英国は今年上半期、4度のテロ攻撃を受けた。3月22日には、国会議事堂周辺で襲撃事件が起きた。2005年7月7日以来、ロンドン市内では実に12年ぶりの大規模な攻撃となった。次いで5月22日には、地方都市マンチェスターのコンサート会場で自爆テロが発生。6月3日には、ロンドン橋付近でワゴン車とナイフを使用した攻撃が起き、この3件はいずれもイスラム過激派に感化されたテロ攻撃として捜査された。
6月19日に起きた4度目の攻撃では、今度はラマダン(断食月)中のイスラム教徒が攻撃の対象となった。容疑者は、ウェールズ出身の47歳の白人の男性で、報道によると4人の子持ちだという。ロンドン橋での事件をまねたのか、ワゴン車でラマダンの礼拝から帰宅の途についていた人たちに突っ込んだ。目撃者の証言によると襲撃直後「イスラム教徒は皆殺しだ!」と叫んでいたという。
逮捕、起訴され同27日に刑務所からビデオリンク方式で出廷した容疑者は、氏名と生年月日の確認に答えただけで、襲撃に及んだ経緯の詳細は明らかになっていない。しかし、前述の通り「イスラム教徒を皆殺し」にすることが目的であったのなら、攻撃はテロ行為であると同時に、イスラム教徒に対するヘイトクライムの最たるものでもある。
折しも襲撃の起きた日の直前の週末は、別の白人の男性によるジョー・コックス元労働党議員殺害事件(「英国の女性議員殺害が問う“憎悪扇動”の大罪」)からちょうど1年であった。社会の多様性や異なる民族の融和を訴え続けたコックス議員の志を継ごうと、英国各地で、地域のお茶会や食事会など、コミュニティーの融和を目指すイベントが10万件以上(主催者発表)開かれていた。その矢先の事件だった。
故コックス議員のように地道な努力で社会の融和を目指す人もいれば、イスラム過激思想であれ、白人至上主義であれ、自分と異なる者を一撃で抹殺しようと融和の努力を踏みにじる者も現れる。暴力や憎しみの連鎖を断ち切るには、一体どうすれば良いのか。突然テロの頻発しだしたロンドンに暮らしながら、途方に暮れることもある。
筆者は4つ目の攻撃現場で、イスラム教徒が犠牲となったフィンスベリー・パークにあるモスクで取材をしたことがある。2015年秋のパリでの大規模なテロ後、ロンドンでもイスラム教徒に対するヘイトクライムが急増し、このモスクも放火未遂にあったからだ。
マンチェスターでは5月の襲撃直後、ヘイトクライムの件数が一時倍増した(警察発表)。BBCによると、イスラム教徒が在籍する学校に爆破予告があったり、ムスリムの銀行員が客から「テロリストは爆破事件の責任を取れ」といった内容の言葉を浴びせられたり、鉄パイプを持った男が差別用語をわめきながらイスラム教徒を追い回したり、様々なヘイトクライムがあったという。
6月3日に発生したロンドン橋付近での攻撃直後も、ロンドン南部のイスラムセンターが「出て行け」と落書きされるといったヘイトクライムが急増。イスラム教徒であるロンドン市長のサディク・カーン氏が、ヘイトクライムに対して断固たる措置を宣言する事態となっていた。