進行乳がんのため闘病中であった小林麻央さんの訃報が流れ、多くの方がまだ悲しみに暮れている最中でしょう。病気が公になって以来、日々のブログから届く麻央さんの声や言葉が、多くの人たちの共感を呼びました。また、がんという病気と日々向き合っている、スポットライトを浴びることもない多くの患者さんたちにとっても大きな勇気や希望となっていたはずです。
結果的に治ることが難しいがんを背負いながらも、愛する夫、子供、家族のために、1日でも長く、自分らしく生きたいと希望する営為の数々。麻央さんは、自らの病気を通して「生きる」ことの本当の素晴しさを私たちに教えてくださいました。謹んで、心からご冥福をお祈り申し上げます。
さて、昨年の10月に、あるクリニックのホームページ掲示板に以下のブログ記事が掲載されました(※現在は削除)。まだ麻央さんが闘病中であったにもかかわらずです。以下、抜粋。
- 最近、患者様から小林麻央さんのブログについてのご質問をいただき、ご質問のほとんどが類似してますので、大まかにまとめます。(一部一般論と推測も含みます。)
一番患者様が気にされているM浦先生はこの件には一切関わりはありません。小林麻央さんの件自体も知らされてなかったのでご安心下さい。その証明にここの関連の医師を明確にしました。
K大学病院に転院され、最近になり、抗がん剤の効果があまりなくなりってきたと思われます。花咲き乳癌は、組織の壊死を伴うため、組織が腐っている状態の為、腐敗臭が酷く、これに悩まされていたのでしょう。そのため、抗がん剤投与を一時中止して、腫瘍の切除できるだけ切除したのでしょう。実際の局所のコントロールとは花咲き乳がんでも抗がん剤治療で非常に小さくなり、完全切除できる状態になり、stage4でも乳がんと共存できる方に行うもので、少し局所のコントロールとは違うと思います。尚、逆に考えると今回の手術は余命を短くした可能性の方が大きいと思います。抗がん剤の効果が低くても継続した方が間違いなく生存期間は伸びたと考えます。この判断は、手術をした先生がしたのか、腐敗臭に耐えられなくなった患者さんの希望かは解りません。娘さんの12月の誕生日を迎えるのはこの手術のために厳しくなったかもしれません。
僕には『がんの陰に隠れないで』という事を言う医師には非常に違和感も感じます。当院の乳がんの患者様はこのようなブログや情報を真剣に受け止めないようになさって下さい。真面目に治療しても、このような結果になると勘違いを生じます!
(クリニックホームページ 『言いたい放題 乳腺外科コラム』 2016.10.03 (Mon) No.2284 より)http://archive.fo/ng5tB
ブログ発信者は、このクリニック院長であり、乳がん検診を専門とする医師 富永祐司 氏です。麻央さんの乳がん報道の絡みで、メディアにも頻繁に登場している方のようです。これを読んで、常識のある方は違和感を覚えるはず。なぜこのようにベラベラと喋れるのでしょうか。
医師のプロフェッショナリズムとして、絶対に守らなくてはいけない '守秘義務' というものがあるわけですが、富永氏は明らかにそれに反しています。以下のように刑法でも規定されているわけです。
医師の守秘義務は、倫理上の義務としてのみでなく、法的義務としても問題になる。わが国において医師の守秘義務違反については、プライバシー侵害等の不法行為に該当するか否かをめぐり、民事上の責任が問われることもあるが、明文でこの問題をとり上げているのは刑法の次の規定である。
刑法134条(秘密漏示)第1項
「医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産婦、・・・の職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」
日本医師会ホームページ 「医師の守秘義務について」より一部抜粋
医の倫理の基礎知識|医師のみなさまへ|医師のみなさまへ|公益社団法人日本医師会
かつて、近藤誠氏が、セカンドオピニオンを受けた川島なお美さんの個人情報を、本人の承諾もなく『文藝春秋』(2015年11月号) に曝露したことが大きな問題となりました。
著名人が病気になると、それが「がん」ならば、なおさら世間は詳しく情報を知りたいという欲求にかられるのでしょう。そしてメディアもそれに応えようと、必死に情報を先取りして獲得ようとする。ワイドショー的な報道に終始する、そのような俗な需要と供給の関係性は仕方ないのかもしれません。しかしそれらとは独立して、医師には遵守すべき倫理・モラルがあることを忘れてはなりません。
