地元でも有名なお寺に来ている。
今日は納骨だ。
通常、私の会社では納骨作業は職人に行ってもらう。
しかし、自分が担当したお客様は別だ。
営業のときだけ対応して、亡くなったときは知りませんではあんまりだ。
工事をしたお墓を掃除しながら、施主だった立花さんのことを思い出していた。
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確か三年前だったと思う。
何度目かの打ち合わせが終わった帰り際、立花さんは言った。
「くようさん、フコイダンいるかい?」
「フコイダンって何ですか?」
「海藻の成分で、体によくて、免疫力を高めるんだ。」
「ありがとうございます。ですが、海藻は好きではないので結構です。立花さん77歳でしょ。まだまだ長生きする気ですね。」
「ハハハ!俺はいつ死んでもいいよ。くようさんには言っていなかったけど、息子が最近ガンになったんだ。できることは全部やろうと思ってるんだ。今回のお墓の工事も実は、ご先祖さまの力を借りようと思ってな。」
お墓をリフォームしようとしたのも、わけのわからないフコイダンを購入したのも息子さんのためだったようだ。なんと言っていいかわからなかった。
その後、お墓は無事リフォームされ、工事の完了確認を立花さんといっしょにしてから、立花さんと会うことはなかった。
ただ、そのお寺に行く度に立花さんのことは気になっていた。
立花さんのお墓には定期的にお墓参りにきている跡があった。
きっと、ご先祖様にお願いしたり、健康にいいものを買ったりしているんだろうな。
そして先日、携帯に電話がかかってきた。
立花さんの自宅からの番号で奥様からだった。
ドキッとした。
今までも何度か経験はある。
この仕事を長く経験していると、担当したお客さんが亡くなることはある。
ほとんどの人は高齢で、大往生ということが多い。
今回の電話は?
立花さん? 息子さん?
奥様の口から出てきた言葉は・・・。
「主人が亡くなりまして。」だった。
葬儀も終わった後で、ご自宅に線香をあげにいった。
三年前のことを奥様と話すと、息子さんのガンは早期発見で手術も成功し、今はすこぶる元気らしい。
「悲しいけれど、順番通りになってよかった。あの時はどうなることかと思ったもの。」
その昔、一休禅師が信者の一人から、
「一休さま、家宝にしたいと思いますので、何かめでたい言葉を書いて頂けませんでしょうか?」と頼まれたという。
「喜んで。」
と引き受けた一休禅師、
【親死子死孫死】(親死ぬ、子死ぬ、孫死ぬ)
と達筆に書き、信者に渡すと、
「何かめでたい言葉とお願いしたのに、死、死、死とはどういうことですか!」
と信者は怒り、紙をやぶり捨てようとした。
すると、一休禅師は、
「それでは、お前のところでは、【孫死子死親死】(孫死ぬ、子死ぬ、親死ぬ)の方がよいのかな?」と言ったそうだ。
一休さんが言っていたことの意味が少しわかった気がした。
立花さんの菩提寺が、たまたま一休さんと同じ臨済宗大徳寺派だったのも何かの偶然かもしれない。
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お墓の掃除を終えてしばらくすると、遠くに、立花さんの息子さんが骨壺を抱えてこちらに向かってくるのが見えた。
納骨の際、息子さんは私に、
「親父は、お墓のリフォームをしてよかったですね。自分がきれいな納骨室に入りたいと思ってたんでしょう。」と言った。
私は、息子さんに本当のことを伝えようか迷ったが、野暮かなと思い、
「そうかもしれないですね。」と答えた。
そのかわり、骨壺を安置し、納骨室の扉を閉めるときに心の中でつぶやいた。
「立花さん、フコイダンとお墓参りの効果ありましたね。」