 ヴェーダはメチャに甘いなぁ……

 ってそんな事より、ヴェーダは俺が聞かなくても戦闘開始前に教えてくれていたと思うが、地味に有効なトラップ仕掛けやがるな辺境伯……


『辺境伯はそこまで思慮深くはないかと』


 そうであって欲しいもんだ。
 ヴェーダが居なけりゃ俺達はトラップに引っ掛かっていたわけだしな、今のところ辺境伯の知略、いや『痴略』に負けてるな俺。死にたくなってきた……

 アホに一杯喰わされた感が否めない。クソう。

 さて、戦奴をどうする?

 メーガナーダで暗殺…… 駄目だ、数が少ない。数を揃えても仕留めている最中に他が声を上げるかも知れん。クソが、こんな時に30人固まっている利点が見つかったぜ辺境伯、オメデトウ。

 ダークエルフの闇魔法で眠らせる…… これも駄目、隷属魔法で眠らない状態にされている。隷属魔法の効力を上回る闇魔法を掛ければ何とか…… そんな高熟練度の睡眠魔法はラヴでも覚えてない。

 ラヴやダークエルフ達の影沼…… こりゃ『異変』だ、沈む時に声を上げられる。

 隷属魔法の書き換え…… 遠距離で書き換え出来る技量が有りゃ世話無ぇ。

 俺が人化して王国兵の装備を身に纏って潜入…… 俺の天罰を侮ってはイケナイ、誰何されて大騒ぎになる事必至。バレずに中央まで行けたとしても、能力が百分の一で物理無効が消えた俺に絶対安全という保証は無い。

 気付かれた瞬間にゴリラ化すれば何とかなるだろうが、騒がれる上に俺と離れた眷属達との間に敵が入り込む事になる。そうなると、イザって時に眷属達の傍に居てやれない、単独潜入も却下だ。

 戦奴は無視して、その先に居る獣人から始末するか……

 しかし、約500m空いた見張りの隙間ってのが、誘っているように見えるんだよなぁ……

 獣人が交わした契約は造反や逃亡の禁止と『得物を追い込む』事に徹して、自らの経験値を稼がない事だ。無論、命令遵守は当たり前、他に見落としは無い。

 騒がれるのが遅いか早いかの問題なのか?

 戦奴の平均総合力は800、他国の兵や犯罪奴隷だ、脅威となるスキルも強さも持ち合わせていない。獣人と戦う俺達の背後から襲って来ても素早く処理出来る、どうせバレるわけだから殺害方法も限定解除、力押しで鏖殺も可能だ。

 獣人の総合力平均は1,100、こちらも警戒すべき能力は無い。戦奴と獣人から挟撃されたところで痛くも痒くも無い。そもそも戦奴の数が少な過ぎて挟撃と呼べる戦術なのか怪しいもんだ。

 戦奴を無視、もしくは見張りの一角を潰して侵入した場合の問題は、戦闘開始後に起こるであろう『鳴子の連鎖』だ。見張同士の間隔が開いていたとしても、大声を上げられればしっかり鳴子として機能する。

 連鎖が始まれば、1Km四方に広がる領軍全体へ異変が伝わる。
 そうなると、総合力が万を超えた騎士と錬度の高い騎士団も動き出す。ゴブリンやコボルトでは戦闘中にレベルを上げるまで太刀打ち出来ない。

 騎士団の一つは空挺団が空から抑え込めるが、辺境伯の周囲に張り付く騎士団は物・魔防御結界の中。俺達が結界魔道具と、それを護る魔法騎士を仕留めるまでは中央の辺境伯と騎士団にダメージを与えられない。

 こちらがもたついている間に、辺境伯が魔導兵器をブッ放す事も有り得る。

 物理無効の俺でも魔力の乗った砲弾を腹に喰らえば痛い。
 俺が痛いと感じる攻撃を、眷属達の何人が防御出来るだろうか?

 眷属達は俺の物理無効を劣化譲渡されて全員に物理耐性が付いている、しかし、総合力2,000前後のゴブリンやコボルト達に、物理と魔力の同時攻撃を防ぐ事は困難、いや、無理だろう。


「どうすればいい…… なぁヴェーダ、何か良い策は無ぇか?」

『私の知識に有る戦術や策略等で宜しいのであれば、適切なものを選んで脳へ送ります。全て私に任せると仰るのならば、私の知識にある兵書の内容や過去の英雄が執った行動を基に、この状況に適した作戦を組み立てます』

「すまねぇ、眷属を犠牲にしたくねぇんだ。作戦を組み立ててくれ、俺の頭の中にもブチ込みを頼む」

『了解しました』

「ところでヴェーダ、辺境伯も白痴化してんだよな? 稀代の名将とかじゃないよな?」

『彼はメハデヒ王国が召喚した三名の勇者と懇意にしておりました。その内一人は辺境伯の長女と結婚しております』

「つまり…… 白痴どころの騒ぎじゃねぇって感じ? ついでに聞いておくが、辺境伯の知力は……」

『14です』
「え?」
『14です』


《14です 14です 14です です です です す ……》

 頭の中に『14です』エコーが響き渡る。
 有り得ない、ヒャッハーゴブリンと同レベルだなんて……


『もともと知力は平均以下だったようですが、辺境伯の娘と結婚した勇者と出会った事がトドメだったようです。辺境伯の豹変と余りの白痴ぶりに、事情を知る王家も困惑し、今まで辺境伯が身に付けていた隷属の指輪を没収して、新たに制約と指示を施した隷属の指輪を辺境伯に授け、現在の状態に落ち着かせました』

