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 検察当局が収集した多くの資料や、関係者の証言・供述によって、事故の真相にどこまでたどりつけるか。注目の裁判が始まった。

 福島第一原発の事故をめぐり、業務上過失致死傷の罪に問われた当時の東京電力の幹部3人に対する初公判が、きのう東京地裁で開かれた。市民から選ばれた検察審査会の強制起訴議決を受けたものだ。

 事故を招いた巨大津波を被告らは予測し、安全対策を講じることができたのか否か。焦点はそこに絞られている。

 検察官役の弁護士は冒頭陳述で、3人は原発の安全を確保する最終的な義務と責任を負っていたと指摘。事故の3年前の08年3月、最大15・7メートルの津波が原発を襲うという「衝撃的」な計算結果が出て、現場では防潮堤の建設などが具体的に検討されたのに、被告らの判断で対策が先送りにされたと述べた。

 これに対し被告側は「試算の一つに過ぎず、事故を予見し回避することはできなかった」とかねての主張を繰り返した。

 三陸から房総沖のどこでも大きな津波地震が起きうる。そんな見解を政府の専門機関が02年に出し、04年にはスマトラ沖地震による津波で、インドの原発施設が被害を受けた。

 当時の原子力規制当局も対策を求めるなか、東電はどこまで検討を進め、手を打ち、あるいは打たなかったのか。その理由は何なのか。事故から6年以上たったいまも、いまだに不明の点がたくさんある。

 背景に東電関係者の不実な対応があるのは否定できない。

 3被告は国会事故調査委員会に参考人として呼ばれ、公の場で質問に答えた。だがその後は進んで説明する姿勢を見せず、政府事故調が行った聞き取りについても、多くの東電幹部と同じく、調書の公開に同意しないまま今日に至っている。

 刑事裁判は個人の刑事責任の有無を争うものだ。憲法や刑事訴訟法が定める被告の権利は当然尊重されなければならず、法廷での攻防を通した真相の解明には一定の限界がある。

 その前提に立ったうえで、明らかになっていない事実に迫る審理を期待したい。事故で家族や故郷を失った被災者はもちろん、3・11を体験した国民の願いであり、事故を防げなかった被告らの責務でもある。

 原発の安全をどうやって確保するのか。地震列島で原発に未来はあるか。過失責任の有無にとどまらず、裁判を通じて、電力事業者、そして国のあり方について考えを深めていきたい。

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