初のICBM発射実験

北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射しました。ICBMの発射は初めてとなります。
北朝鮮による弾道ミサイルの発射について(第2報)(2017/7/4 防衛省)
北朝鮮は、本日9時39分頃、北朝鮮西岸の亀城(クソン)付近から、弾道ミサイルを東方向に発射した模様です。詳細については現在分析中ですが、現時点で発射が確認された弾道ミサイルは1発で、2,500kmを大きく超える高度に達し、約40分間、約900km飛翔し、我が国の排他的経済水域(EEZ)内の日本海上に落下したものと推定されます。我が国の安全保障に対する重大な脅威であり、断じて容認できません。



従来確認されていたKN-08やKN-14と比べると、弾頭形状などが異なりますね。

今回の発射軌道は明らかにロフテッド軌道で撃たれたものですので、通常の最小エネルギー軌道で発射されればより遠くまで届くことになります。

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(亀城を中心に900kmの射程範囲。正距方位図法。)

米軍は「火星14」を" intermediate range ballistic missile"(中距離弾道ミサイル:射程3,000〜5,500km)としていますが(米太平洋軍)、Union of Concerned Scientistsのデビッド・ライト氏は"通常軌道であれば6,700kmに達する"と分析しています。

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(平壌を中心に5,500kmの射程範囲。正距方位図法。)
5,500kmだと、アラスカにようやく届くくらい。米西海岸都市やハワイにも届きません。

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(平壌を中心に6,700kmの射程範囲。正距方位図法。)
仮に6,700kmに届くとすると、アラスカ全域は収めるものの、やはりまだハワイや西海岸都市を攻撃するには及びません。韓国聯合ニュースでは8,000kmという数字も出ていたりもしますが、ん〜、個人的にはやや過大評価かな、と見ております。


米国の迎撃システムの主力はGMD

米国には、米本土防衛専用システムとして、GMD(Ground-based Midcourse Defense:地上配備型ミッドコース防衛)があります。2017年5月、GMDはICBM迎撃実験に成功したばかりです。

GMDで使用される迎撃ミサイルは、GBI(Ground Based Interceptor)といい、現在フォートグリーリー基地(アラスカ)に26基とバンデンバーグ空軍基地(カリフォルニア)へ4基配備されています。2013年3月、このGBIを14発増やして44発にすると発表されました。

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(GBI配備サイト)

米本土に飛来するICBM迎撃は、基本的にはこのGBIが担います。USPACOMあたりが「火星14」をIRBMとみなしているのは、GBIが「火星14」には十分機能し、現時点では北朝鮮のICBMをゲームチェンジャーと位置付けるつもりがないという意思の表れかもしれません。米国周辺に展開したイージスBMD艦(SM-3ブロック2A搭載が前提ですが)が補完的に射手となることもあるでしょう。以前、NORADのゴートニー司令官は、KN-08に対してGMDが機能すると明言していたので(過去記事)、「火星14」に対してもその評価が大きく変わることはないでしょう。

日本でも敵基地攻撃論が議論されていますが、航空機による爆撃も巡航ミサイルによる精密攻撃いずれも北朝鮮の移動式発射車両をつぶし切るのは大変難しいものです。湾岸戦争でイラク軍の移動式スカッドミサイル発射機を米軍は最後まで破壊しきれませんでした。現在はUAV(無人機)による偵察・監視能力が向上しているとはいえ、砂漠が広がるイラクと山岳部の多い北朝鮮ではどちらがかくれんぼに適しているかは言うまでもありません。

今回の「火星14」の発射実験に関しては、北朝鮮にどのくらい秘匿の意思があったのかはわかりませんが、米軍はRC-135S偵察機を飛ばすなど、すでにその予兆をつかんでいたことは確かです。ただし、ゴートニー司令官も認めている通り、米国は北朝鮮を永続的にカバーするISR手段を持たないので、北朝鮮のTELを発射前に全滅させるのは難しいでしょう。


日本への影響

北朝鮮による日本への脅威はなんといっても実戦配備済みのノドンです。さらに量産体制に入ったと伝えられる固体燃料式準中距離弾道ミサイル「北極星2号」が大きな脅威となりつつあります。

では、「火星14」は日本にどのような影響をもたらすのでしょうか?

