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第四十九話『俺はゴリラだ』
宜しくお願いします。
「はぁ、はぁ、ご、御恩情賜り、恐悦至極に存じます…… うぅ、グスッ」
「あ、いや、こちらこそ、得難い人材を眷属に出来た。有り難う」
第一砦の地下通路入り口、妖蟻兵詰所の一室でナナミの眷属化を果たした。
この部屋には俺とメチャ、ササミとナナミの四人だけしか居ない。
ササミとガンダーラへ来たナナミは、妖蟻の族装であるアラビアンな白い衣服を纏い、上半身には赤い生地に金糸の豪華な模様が施されたベストと、可愛らしい草花の刺繍が縁を飾る目元が空いたヴェールを頭から被り、小さな赤い花束を両手で持って俺を待っていた。花嫁かな?
彼女との出会いは互いに清々しいものではなかったが、こうしてシコリを取り除けて良かったと思う。もっと早く俺から彼女に眷属化をお願いしておけば、彼女も肩身の狭い思いをせずに済んだはずだ。好い男失格だな。
眷属化と進化を果たした彼女は、熱い吐息を漏らしながら泣いている。
ササミがいつもの眠たそうな目で俺に目配せした。
分かってるさ、相変わらず優しい子だ。
ササミは俺とメチャが帰還後すぐ会いに行かなかった事に怒る事も無く、ただ無事を喜んでくれた。あとでちゃんと詫びる事にしよう。
俺はナナミの肩を抱いて、部屋の隅に在る長椅子に二人で腰を下ろす。
ナナミが落ち着くまで、彼女が好きな走竜の事などを話していると、普段の調子を取り戻したのだろうか、ナナミは地竜の亜種である走竜フグリキャップの魅力を熱く語り始めた。
どうやら彼女は、大の走竜好きだったようだ。
俺もサラブレッドが好きだったので、とても話が合った。ササミとメチャも話に加わり、ちょっとした茶飲み会を楽しんだ。
「ほほぅ、ナナミの走竜は良血だな」
「はいっ、とっても賢くて、可愛いのですよ~」
「私の走竜も、可愛ぃ……」
「わ、私は鹿に乗った事ある……」
メチャには今度、この世界の馬をプレゼントしよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ではナナミ、ササミ、今日は有り難う。気を付けて帰ってくれ、護衛の皆も御苦労さん、気を付けてな」
「はい、次回は陛下に走竜を献上させて頂きたく存じます。それでは陛下、失礼致します。メチャさん、またお茶しましょう、では」
「陛下、また、すぐに来ます…… あの、チュッ、失礼致します。メチャ、ばいばい」
「ばいばーい、お二人とも、お気を付けてぇ~。護衛さん達も、さようなら~」
何だかんだで二時間も馬談議に花を咲かせてしまった。
久しぶりに趣味の話をして、地上の血生臭い空気を一瞬でも忘れる時間が出来た事は、とても有意義だったと思う。
それに、走竜のスピードを競わせる競竜の話は非常に興味深かった。博徒の魂が揺さぶられるぜ……
ガンダーラは水の都だ、やはり水竜を競わせる事も考えたい。
競馬の『芝』と『ダート』のように、『森』と『水濠』で分けるのはどうだろうか? そうなると、森と水濠でルールを変える必要が出てくるな……
いやぁしかし、夢が広がる。
カスガ女王杯とか、アートマン記念とか、あ、賞金はどうしよう?
