【論説】ロンドン郊外の英王立植物園分園には、世界中の野生植物種の約13%に当たる種子が保存されているという。

 英国に限らない。種子の収集や保存、育成、供給には、どの国でも大なり小なり公的機関が関与している。

 日本も同様だ。稲、麦、大豆を対象にした「主要農作物種子法(種子法)」に基づき、国と都道府県が優れた特性を持つ品種の普及を図ってきた。

 種子は戦略物資である。なかでも主食用の穀物類は食料安全保障に直結する。ところが、その種子法の廃止法が先の国会で成立し、来年4月1日に廃止される。疑問や懸念が多い。

 ■国家戦略として制定■

 一般になじみの薄い種子法だが、その意義は深い。制定されたのは1952年。サンフランシスコ講和条約が結ばれ、連合国による日本の占領統治が終わった年である。

 国民は戦中戦後、飢えに苦しんできた。こうした時代状況を踏まえれば、法に込められた決意が知れる。国民に2度とひもじい思いをさせない、との国家的な意志である。

 種子法では、普及すべき「奨励品種」を決める試験を各都道府県に義務付けている。この結果、各自治体はそれぞれの風土に合う優れた種子を安く農家に供給し、消費者もまた質の高い食材を享受してきた。

 福井県の新ブランド米「いちほまれ」でいえば、県農業試験場が開発し原種の管理などを担う。そのうえで、JA県経済連を事務局とする県主要農作物振興協会を通じ生産者に種子栽培を委託する仕組みだ。

 ■民間の参入促進が狙い■

 一方、種子法の廃止は規制改革推進会議の農業ワーキンググループ(WG)で提起された。昨年10月のことで、ことし2月に閣議決定され、4月には廃止法が成立した。この間、わずか半年ほどである。

 狙いは民間参入の促進。1986年の法改正で開いたはずの民間への門戸を、さらに広げようというわけである。

 農業WGでは「地方公共団体中心のシステムで、民間の品種開発の意欲を阻害している」との声が出た。特に問題視されたのは都道府県が主導する奨励品種のあり方だった。コメでは民間が開発して奨励品種に指定されたものが少ないからだ。

 とはいえ、国会論戦も含めて活発に議論が交わされた形跡はあまりない。国家戦略はどうしたのか、民間企業の参入を促すとしてもなぜ、いきなり廃止なのかなど、多くの疑問や懸念は解消されていない。

 ■バイオメジャーへの懸念■

 やり玉に挙げられた奨励品種の仕組みについては、都道府県担当者から困惑や反論が上がる。県福井米戦略課は「農家に自信をもって生産してもらうには、地域に合った品種が第一。結果的に(最大公約数的な)民間の開発品種は奨励品種になりにくくなる」と説明する。その傾向は種子法が廃止されても変わりそうにないという。

 廃止で最も懸念されるのは、バイオメジャーと呼ばれる多国籍企業の参入である。これらの企業は多くの農作物の基本特許を握り、コメの品種開発にも強い関心を抱いているとされる。

 コメなどの種子には、種子法とは別の「種苗法」で「育成者権」が設けられている。適用期間は25年あり、例えば県が育成者権を持つ「いちほまれ」を元に、勝手に品種開発することはできない。

 ただ、育成者権の切れた品種であったり、海外で開発・販売したりする場合、阻止するのは難しく、日本の食料安保や食の安全安心も脅かされかねない。

 農水省は来春までにガイドラインを策定し、都道府県の関与を残すとしている。それなら、なぜ法を廃止するのか。この規制緩和は拙速すぎるというほかない。
 

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