北朝鮮から米本土に向けて発射された弾道ミサイルが、日本の上空を通過しないことは以前説明したとおりです(参考記事)。一方、ハワイやグアムを狙って撃った場合には日本上空を通過します。
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(北朝鮮→ハワイ)

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(北朝鮮→グアム)

日本には北朝鮮からハワイへ向かう弾道ミサイルを迎撃する能力がありません。「火星14」が日本を攻撃することもまずあり得ないので、有事においては、海上自衛隊のイージス艦がセンサー・ノードとして前方展開し、米艦の射手に探知・追跡情報を送信するといった役目を果たすことなどが考えられます。

国際社会への影響

これは「火星14」に限ったことではありませんが、ミサイルや核技術を他国へ売ることが北朝鮮の体制を支える一因となっています。同時に、北朝鮮のミサイルや核技術は北朝鮮だけの問題にとどまりません。パキスタンやイラン、そして中国との技術提携はよく知られています。 とりわけ、北朝鮮とイランの技術交流は緊密です。北朝鮮からイランへ核開発技術が伝わることは中東諸国の不安を呼び、米国やヨーロッパももはや他人事ではなくなってきています。イランのミサイル技術が北朝鮮に還元されることもまたしかりです。

北朝鮮のミサイル&核開発問題は、日米や東アジアだけでなく、より広い多国間で懸念を共有して欲しい問題です。


侮れない技術力と今後のハードル

北朝鮮はすでに2012年、2016年に人工衛星を太陽同期準回帰軌道に投入することに成功しています。その技術力は侮れません。

一方、ある程度の信頼性を得ているスカッド・シリーズやノドンとは異なり、IRBM〜ICBM級の長距離弾道ミサイル開発には依然としていくつもの技術的なハードルがあります。特に、再突入体(RV)の開発は難航するのではないか、という指摘があります。弾頭が大気圏外から大気圏内へ再突入する時の高温・高圧条件は、長距離ミサイルになればなるほど厳しくなります。とはいえ、北朝鮮はすでに再突入体開発を進めており、2016年に模擬実験成功により「大気圏再突入技術を確保」と発表されています(米国防相、韓国国防省は否定的)。米露中のような信頼性のある技術を獲得するまでにはまだ時間がかかるでしょうが、ロケット/ミサイル技術開発に関する北朝鮮の歩みは大変堅実なものではないでしょうか。

長距離弾道ミサイルを戦略兵器とするためには、核弾頭の小型化も不可欠です。長距離弾道ミサイルにはビルを狙い撃ちするようなピンポイント攻撃能力はありません。だからこそ弾頭に大きな破壊力を持つ核兵器を搭載することで数km圏内をなぎ払うというのが、長射程の戦略級弾道ミサイルの使い方です。KN-08のようなICBMは核とセットでなければならないのです。水爆実験発表や度重なる核保有宣言が示すとおり、北朝鮮はこのことをよく分かっています。北朝鮮が核兵器の運搬手段として弾道ミサイル開発にいかに真剣に取り組んでいるかはこれまでの陸上発射型弾道ミサイルを見ても分かりますし、近年は潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)開発まで始めました。

米国防総省などでは、北朝鮮はすでに核弾頭小型化の技術を一定程度まで確保しているとの見方で(立証はできていないようですが)、その前提でミサイル防衛網を構築しています。

「火星14」はゲームチェンジャーではない、と先述しましたが、北朝鮮の弾道ミサイル開発状況を観察していると、いつ本物のゲームチェンジャーが現れるかはもはや時間の問題です。『ワシントンポスト』紙上にてモントレー国際大学院ジェームズ・マーティン不拡散研究所(CNS)上級研究員Melissa Hanham女史が言及しておられるように、 "Is this particular ICBM going to hit D.C.? No. But are they working toward it? Yes"というのが、北朝鮮のICBMの現在地ではないでしょうか。

核開発問題を含め、米国はレッドラインをどこに引いているのか、そしてそれを超えた時にどのようなリアクションをとると計画しているのか、といったところを関係国は真剣に探る時期に来ています。