『戦慄の絆』感想とイラスト 本来あるべき姿へ

映画『戦慄の絆』のイラスト

固い絆で結ばれた一卵性双生児の兄弟。そんなふたりの関係に介入してきたひとりの女性。離れようとすればより強固に結びつく戦慄なる絆。ふたりが本来あるべき姿を取り戻した光景は悲劇なのか?それとも……。

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作品データ

『戦慄の絆』
Dead Ringers

  • 1988年/カナダ/116分
  • 監督・脚本:デヴィッド・クローネンバーグ
  • 原作:バリ・ウッド/ジャック・ギースランド
  • 撮影:ピーター・サシツキー
  • 音楽:ハワード・ショア
  • 出演:ジェレミー・アイアンズ/ジュヌヴィエーヴ・ビジョルド/ハイジ・フォン・パレスケ

感想と評価/ネタバレ有

カナダはトロントで婦人科を開業する一卵性双生児の兄弟が、ひとりの美人女優と出会って恋におちたことからアイデンティティの均衡が崩れていく恐怖を描いた心理スリラーです。監督は『ヴィデオドローム』『マップ・トゥ・ザ・スターズ』の我が心の師デヴィッド・クローネンバーグ。

変態からド変態へ

クローネンバーグを心の師と仰ぎながら実は未見であったこの『戦慄の絆』。長らくDVDは廃盤状態でしたが、このたびようやっとキングレコードさんからBlu-ray盤が発売される運びとなり、堅い財布の紐を力任せに引きちぎって購入いたしました。

さっそく結論から申しますと、とてつもない傑作でありました!これはクローネンバーグのフィルモグラフィでもターニングポイントとなる重要作ですよね。いわゆる内臓感覚を武器としたボディホラーの旗手から、より自己の深層へと深く深く潜行し出したきっかけとなる作品。

これを機に『裸のランチ』『クラッシュ』『スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする』などが誕生したと思うと、感慨もひとしおです。それではクローネンバーグがただの変態ではない唯一無比のド変態へと変貌するきっかけとなった『戦慄の絆』、満を持しての感想です!

生き写し

ハワード・ショアの美しい旋律によって幕を開ける戦慄。ひたすら深く赤い背景にイラストで描かれた奇々怪々な手術器具が浮かんでは消えていくタイトルデザイン。これは本当に手術用の器具なのか?それとも拷問器具なのか?ただならぬオープニングにのっけからボクのMっ気は出力全開です。

双子の婦人科医がともに診療所で変死していたという、実話をもとに書かれた小説を原作としている本作。当初は原作どおり『Twins』というタイトルで制作される予定でしたが、アイヴァン・ライトマンの同名作品に配慮をして、『Dead Ringers(生き写し)』となった模様。

カナダはトロントで婦人科を開業しているマントル兄弟。ふたりは一卵性双生児で、兄のエリオットは社交的な野心家、弟のビヴァリーは内気で繊細な努力家と性格は正反対だったが、幼い頃から文字どおり一心同体として人生を歩み、成功を収めてきていた。

そんな固い二人の絆にくさびを打ち込むこととなるクレアという女性の存在。彼女に本気で恋をしてしまったビヴァリーはエリオットに対して初めて秘密を抱え、それがもとでふたりのアイデンティのバランスは大きく崩れ出していくのだった……。

不完全なゆえ

上記の簡単なあらすじを読んでいただいたらわかるとおり、これまでは突飛なSF的設定のもとで人間の変容と進化(深化)を描いてきたクローネンバーグが、初めて挑戦した現実的アプローチの映画とも言えます。ゆえにまだ未発達ないびつさが残っているのですが、そのいびつさもまた魅力のひとつ。

省略や飛躍によって話の流れが少々わかりにくくなっておるのですが、これは「どっちがどっちかわからなくなる映画」なわけでありまして、この流れの寸断や跳躍が映画としての薄気味悪さを助長しているのは明白であり、クローネンバーグのフィルモグラフィにおける不完全な傑作とでも形容できるかも。

それではクローネンバーグはこの『戦慄の絆』によって何を描こうとしていたのでしょうか?それは不完全なものの完成形。なんの話かわからない?ご心配なく、書いている本人もよくわかっておりませんから。よくわかりませんが、本来ひとつであるべきものはなるべく統合すべきだと思うのですよね。

1への帰結

人生二人三脚でうまく渡ってきていたマントル兄弟のあいだに、奇形の子宮をもつ女クレアが介入してきたことにより、独立した存在だと思われていたふたりの人格が本来はふたつでひとつ、もしくはひとつでふたつだった事実が判明し、その分裂がめでたく解消される物語。

簡単で強引に要約してしまうとこういう映画ではなかったかと思われます。見た目は瓜ふたつながら、性格は対照的な一卵性双生児。それぞれの欠点(実務や性生活)をそれぞれの長所でカバーしながら、個としては独立した運命共同体として人生を歩んできたマントル兄弟。

時に恋人を共有することすら、彼らにとっては当然の行為だったのです。しかし弟ビヴァリーにとって今回のクレアは違った。なぜ違ったのか?3つに分かれた奇形の子宮が示唆する点は大きいですが、2+1=3もまた誤りであり、すべては1に統合されるための必然なのです。