「もう死なせてやれよ……」

『勇者の義父ですので、その案は却下されました。後継ぎの男子も居りませんから隠居を申し渡す事も出来ません、勇者が後を継ぐ事もありません。そもそも勇者の姻族ですので、王家は辺境伯家に手出しが出来ません』


 隷属の指輪を新しくして辺境伯の行動に制限を掛けたのは、勇者と白痴化の関連性が外に漏れないようにする為の緊急処置か……

 勇者の血を引く王家には白痴スキルが効かないって事が救いだったな、でなきゃ今頃この世界は魔族の天下だぜ。


『そうだったかも知れませんね。では、いくつか作戦を用意しましたので、ご確認ください』

「おう、有り難う」


 ったく、要らねぇ時間取らせやがって。
 ヒャッハー辺境伯めぇ……侮れん。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 俺がヴェーダから得た戦術等の知識は素晴らしいものばかりだったが、地球の知識は少々使い勝手が悪い。

 魔法やスキルの存在が主な理由だが、『結界』が一番面倒だと感じた。これのお陰で最後の一手がもたつく。

 結界を城や要塞などに置き換えて色々と考えてみたが、結界は攻撃を加えれば破壊出来る物ではないので、この世界に有る結界破りの対処法か、物理的に結界の元を絶つしかない。

 この世界の対処法と言えば、トモエやイセをすぐに思い付くが、それは無理なので除外。アンチバリアの魔法や魔道具は無し、ヴェーダの分析で他の解除法は解るが、遠距離での解除法は実行するヒマと必要な物が無い。

 結界を排除しなければ、この世界のルールで地球の戦術を使う事になる。十分に通用するが、チェックメイトが出来ない。

 ヴェーダがアートマン様から得ている知識は地球の物がほとんどだ。それ以外は様々な制限を設けられている。俺の成長とアートマン様の『復活状況』に合わせて限定解除されるらしいが、今のヴェーダが有する知識に他世界の情報は僅かしかない。

 しかし、この世界の歴史などは十分過ぎるほど開示されている。
 ヴェーダはその知識の中からこの世界の兵法を調べ上げ、俺に教えてくれたのだが…… 残念ながら、地球の兵法に勝ると思われるモノは無かった。

 さらに、四百年ほど前から急激に兵法の質が落ちている。
 勇者の白痴化がもたらした悲劇だが、脳筋を量産する事には貢献したようだ。

 即ち、この世界の兵法も役には立たない。

 その内容は、九割が『スキルと魔法の力押し』である。
 残りの一割は白痴化した敵を棒立ちにさせて魔法を打ち込む等、相手がアホだという事が前提となった兵法だった。

 力押しは実力差があれば有効な手段だ。俺だって普通に使う。

 しかし、今回は人間同士の戦いであると偽装する必要が有る。死体の損壊具合を見た人間が『未知なる攻撃手段を持つ相手』だと思ってもらっては困る。疑念と推測の中に『魔族』の存在を入れるわけにはいかん。

 出来る事なら【飛石】の雨を降らせて領軍の兵力を削ぎ落としてやりたいが、眷属達に経験値を稼がせるという理由も含めて、飛石の雨は封印せざるを得ない。


「結局、オーソドックスに奇襲を掛けて、結界の元を絶ちに行く方向で決まりか」

『鼻の利く獣人が居りますので、風下の西側から奇襲を掛け、野営地の西側の二角と中央の三方から突撃しましょう。戦奴に騒がれますが、西側には騎士団が配置されておりませんので、野営地中央までの進攻が比較的早まるかと愚考します』

「30人で固まってなきゃぁなぁ、肉壁に守られた奴が必ず吠えるってのが厄介だ…… じゃぁ、速度重視でダークエルフの三人に三か所の見張りを影沼で沈めてもらって、空と地上から一斉に同時攻撃、蟲も一斉攻撃に加える。これでやってみるか」


 三方から攻めて、すぐに中央で合流させよう。
 中央は俺とメチャとスコル&ハティ、北はジャキとレインとラヴ、南はミギカラとメーガナーダ。

 兵は半分に分けて南北に配置、俺が居る中央には要らない。
 ピクシーはダークエルフの影沼内に潜ませて、戦奴を魔法で殺させておくか。

 連携はヴェーダの眷属ネットで完璧。
 魔導兵器の餌食にならないように散開、足を止める事が無いようにさせる。

 あとは…… うん、問題無い。


「よし、作戦開始だ」


有り難う御座いました!!
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