6月29日に発売された『週刊新潮』(7月6日号) で小林麻央さんの病歴に関するセンセーショナルな記事が掲載されました。かく言う私も客観的なコメントを求められたのですが、いざ記事を見るとそこにはかなり具体的かつ詳細な情報が記されていることに驚きました。情報の出処は一体どこなのでしょうか。
ここで、富永氏のブログの話に戻ります。その内容と今回の『週刊新潮』記事を照らし合わせてみると、ほぼ内容が一致していることがわかります。
具体的には
・P人間ドック→PL東京健康管理センター人間ドック
・T病院→虎の門病院
・S国際病院→聖路加国際病院
・K大学病院→慶應大学病院
虎の門病院の「K部長と女医のT先生」といえば、われわれの業界ではすぐに、誰であるのかは察しがつきます。当時、写真週刊誌が上記K部長とT医師を「誤診した医師」だとレッテルを貼り、まるで悪者のように追いかけまわした記事がありました (週刊FLASH 2016年11月1日号)。
小林麻央を「ステージ4」に追い込んだ2人の医師を直撃! | Smart FLASH[光文社週刊誌]スマフラ/スマートフラッシュ
振り返ってあれこれ物申すのは問題だということは重々承知のうえで、当時、麻央さんは、正確な診断を困難にさせる授乳中という背景があったかと思います。虎の門病院の医師たちは麻央さんが背負う様々なリスクを加味しながら、慎重な臨床的判断をされたはず。実際、授乳期間から離れる半年後には、また再検査を受けるようにも伝えていました。誤診というからには相当な状況証拠を示さなければなりません。
富永氏のブログには次の文言が朱字で強調されています。
一番患者様が気にされているM浦先生はこの件には一切関わりはありません。 小林麻央さんの件自体も知らされてなかったのでご安心下さい。 その証明にここの関連の医師を明確にしました。
初めて読んだ方は、いったい何の話かと思います。調べてみると、このM浦医師とはかつて虎の門病院に所属し、富永氏のクリニックにも当時、深く関わっていたようです。それでは、虎の門病院の内部事情をなぜ、何の関わりもないはずの富永氏が詳細に把握することができたのか。
推察するに、虎の門病院を退き、現在、赤坂で開業されているM浦氏が知り得た情報を富永氏と共有していたのではと考えるのがごく自然です。そして、虎の門病院のやり取りのみならず、聖路加国際病院と慶應大学病院でのやり取りまでもオープンにしています。そのような情報を一体どこから収集してきたのか。万が一知り得たとしても、麻央さんの個人情報を平気で公にしてしまうのは信じ難い行為だと言えます。
さらに、女性として、非常にデリケートな箇所にまで外野から土足で踏み込んできます。
花咲き乳癌は、組織の壊死を伴うため、組織が腐っている状態の為、腐敗臭 が酷く、これに悩まされていたのでしょう。
そして、さらにこう続けます。
今回の手術は余命を短くした可能性の方が大きいと思います。 抗がん剤の効果が低くても継続した方が間違いなく 生存期間は伸びたと考えます。 この判断は、手術をした先生がしたのか、腐敗臭に耐えられなくなった患者さんの希望かは解りません。 娘さんの12月の誕生日 を迎えるのは厳しくなったと思います。
このブログが当時、もし麻央さんの目に触れていたとしたならば、さぞかし心を痛めていたことでしょう。手術自体が功を奏したのかはわかりませんが、富永氏のいう12月よりもさらに6ヶ月間、周囲にたくさんの感謝の気持ちを示しながら一生懸命に生きられました。
富永氏のクリニックは、乳がん検診としては非常に名の知れた施設のようです。また、国内で高名な乳がん専門医の方たちとも盛んに交流し支持されているようです。しかし、いくら素晴らしい業績やスキルを持ち合わせていたとしても、それ以前に、医師としてのプロフェッショナリズムに疑念を抱かざるをえません。このような医師のふるまいが、結果的に誠実な医療や医師への不信を招き、標準治療に背を向けてしまう原因にもなってしまうのかもしれません。
最後に富永氏に問います。
本来知られたくなかった麻央さんの個人情報やプライバシーを、メディアに垂れ流し続けた張本人はあなたではないのですか?
エゴのために悪質な守秘義務違反を繰り返してきた、そう疑われても仕方がありません。反論がおありならば、ぜひ受けて立ちましょう。