大森林の魔族は貨幣経済が成り立っていないからなぁ……
そもそも魔族の国で貨幣を扱っているのは少数だ、しかも山脈の向こう側とか別の大陸で使われている独自の貨幣…… 俺達も独自の貨幣を作った方がいいのかなぁ…… となると造幣局も……
「け、賢者様ぁ、ササミちゃん達は、もう帰りましたけど、あのぉ……」
「ん? あぁスマン。上に行こう」
「は、はい!!」
競竜と貨幣は落ち着いてから考えよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ササミ達が帰って六時間ほど経った。
その間に魔竜の動きは無し、不気味だ。
現在午後八時、夕食を終えて歓談していたところにワイバーン参上、シムラを筆頭に74頭のワイバーンが駐屯地に舞い降りた。
「ブッヒ、見ろよレイン、こいつぁ壮観だぜぇ」
「……八十近いな、大きな群れだ」
「よ~しよしよし、よくやったなシムラ!!」
「け、賢者様ぁ、怖いですぅ……」
「心配するなメチャ、今からコイツらは全部眷属になる。そうなりゃお前の家族だ」
「な、なるほどなー。で、でも、怖い……」
「ブ、ブヒッ、俺が、守ってやんよ……」
「あ、大丈夫だよ、賢者様が居るから」
「だよなっ!! 兄貴が居るもんな!!」
「……憐れな、見てはおれん。おいジャ――」
「レイン殿、野暮はこのミギカラが許しませんぞ~」
「……弟が傷付く未来を防ぐ為だ、肩を放してくれ南浅王」
「ハッハッハ。まぁまぁレイン殿、お待ちなさい、主様曰く『士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべし』だそうです。彼は必ず成長する、見守りましょう」
そこでその言葉を出すのは如何なものかなミギカラ、勿体無い故事の使い方を見たような気がする。
何だか後ろで青臭い香りを放ちながら盛り上がっているようだが、今は無視してワイバーン達の眷属化を進めよう。
「シムラ、皆を集めろ、あっ、シムラ後ろっ、後ろっ、危ないなぁ、リュウちゃんを水路に落とすところだったじゃないか~」
「グッフンダ~」
「ングゥアゥ!!」
「よしよし怒るなリュウちゃん。それじゃぁシムラ、眷属化を承諾するようにと皆に伝えてくれ」
「グアイ~ン!!」
では始めよう。
トップバッターは…… 君に決めた!!
シムラより2レベル高い、コイツがボスだったのかな? 眷属進化したらコイツが一番強くなりそうだ。
「精気を流すから大人しくしてろよ~」
「グァルデシカシ!!」
変な鳴き声の旧ボスに精気を流し込む。
精気を受け入れられる量はシムラより少し多い。
「……よしっ、完了。総合力は45万、シムラより4万高いじゃないか、さすが旧ボス。お前の名前は『ヤスシ』だ、宜しくな」
「グァルデシカシ!!」
ヤスシは一声上げると踵を返し、シムラをド突きに向かった。
シムラの後頭部に尻尾の一撃を叩き込むヤスシ、シムラは水濠まで吹っ飛んで土壁に激突、「グ、グッフンダ」と鳴いて気絶した。
ヤスシが群れのボスに返り咲いたようだ、ワイバーン達がヤスシを讃える咆哮を天に放つ。だが、L・ヒゴとジモン、リュウちゃんはシムラ派なのだろうか、シムラの許に飛んで行った。素晴らしい友情だ。
よ~し、どんどん眷属化していこう!!
次は…… 君に決めた!!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
二時間ほどで74頭のワイバーンを全て眷属化出来た。
時刻は夜の十時を少し回ったところだ。
ワイバーン達は北の山脈へ戻らず、駐屯地の空き地でノンビリしている。カストルとポルックスが居れば、シムラの背中に乗せて遊ばせるんだが、今は妖蟻帝国でアカギやカスガにペットとして可愛がられているので居ない。
カスガは仇敵の忘れ形見を見て「可愛いな」と笑って抱き締めたそうだ。妖蜂の女性はみんな懐が深い。カスガやアカギには俺が纏う大熊マントの香りが付いている、カストルとポルックスも安心して甘えるだろう。
赤ん坊、子供……
育つ環境次第で歩む道が大きく変わる。
カストルとポルックスがこの環境で育てば、母親の如く無差別に魔族や魔獣を殺す事はないだろう。
今はまだ赤ん坊の新世代アハトマ・ゴブリン達も同じだ。親と同じ最弱として育つわけではない、周囲に居る色んな種族の大人が彼らを抱き上げて愛情を注いでいる。
そうやって育った彼らはどのような価値観を持った魔族になるのか、親が恐れていた妖蜂や妖蟻に対して恐怖は抱かないだろう。子守りをしてくれた狼や共に遊んだ仔熊達と同種の魔獣を、狩りに出た彼らがただの獲物として見る事は出来ないかも知れない。
育つ環境が子供に与える影響はそれだけ大きい。
親とはまったく違う、正反対の価値観を持つ事だってある。
この世界の人類もそうなのだろうか……
魔族には既に神々の加護が消え始めている、神々の意思は魔族に届く事はない、もう影響を受ける事はなくなった。魔族は自分達の力と意思で歩む道を造り上げる事が出来る。
しかし、人間や獣人には多くの神々が加護を与え、神託や能力授与など助力は絶えない。神々が人類に与える影響は、思想から個人的な利益に至るまで広範囲に及ぶ。
では、人間の赤ん坊はどうだろうか?