彼女との出会いは彼ら双子が精神的、肉体的統合を果たすための触媒にすぎなかったのです。本来あるべき姿へと帰るための悲劇。クレアと出会い、惹かれ、確固たる絆が形成されていた双子の関係に亀裂が生じ、ともに薬に溺れ、最後にはどちらがどちらかわからなくなる。

別個の人格として独立した存在のように思えたエリオットとビヴァリーは、本来はひとつであるべき存在が分裂した状態だったのだと言えます。異分子クレアによってその事実に気づかされたふたりは、本来あるべき姿に、2でも3でもなく、1へと帰ろうとするのです。

クローネンバーグの深層

ますます自分でも何を書いているのかよくわからなくなってきましたが、クローネンバーグの映画が他者(観客)との対話というよりかは、常に自己の深層との対話なのだと解釈すると、わからないなりにわかったような気になってくる背骨の恍惚が味わえるかと思います。

つまりこれはクローネンバーグの内的世界における、分裂した自己の解体と統合ではなかったのでしょうか?ジェレミー・アイアンズを主演に起用しているのも、限られた予算の問題だけではなく、彼が自分に似た俳優だったからなのは明白でしょう(いつもそうですが)。

自分に似た俳優を起用し、自己の内面、深層と対話を繰り広げるような映画。それが『戦慄の絆』という奇怪な映画の正体であり、難解さのゆえんでもあると思います。クローネンバーグが自己の分裂した内面を静かに見つめる映画。こりゃわからなくて当然ですわな。

この映画のラスト。片一方の狂気がもう一方の精神も蝕み、ともに狂気の淵へと落ち込んでしまった兄弟。弟ビヴァリーはふたりの絆を断ち切るため、兄エリオットに結合双生児分離手術を行うことを提案し、自ら考案した奇怪な手術器具を兄の腹部へと突き立てます。

晴れて自由の身となったビヴァリー。身支度を整え、荷造りを済まし、外の公衆電話で愛するクレアへと電話をかけた彼は、何も話さぬまま受話器を置き、そのままマンションへと戻り、兄の亡骸とともに朽ち果てることを望むのです。彼の体にすがりつくように。

悲しく、救われない、悲劇的なラストだと思われるでしょうが、それはあくまで表面的なことであり、おそらくクローネンバーグのなかでは不完全が解消された望むべきハッピーエンドなのだと思われます。その証拠に、重なり、ひとつとなって息絶えた双子のオブジェのなんと美しいことでしょうか……。

異次元作家への頂

もともとひとつであるべきものが再統合され、本来あるべき姿を取り戻した悲しくも美しいハッピーエンド。このマントル兄弟を一人二役で見事に演じ分け、狂気と悲哀と官能性を赤と青の世界に炸裂させたジェレミー・アイアンズの鬼気迫る熱演もたまらずセクシーです。

そんなアイアンズさま演じるエリオットとビヴァリーを同一画面で映し出した撮影技術も素晴らしく、いったいどうやって撮影したのか皆目わからない違和感のなさ。単なる合成ではこのリアリティは出せないと思うのですけど、本当にどうやって撮影したのでしょうね?

醒めた青と狂気の赤で彩られた映画のトーンも鮮烈で、とりわけ魔術的な怪しさが漂う手術シーンの全身真っ赤は夢に出そうなほどの真っ赤っ赤。露悪的とも言える内臓感覚で悪夢を現出させてきた稀代のボディホラー作家の、次なるステージへと進んだ成熟を感じさせますよね。

そんな抑えられた演出のなかでも、ビヴァリーの悪夢でエリオットと身体的につながったヘソの緒的な器官をクレアが喰いちぎる描写はショッキングそのものでしたし、倒錯的な官能性、生々しい肉体性、そして静かに流れ落ちる血の描写などにはさすがの変態性が炸裂しており、思わず拝んでしまうほどのありがたさ。

ありがたいと言えばこの映画で最もありがたかったのは、やはりタイトルデザインとラストで象徴的に活かされていた、奇妙キテレツ奇々怪々な凶器的美しさと存在感を放つオリジナル手術器具の数々でしょうね。もうこのデザインと存在感だけでMは震えて眠れません!

ビヴァリーが自らデザインしたこの結合双生児分離手術用器具を、どこぞの金属アーティストに制作依頼するのですが、そのアーティストが『スキャナーズ』の主役スティーヴン・ラックだったというのもファンにはうれしいサプライズ。お前生きとったんか!

何やらヘンテコなボディホラー作家という殻を自ら喰い破り、次なるステージ、もはやそこには誰もいない異次元作家の頂へと静かに斜め上に跳躍してみせた、クローネンバーグのターニングポイント映画『戦慄なる絆』。待ち望んだ甲斐があった珠玉の傑作でありました!

残念ながら惜しくも満点に届かなかったのは、双子に深層を認識させる触媒となったジュヌヴィエーヴ・ビジョルド演じるクレアの存在が、触媒以上の働きを見せなかった点。まあ2+1が3になる映画ではなく、1+1が1になる映画だったわけだから、仕方がないと言えば仕方がないのですけどね。

彼女の活躍はすでに予約済みであるブライアン・デ・パルマ監督『愛のメモリー』のBlu-ray盤に取っておくとして、ようやっとBlu-ray化されたこの『戦慄の絆』。静かに狂ったクローネンバーグの深層と対話してみたいという奇特な変態さまには超絶おすすめですので、何がなんでも観てくだされ!

個人的評価:9/10点

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