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第三十九話『上か、下か、好きなのは南』
宜しくお願いします。
穴に籠ったままの地竜、その事を聞いた眷属達は声を失った。
ジャキが俺の額を見つめながらヴェーダに問う。
「そ、それマジで?」
『私の虚言だとでも?』
「違います、勘弁して下さい」
ジャキはヴェーダの情報を疑ったわけじゃない、その事実が信じられなかっただけだ。ジャキ以外の眷属達も驚いている。
大森林を塞ぐ長城が完成したのは二百年前、大森林を領地として版図に加えた三つの王朝が築いた壁と要塞をメハデヒ王国が繋げた物が現在の長城だ。
四百年前に最初の王朝が要塞を築いた。それから少しずつ壁と要塞は増え続け、二百五十年前に地竜が大森林に棲み付いて人間を遠ざけると、各地から魔族や魔獣が大森林に集まった。
三つ目の王朝をメハデヒ初代王が滅ぼせたのは、地竜が暴れ回ったお陰らしい。
そのメハデヒ初代王が国を興して真っ先に手を付けたのが長城の建設だ。
初代王は西の教国と東の大国スーレイヤに地竜の脅威を説き、両国の援助を得た初代王は四十年の歳月を掛けて長城を完成させた。
初代王が在位期間と同じ四十年を費やして完成させた長城、その長城はしっかりと役割を果たし、完成から二百年経った今でも地竜を大森林に閉じ込めている。
――と思っているのは人間だけで、地竜は大森林どころか最深部の洞窟から出ていないのが真実だ。
そして、たった今この『大森林の歴史』をヴェーダが眷属達に教え終わった。
眷属達はそれぞれの種族同士で見つめ合い、互いに首を振り「知らなかった」と意思を示した。ジャキは目を閉じて思案顔、ハーピー達も顔を寄せ合って何か話し合っている。
大森林最強の存在が幻かも知れない、この事が彼らに与える影響はどういったものだろうか?
岩から生まれて三カ月も経っていない俺には、この森の地竜に関する“民間伝承”的な話をガキの頃から聞くという機会が無かった。
地竜の事はただの知識としてヴェーダが俺に教えてくれた。
手軽に教えて貰った俺には、大森林を占拠した古の地竜に対する畏れや尊敬といった思いは無い。
ヴェーダは時と場合によって俺への知識教示方法を変える。俺と会話するように説明してくれる場合と、一瞬にして知識を脳にブチ込む場合の二通りだ。
通常は前者が多いが、俺が急いで考えを巡らせている時や、ヴェーダが必要だと判断した時は事前報告無しで後者となる。
今回教えて貰った大森林の歴史は“ブチ込み式”、地竜への畏怖なんぞ覚えるヒマも無い。眷属達が抱いた“大森林最強”への思いは、俺が抱くモノとは大きく違う。
眷属の心情はある程度、主の俺は知る事が出来る。
しかし、今回の件で彼らに与える影響までは判らない。
大森林の覇者不在。これは確定ではない、だが、大森林育ちの彼らにとっては重要な事だと思う。ヒーローの存在を否定されたような思いを――
「こりゃぁ兄貴が天下取るチャンスだぜ、なぁメチャ」
「何を今更、大森林は既に賢者様の物ですぅ~」
「ダーリンが大森林の覇王に…… 蹂躙が始まるのねっ!!」
「影沼が使える同族が欲しいわねぇ、輜重隊として」
「クックック、胸が躍るなぁサオリっ!!」
「フッ、工兵隊に出番は無いわよオキク」
「シタカラ、今晩からまた励むぞ」
「親父、次は妹が欲しいぜ、二人欲しいぜ」
『士気が上がりましたね』
「う~ん、有りやな」
どうやら、良い方向に影響を与えたようだ。
俺とハーピー達の会談はヴェーダが眷属達に生中継している。俺達の傍に居ない者達からも威勢のよい声が続々と上がってきた。
この場に居ないカスガやアカギにもヴェーダは中継しているだろう。今頃アイツらはガンダーラが北伐へ向かっている期間中の浅部防衛策を練っているかも知れんな。まぁ、イセとトモエが居れば、東浅部と南浅部が落ちる心配は無い。
「少し休憩して、次は洞窟の話だな」
『お客様は昼食を摂っておられないようです』
「そうなのか、じゃぁ、彼女達には飯を用意しよう」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ぁぁあ、また口元に食べカスを付けて……
ぁぁあ、またそんなに足を上げて水を……
ぁぁあ、また胸元に肉汁を垂らして……
ぁぁあ、またそんな穢れ無き笑顔を……
オゥ、ビ・アンカ……
放ってはおけん、放ってはおけんぞ君達。
とりあえず、左の子の口元をこの布で―― ッ!!
