58/79
第十九話 あの時のアニキと同じように。さあ、ここは俺に任せて先に行くゴブ!
最初の三行アキまでは前話の振り返りです
「では、共に戦おう」
俺たちのピンチに駆けつけたのは、アニキだった。
ゴブリンの里でシニョンちゃんを助けた時に行方不明になったアニキ。
上半身と下半身と顔の半分がウロコみたいなのに覆われてたアニキ。
いまアニキの全身は、ウロコみたいというか完全にウロコになってる。
あと尻尾も生えてる。
ゴブリンとリザードマンが合わさったような感じ。
さっすが【突然変異の革新者】ゴブな! 見た目が変わりまくって強くなったって信じてるよアニキ! じゃないとボスオーガに勝てそうもないからね! 信じてるからねアニキ?
シニョンちゃんの治癒の魔法を受けたオクデラが、アニキの左側に立つ。
左腕の骨折は治ってないみたいだけど、右手には長めのメイスを持って。
骨折してるのに気にせず戦えるのは、きっとスキル【鈍感】のおかげだろう。
「アニキ、これ使うといいゴブ」
ボスオーガが使ってた鉄の棒を拾ってアニキに渡す。
アニキは腰のベルトにさしてた棍棒、というか木の棒で戦おうとしてたけど。
どこで何してたかわからないけどあんまり装備はよくなってないねアニキ! 木の棒より鉄の方がいいから! ちょうどいい武器が転がってたゴブなあ! 窃盗? なんのことゴブか? ゴブリオ落ちてた鉄棒を拾っただけゴブ! ゲギャギャッ!
「ありがとう、ゴブリオ」
俺はアニキの右側に並ぶ。
ボスオーガに向かって真ん中にアニキ、右に俺、左にオクデラ。
アニキが一緒だった頃に『果ての森』で訓練した形だ。
ホントはオクデラの折れた左腕がむき出しになるから、並びを逆にしたかったんだけど。
急に立ち位置を入れ替えても、オクデラは混乱しちゃうだろうから。
……がんばれオクデラ! 終わったら薬草塗ったりシニョンちゃんの魔法を使ってもらうから! 今はスキル【鈍感】がめっちゃ役に立つって信じてるゴブ!
「準備はよいか? では参ろう」
俺たちが並んだのを見て、ボスオーガがファインティングポーズをとる。
待っててくれてありがとうございます! 空気読めるオーガって意味わからないゴブな! 武人っぽく強者と戦うのが楽しいとかそんな感じゴブか? すんごく強いクマのこと教えるから俺たちのこと見逃してくれませんかねえ?
現実から逃避するのをやめて動き出す。
俺たちが『果ての森』でやってきた通り。
オクデラがメイン盾、俺が遊撃。
アニキは攻撃か防御か、状況を見ながら切り替える。
まあ果ての森でやってきたって言っても、訓練だけだけどね! 一角ウサギは一人で狩れるし、剣シカには三人で挑戦しなかったから! 実は初の実戦ゴブ! しかもオクデラ盾なしだからヤバそうだけど!
アニキが鉄の棒を突き出す。
ボスオーガが手で捌いてアニキに近づこうとする。
こっちから注意がそれたところで、俺は短剣を手に横から足を狙う。
よし、ちょっと刺さった! あ、でもすぐ治っちゃうんだっけ? 強者が自動回復ってズルすぎると思います!
棍を振り回すアニキ、チクチク短剣で攻撃する俺。
ボスオーガはやりづらそうだ。
でも【格闘術】は小さい動きで対応できるから、スキが少なくて大変なんですけどね! 特に近づかなきゃ攻撃できない俺が! 一発もらったら死んじゃうゴブ! 奥の手をいくつか残しておくべきでした!
見た感じだとアニキの【棍術】はスキルレベルが上がってるっぽいけど、それでもボスオーガには通じてない。
俺と連携して当てることがあっても、ボスオーガには効いてないみたいだ。
俺の攻撃もアニキの攻撃もダメージになってない。
ダメージになってないからチャンスを作れなくて、オクデラは攻撃できないでいる。
俺たちの中で一番強い攻撃はオクデラのメイスなんだけど、不器用だからなあ。
シニョンちゃんはあと一回しか魔法使えないし……。
ボスオーガはちょっと口の端を持ち上げて、たぶん笑顔。
飛んでくる拳とか蹴りはえげつないんだけど笑顔。
くそ、弱いものイジメが楽しいゴブか! こちとら雑魚ゴブリン、おっと、ゴブリンリーダーとオークとゴブリンっぽい何かゴブ! 戦いたいなら森の主とか戦闘狂のニンゲンと殺り合ってくれませんかねえ! あ、ひょっとしてゴブリンとオークが漁村を襲ったのってそれ? ニンゲンさらったのも挑発ゴブか?
攻撃は効いてないし、ボスオーガは疲れる気配もない。
もしボスオーガがミスして俺たちがダメージを与えても、すぐ回復する。
こっちは一発もらったら大ダメージでたぶん戦線離脱。
俺の奥の手はもうない。
つまり……。
俺たちは、ボスオーガに勝てない。
うん、うすうすわかってた。
元人間な俺はゴブリンだけど賢いからね! ハハッ!
