はい、栗本動物病院です。

東京都小平市の栗本動物病院です。ときどき更新しています。

獣医学部新設のニュースに、現役獣医師が思うこと。

さいきん、加計学園など 何かと話題の 獣医学部
獣医という単語を こんなにテレビで見聞きすることが あったでしょうか。
獣医師は、憧れの職業ランキングや、親が子どもに就いてほしい職業ランキングなどでも よく名前が上がるような、とてもメジャーな職業ですが、新しく獣医師免許を取得する人は 毎年1000人程度。
同じ6年制大学を卒業して受験する 医師国家試験・薬剤師国家試験は、どちらも合格者数は1万人近いので、大きな差があります。
これは、獣医師国家試験が狭き門だからというわけではなく、医師国家試験・薬剤師国家試験とは、受験者の数が全くちがうから。
合格率をみると、どれも大きな差はありません。
では、なぜ獣医師国家試験だけ、圧倒的に受験者が少ないのか?
それは、獣医師国家試験の受験資格を持つ人が 圧倒的に少ないから。
医学部は80、薬学部は73に対し、獣医学部・学科は 16です。
獣医学部の学生は、医学部・薬学部に比べて とても少ないのです。
なぜか?
獣医学部が少ないからだ!だから、増やしたらいい!と、思いますよね。

でも、そんな単純な問題ではありません。

獣医師が足りない といわれています。
でも、わたしたちのように ペットを診る獣医師。
都内をはじめ、都市部ではずいぶん前から 有り余っているといわれています。
開業しては潰れ、潰れてはまた開業し。
知り合いに、2軒の病院を開業しては潰し、3軒目のためにいま 複数病院を掛け持ちして働いている先生もいます。
大学に顔をだせば、「23区内で猫を診る病院で働きたいです」「公務員になりたいです。関東6県、できたら首都圏。受けれるところは全部受けます」という後輩ばかり。
地方に行きたいという子は 学年にわずか数名というのが実感です。
何を隠そう、1号も、小学生のころからペットを診る獣医師になることしか考えていませんでしたから、そんな後輩たちに「意識が低い!もっと日本の獣医療のために地方に行かんかい!」などとは 言える立場ではありません。

いっぽう、公務員獣医師や 家畜を診る獣医師はたしかに足りていない状況。
特に、地方ではこの獣医師不足は深刻です。
地方こそ たくさんの家畜がいて、そんなところにこそ 公務員獣医師や家畜を診る獣医師は必要なのに、地方に行きたいとか 家畜を診たいという気持ちで獣医師になる人は ほとんどいないんですね。
でも、公務員獣医師や家畜を診る獣医師たちと話していると、それも仕方ないと思わずにはいられない状況があることは、知られていません。

たとえば、公務員獣医師。
安定しているだろうし、獣医師免許を持っているなら、お給料だって高いんじゃない?なんで目指さないの?と思いますよね。
でも、実は、医師や薬剤師と同じように 6年間大学に通い、学費を払っていても、公務員としての給与体系がぜんぜん違うために、医師で公務員の人より 収入が驚くほど少ないこと。
公務員は労働基準法の適用を受けないので、伝染病が発生したなどの状況次第では 残業月100時間など当たり前に超えること。
どうぶつが好きで獣医師になったのに、おそろしい病気を広げないために、病気でないどうぶつたちをも 自らの手で殺さなくてはならない場合もあること。
そういったマイナスの面は 知られていないなと思います。

家畜の獣医師。
彼らは、夜中だろうが親が危篤だろうが、難産といわれれば東に走り、伝染病かもしれないと言われれば西に飛んでいくのは当たり前。
さらに、わたしたちのような ペットを相手にする獣医師に比べ、家畜を相手にしていると どうしてもケガが多くなります。
噛まれる・引っかかれるようなケガは ほとんどないけれど、牛にどつかれる・馬に蹴られるなど、後遺症が残ったり 命に関わるようなケガをしてしまうことが とても多いのですね。
知られていませんが、家畜相手の獣医師は ケガや死亡のリスクが高いために、生命保険や医療保険に入れないことも。
そして、家畜はどうしても大きいため、ある程度の身長・手足の長さがないと 診察すらできないこともよくあります。
物理的に腕の長さが足りず、牛の妊娠チェックなどができない。
難産の子牛を引っ張りだしてやりたいけれど、腕力が足りない。
家畜を相手にしていると、こういう話はしょっちゅうですが、一般の方はもちろん わたしたちのように小動物を診ている獣医師からしても、想像もつかないようなデメリットですよね。

そういうことをぜんぶ加味して、それでも地方で公務員や家畜を診る獣医師になりたいという人。
そんな人だけが受験するのでなければ、学部だけ増やしたところで 獣医師不足は解決しません。
今よりもっと、首都圏に獣医師が溢れかえり、地方との格差が広がるだけです。

特に、私立大学の場合、学費が高く大学の資金が潤沢。
そうなると、箔付けになるような 高額な設備や、有名な先生を教員として招くことがよくあります。
一般の人、中でも大学受験するくらいの年代の人や、その親世代が知っているような設備や有名人となると、やはり小動物のジャンルに偏りがち。
日本に数台しかない放射線治療の装置があります!というほうが、伝染病の検査に使う特殊な検査装置があります!より なんとなくすごそうな気がする。
テレビに出てた○○先生のいる大学なら、なんとなくいい大学っぽい。
偏差値や受験科目がそんなに変わらなければ、そんなフワッとした基準で受験する大学を決めたという人も多いんです。

1号も私立大学出身ですから、悪口を言いたいわけではありません。
ただ、学部を単純に増やしたところで、公務員獣医師や家畜を診る獣医師の不足は 解決しないのではないか… と思っています。

いろんな人が いろんな立場で いろんな意見を言いますね。
みーんな合わせて、獣医師はもとより どうぶつに関わる業界が より良くなっていけばいいなと思います。
当院も 微力ながら お手伝いできたらいいと思います。