その時、俺の横を華麗に通過する肉団子が目に入った。
「おいおい姉ちゃん、見ちゃいらんねぇなぁ~、この手拭い使いなよ。あ、そっちの彼女はこの手拭いで胸元のソレ拭きな。え? 礼なんて要らねぇよ、このくらいの気遣いは“好い男”の常識だぜ、へへっ」
お前…… 原チャリこの野郎……
好い男ってドコ居んだよ、豚しか居ねえよ、デレっとしてんじゃねぇよ。
無いわ~、コレ無いわ~、美妖鳥と野豚とか誰が得すんだよ馬鹿野郎が、テメェはその辺のスズメ飼って愛でてりゃイイんだよ豚骨ラーメンマン。
『なかなか紳士ですね、豚骨ラーメンマン』
紳士? 馬鹿言うな。
勃起した豚骨ラーメンマンなど、ただの豚だ。
赤い小型プロペラ機に乗ってハイジ山脈に墜落する豚だ。
……だが、悪い豚じゃない。
少しだけ好い男の条件が備わってきたようだ。フッ。
そろそろ彼女達の昼食も終わりだ、第2ラウンド開始と行こう。
「美味しゅう御座いました。にぱぁ」
「ははは、お粗末様。それじゃ、洞窟について話そうか」
ピッピ達の“にぱぁ”を頂いた俺は、自分でも気付かないうちに追加のデザート干し柿を彼女達に与えていた。なんて危険な存在なんだ、益々放ってはおけんな。
「いいなぁ、俺も干し芋ほしいなぁ…… チラッ」
ジャキは放っておいていいので、洞窟の話をする。
俺は時間を無駄にしない、干し芋をかじりながら話をしよう。
「あ、兄貴ぃ……」
「さて、もう皆は気付いていると思うが、地竜が棲む洞窟は、ダンジョン化していると予想される」
「け、賢者様ぁ、あのぉ、わ、解っていない者も居ると思いますので、何故ダンジョン化したのか、あのぉ、御説明願えますでしょうかぁ? あ、モチロン、私は存じ上げておりますよ? 侍女ですから!!」
「あ、うん。そうだな、先ず、地竜がダンジョンマスターやマスターの眷属だと仮定した場合、これは当然、洞窟はダンジョンという事になる。他の場所ではなく洞窟がダンジョンだ。地竜の眷属と名乗る者達が洞窟に住んでいる事はハーピーが確認している」
「なるほどなー」
「そうか、洞窟が魔素を放出する魔窟やダンジョンだと考えれば、大森林の魔素が濃い理由にもなるな……」
「そう言う事だ。次に、地竜が二百年以上姿を見せない理由として、ダンジョンマスターの制約が挙げられる。ダンジョンマスターは自分のダンジョンから出られないってやつだ。不老と強力な能力をダンジョンコアから授かる代償として、その身が滅ぶまでダンジョンに縛られる事になる」
「えっ、そうなんですか?」
「マジかよ兄貴、知らなかったぜ……」
ラヴやエルフ、ドワーフ達は知っていたみたいだな。
他の眷属達は妖蜂族の仕官以外知らなかった御様子。
ハーピー達も同様に初耳だったようだ。
「大森林でダンジョンの情報を得るのは難しいからな、だが真実だ。そして、行動範囲に制限が掛かったダンジョンマスターの取る行動が、生物の誘致、ダンジョンに喰わせるエサを招き寄せるって事だ」