勝てないとわかった時、どうするか。
それでも戦い続けるのか。
あるいは逃げるのか。
逃げるならどうやって逃げるのか。
考えたのはちょっとだけだ。
俺は、それを知ってるから。
アニキとオクデラにハンドサインを出す。
二人ともちゃんと覚えてたのか、指示通りちょっと後ろに下がった。
ボスオーガが突っ込んでくればすぐまた戦いになるけど、追撃はない。
余裕、なんだろう。
「どうしたゴブリオ?」
アニキが俺に聞いてくる。
視線はボスオーガから外さないまま。
俺は、アニキの視線を遮るように前に出た。
ボスオーガを睨みつけて、最前列へ。
「みんな、ここは俺が引き受けるゴブ。アニキとオクデラで、そのニンゲンたちを連れて逃げろ」
これしかないってわかっててもちょっと怖いゴブ! あの時のアニキはほんとすげえな! そんでシニョンちゃんはこの背中に惚れるといいゴブよ? ゲギャギャッ!
「ゴブリオ?」
「オデ、ゴブリオ、置イテ行カナイ! 仲間、置イテ行カナイ!」
アニキとオクデラの声が聞こえてくる。
シニョンちゃんと若女将の声が聞こえてこないのはアレだよ? アニキがいるから俺たちいま【ゴブリン語】で話してたからだよ? 通じてたらみんなして俺を止めるか「キャーゴブリオさんかっこいい!」になってるとこだね! でも言葉は通じてなくても、動き出したら俺の背中に惚れられちゃうかも!
……強敵を前に一人残るんだから現実逃避って名前の夢ぐらい見させてほしいゴブゥ!
「大丈夫、俺は死なないゴブ。奥の手はちゃんとあるから」
振り返らない。
せっかく取得したスキル【人族語】も使わない。
「オクデラ、プティちゃんを守るんだろ? 若女将とプティちゃんを頼む! アニキはシニョンちゃん、あの時の人間を!」
「イヤダ、ゴブリオ!」
「……わかった。行くぞ、オクデラ」
「アニキ、ナンデ! ゴブリオ、危ナイ!」
「男が一度決めたことだ。ゴブリオを信じろ。ゴブリンの尊厳を貶めるな」
アニキの言うことを聞いて、オクデラが後ろに向かう気配を感じる。
ところゴブリンの尊厳って何かねアニキィ! アニキ前もそれ言ってたけどゴブリオよくわからないゴブ! 男を殺せ! 女を犯せ! でおなじみのゴブリンさんに尊厳って!
でもいまは、わからなくてもいい。
オクデラが、言うことを聞いて行動をはじめたなら。
俺はもう一歩前に進んで、叫ぶ。
「さあ、ここは俺に任せて先に行くゴブ!」
あの時のアニキと、同じように。
「オデ、オデ、プティ、ミンナ、逃ガシテ、戻ッテクル!」
「ゴブリオ、死ぬなよ。俺のように生き延びろ」
『わっ! オクデラさん、このモンスターさんは何ですか!? ゴブリオさんは!』
後ろからみんなの声が聞こえてくる。
シニョンちゃんはアニキを見たことがあるけど、姿が変わりすぎててわからなかったんだろう。
俺は、前から目を逸らさない。
『シニョン、そのモンスターは俺たちのアニキで、仲間ゴブ! それから、俺の後ろに聖壁を!』
『え!? だって、それじゃ、ゴブリオさんが!』
『問題ないゴブ。さあ早く! 俺は後から追いかけるゴブ!』
シニョンちゃんに今日最後の魔法を使うようにお願いして。
俺はいつかのアニキと同じセリフを言った。
まあシニョンちゃんはあの時わかってなかったし、今はアニキがわかってないけどね! 【ゴブリン語】と【人族語】の使い分けがめんどくさいゴブ!
オクデラに説得されたのか、それとも俺の言葉と背中に何かを感じてくれたのか。
シニョンちゃんが、涙声で魔法を使ってくれたのがわかった。
それを最後に、音が、みんなの気配が、どんどん遠ざかってく。
俺の息づかい以外。
ボスオーガの強者のオーラ的な気配以外。
ボスオーガは動かない。
まるで俺たちの行動が一段落つくまで待っていた、みたいに。
「ゴブリンが一匹で死地に残るとはな。見上げたものだ」
「待っててくれてありがとうゴブ」
「構わぬ。詰まらぬ死合いであれば追撃するだけよ」
口の端を持ち上げるボスオーガ。
うれしい、楽しいってシルシなんだろう。
めっちゃ凶悪な顔だしわかりにくいけど! 牙がチラッと見えて怖いんでそれやめてくれませんかねえ!
「さあ、我に奥の手を見せてみよ!」
自然体から、またファイティングポーズをとるボスオーガ。
俺は近づかない。
というか、動かない。
だって。
「あの……ごめん、奥の手はもうないゴブ」
あれはオクデラとアニキを納得させるためのウソだから。
まあ奥の手はあるっちゃあるんだけどね! ゾンビアタックって最終手段が!
あ、やべ、ボスオーガを怒らせたみたいだ。
ちょっと期待してたらしい。
敵の言葉を信じちゃうとかコイツも単純ゴブなあ! 本当に奥の手がないかどうかわからないはずなのに!
さーて、おちょくったり避けたりして時間稼ぎまくってやるゴブゥ! 取ったばっかのスキル【回避】と【体力回復】に期待しております! 最後は頼むぞスキル【逃げ足】! LV2のスゴさを見せてほしいゴブ!
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。