赤ん坊は母親から生まれた瞬間、両親が崇める神から加護を賜る。
俺の眷属を除けば、加護を賜るタイミングは魔族も人類も同じ、その時点で既に赤ん坊は神の影響下だ。
そのまま育てば通常通りの『人類』に育つ。モンスター具合がどれほどになるかは環境次第だが、『魔族・魔獣は化物』という価値観は変わらない。
ならば、人類の赤ん坊を魔族が魔族の環境で育てるとどうなる?
神々の加護は消えるのか?
価値観は変わるのか?
俺以外の人外に友情や愛情を胸に抱くようになるのか?
『人類が優勢である限り加護は消えません。加護の有無を問わず価値観も変わりません、これは魔族も人類も同じです、仲良くなっては遊戯が終わりませんので。故に、友情や愛情を感じる事は人類も魔族も互いにありません』
「……そうか」
『次の戦場で近隣住民を皆殺しにする決意が揺らいだのですか?』
「いや、テイクノ・プリズナの時は考えなかったが…… 魔族と人間が争っているという事実を認識出来ない者、例えば赤ん坊が居た場合、そいつを殺す事は『無駄な殺生』になるんじゃないかと思った。皆殺しをやるにしたって大義が薄い、殺す事に戸惑いは覚えんが、アートマン様を裏切るような真似はしたくない」
『なるほど、では一つ情報を。人類が暗闇で灯す明かり、その明かりには様々な種類が有りますが、その一つである“魔導ランプ”の燃料となっている物は、ほぼゴブリンとコボルトの魔核です。一般的な家庭には多く普及しています』
「魔道具の燃料か……」
『水を温める、火を熾す、風を送る、揺らす、回す…… 様々な動力に魔族の魔核が使われています。魔獣のそれより魔力量と質が良いので、魔族の魔核は優先的に市場へ流され、それを買い漁る人類に普及しています』
「ガキや力の無い者達も、その恩恵に与っている、そう言いたいのか?」
『その恩恵を受けながら育った非力な子供は、魔族を敵視する価値観を抱いたまま大人へと成長します。力の無い者達は何の感慨も無く当たり前のように生活魔道具を使い魔核を消費しています、獣人国での人間や人間国での獣人は、その日の糧を得る為に最弱の魔族を狩ります。そこに魔族への憐れみも感謝の念もありません』
「そうかよ……」
『それは魔族も同じです、立場が変われば人類の魔核で生活を豊かにする事でしょう。互いが尊重し合う事は決してありません』
どうしようもねぇ世界だなこりゃぁ。
眷属達の人類に対する認識も、普通の魔族と変わらない。
俺が命じて認識を改めたところで、人類側の認識はそのまま、不利益を得るのは眷属達だけだ……
まぁ、俺も人類に対して認識を改めようとは思わん。
この遊戯が終わるまで、奴らはモンスターだ。
ヴェーダのお陰で杞憂が消えた。
思う存分モンスターを狩ろう。
そして、斉暦元年・八月三十一日を迎える。
有り難う御座いました!!
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