「賢者様ぁ、そ、それは、どういった意味でしょうかぁ?」
「正確に言えば、ダンジョンコアに喰わせるエサだな。マスターやコアが、ダンジョンや魔窟内に高価な宝を置いて冒険者を釣るのは知ってるな?」
「あ、あの、知りませんでした……」
「ハハッ、気にすんな!! 釣られた冒険者は一部の例外を除いて魔物やトラップで生け捕られるか殺されるかの二択だ、生け捕られた奴は家畜として『生気』を吸われ続ける。殺された奴はダンジョンが吸収し、コアに生気変換されて消滅する。例外は眷属化された冒険者だ」
「生気とは何でしょうか?」
「命の源だ、それが尽きれば死ぬ。ダンジョンで死ぬ人間は死ぬ際に生気を全て抜かれ、さらに死体を生気変換されるわけだから、コアに二度生気を献上する事になるな」
「フムフム、何故コアは生気を吸収するのでしょうか?」
「ダンジョンを強化する為、またはダンジョンマスターに力を与える為だ。例えるなら、お前達がアートマン様を崇める信仰心を生気、コアを神像とすれば解り易いかな? 信仰心が多く集まれば神像、つまりアートマン様の力が増し、ガンダーラや俺が強化される、この構図と同じだ」
「え、何? 神像拝むと兄貴が強くなんの?」
『神像ではなくアートマンへの信仰です、馬鹿ですか?』
「あ、ハイ」
『アートマンを崇める者達が増えた事により、ナオキさんがアートマンから下賜される品が増えているでしょう?』
おお~!! と、眷属達も納得した表情だ。何故か拍手も聞こえる。
そう言えばFPの事とか知らんしなコイツら……
『他言は無用ですよ、貴方の“お妃候補達”がオネダリして来ますから。特に妖蜂の王妹が』
はいはい、分かってますよ。
トモエは『アハトマイト製の武器くれ、クソ旦那様』とか言いそうだしな。
そんな恐ろしい事は考えずに、話を進めよう。
「つまり、ハーピー達に冒険者を毎日献上させている理由がコレなんじゃないかと思うわけだ」
「さすが賢者様です!! 絶対当たりです!!」
「でもよぉ兄貴、強化されるのは解ったけど、マスターのレベルは上がらねぇんだろ?」
「上がらんな。そもそも深部の奴らは高レベルだ、しかも地竜は確実に二百年以上生きた強者、そのレベルは相当なものだろう。低ランク冒険者を千人殺しても、1レベルも上がらんと思うぞ」
「じゃぁ、どうやって上げてんのかな? 穴の中から出れねぇヤツがよ」
「眷属持ちの裏ワザ使うんだよ」
「裏ワザ? 眷属持ちなら兄貴も使えんのか?」
「ああ、使ってるっつうか、仕様だな。眷属の主はな、眷属が入手した経験値の1割を背負うんだよ、命を刈った眷属の罪を一緒に被るんだ」
「マジで?」
「そんな、賢者様……」
あれ? 言い方間違えたかな?
何か悲壮感が漂ってきたぞ?
「いやいや、親が子の罪を背負うのは当然の事だし、お前達には損をさせながら自分は自動的にレベルが上がるから、俺は好い気分じゃないんだよ。まぁ、実際は大助かりなんだけどな、狩りに行かずにガンダーラの仕事が出来るから」
「で、では、人間との戦いで、こ、殺しても、宜しいのでしょうか?」
「うん、好きなだけ殺していいぜ?」
「は、はいっ!! 良かったぁ~、ホッ」
「陛下がテイクノ・プリズナで人間をあまり殺さなかったのも、その理由ですか?」
「うん、俺がトドメ刺しても俺だけにしか経験値が入らんし、逆にお前達の経験値が減るからな。それなら瀕死にさせてお前達に仕留めさせたほうがいいと思った。すまんなラヴ、楽して経験値稼ぎしてたわ」
「いえいえ、罪の一部を背負って頂いて、お詫びの申し上げようも御座いません」
「いやいやいや、俺が助かってるから、頭上げろよ、な?」
「ウフフ、はい。では今後も、人間を狩らせて頂きますネ」
「ああ、悪鬼にならねぇように、適当に狩れ。皆もいいな? 俺の事は気にせず狩れ、すごく助かるから」
眷属達から「応っ!!」という歓声のような返事を貰えた。
よし、皆も安心出来たようだ。
俺だけズルしてるみたいで嫌だったんだよなぁ。よかった。
「その裏ワザの使い方なんだが、地竜の眷属は大森林の魔性生物じゃなくて、ダンジョン内で飼っている【養殖】を殺してんだと思う。大森林の魔性生物をダンジョン内で繁殖させて屠殺って手もあるな。四六時中大量の眷属達に屠殺をやらせておけば、地竜は必死こいて弱者狩りする必要も無い、その間にレベルでの総合力上昇以外をこなす事も出来る、スキルの熟練度上げとかな」
「そうかっ、養殖かっ!! 魔性生物の繁殖もやってんだろ、間違いねぇぜ」
『ダンジョンマスターやコアが創造した“創造生物”、いわゆる【養殖】からは生気を得られませんが、経験値や素材は得られます。魔性生物を繁殖させて屠殺する場合は全て得られますので、全てのダンジョンマスターは繁殖の為の牧場をダンジョン内に所有しています』
「で、ですが尊妻様ぁ、その養殖達は、レベルが低いのでは……」
『共食い、蠱毒を使って強制的にレベルを上げさせ、ほど良く仕上がった個体から屠殺すれば問題有りません。眷属の成長を無視する場合は、地竜が直接喰らう事も有るでしょう』
「な、なるほどなー」
「ブヒィ、世知辛ぇなぁ、ダンジョンってヤツぁ」
「だがその分、眷属達はカルマを溜め込んでるぞジャキ。一人仕留めりゃ相当レベルが上がるだろう」
「そりゃそうだけどよ、仕留めるのが難しいワケで……」
「ハハッ、まぁ、期待して待ってろ。良い考えがあるから」
「良い考えねぇ、っていうか、地竜と洞窟の推測は理解出来たけどよ、スッゴイ疑問が浮かんだ」
「何だ?」
「さっき魔素の放出って話をしただろ、俺のジジイが昔から言ってた事なんだけど、ダンジョンマスターとか魔窟の最下層ボスとかって奴らは、魔素放出を守る為に居るんだぞって言ってたんだよ」
『間違いですが、現状ではその通りですね。それで?』
「あ、ハイ。で、何で神様達は大事な魔素減少問題を放っといて遊戯なんてしてんのかなぁ~って、思ったんだよ」
『魔素枯渇での魔性生物死滅が、遊戯終了の合図だからです。遊戯終了後に世界は崩壊し、新たな世界が創造され、最高神が決まるまで何度でも遊戯が繰り返されます』
「うっわ、最悪だなそれ」
「尊妻様、で、では、ダンジョンマスターの存在理由は……」
『遊戯に途中参加した異世界の神々が用意した駒です。しかし、彼らに最高神を目指す意思は感じられません。ダンジョンに駒を配置して魔素枯渇を遅らせ、より永く遊戯を楽しむ為の“悪戯”でしょう』
「え、えっと……」
「神様って馬鹿しか居ねぇの?」
『神々の多くは馬鹿です。魔族に伝わる神話を思い出してみなさい、アホが多いでしょう?』
「た、確かに、変なことばっかしてたな……」
「お、親兄弟の首を切って、首飾りにした神様も、居たね」
「ハハハ、何か話が変な方向に飛んだな。まぁ、前世の世界でも神様は頭オカシイのが多かったからな、神様だって完璧じゃねぇんだろ、気にする事でもねぇよ。そんな事より、俺達は南北の敵をどうやってブッ殺すか考えねぇとな」
間違っても『二正面作戦』なんて事にならないようにしましょう。
あぁ~、楽しいなぁ、ワクワクしてきたゾ!!
有り難う御座いました!!
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