大阪市北区西天満にある大阪弁護士会館。大阪府警の捜査員は会員専用フロアにも立ち入った

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 警察官の職務質問(職質)をめぐるトラブルが相次いでいる。

 5月には、大阪府警の捜査員が薬物使用を疑って職質した男性を追って大阪弁護士会館(大阪市北区)に立ち入り、大阪弁護士会などから抗議を受ける一件もあった。大阪府内では薬物事件の捜査対象者が職質を拒否し、仲間を呼んで妨害するケースが急増。府警は速やかに応援を呼ぶなど「逃げ得」を許さない対策を取っているが、任意で協力を求める職質の難しさが浮かび上がった形だ。

採尿拒否で追跡

 5月2日午後5時過ぎ、大阪市中央区の路上にいた男性(46)に、捜査員数人が声をかけた。男性は覚醒剤事件で公判中で、3月に保釈されていた。

 所持品検査で違法薬物などは見つからなかったが、男性は任意での採尿を拒否。「(公判担当の)弁護人に相談する」と電話しながら、自転車を押して歩き始めた。捜査員らはビデオカメラで撮影しながら男性について行くとともに、強制採尿するため令状請求の手続きを取った。

 男性は午後7時ごろ、弁護士会館付近に到着し、弁護人と合流した。この時点で捜査員は応援を含めて十数人になっていたが、うち数人が男性を追って会館内に入り、エレベーターに同乗するなどして会員専用フロアまで立ち入った。

 捜査員は男性がトイレに入った際も同行し、専用フロアの応接セットで男性と弁護人が話をしようとした際も撮影を継続した。男性は約10分後に会館を出ると、別の弁護士と一緒にタクシーに乗り込み、約2時間にわたり大阪市内などを走行した。

 その後、裁判所から強制採尿の令状が出たため、捜査員側は午後9時半ごろ、令状を執行して採尿。簡易鑑定で「疑陽性」となったため、男性を解放した。

権利侵害と抗議

 男性の弁護人らは5月中旬、「建造物に無断で侵入し、依頼者が弁護人の助言を受ける権利を侵害した」と府警に抗議文を提出。会館を管理する大阪弁護士会も6月14日、同じ内容で府警に抗議した。

 ただ、弁護人は「会館にまで捜査員が入ることは当然認めていないが、エレベーターには捜査員が先に乗っており、(その時点で)強く抗議はしなかった」と説明。同弁護士会所属のある弁護士は「管理権の侵害であることは明白だが、今回は最初に捜査員が会館に入った時点で明確に拒否するべきだった」と話した。

 これに対し、府警は「(立ち入りは)所在確認のために必要だった。弁護士や警備員から特に制止されなかった」と説明。撮影については「捜査が適正だと担保するためで、弁護士には強制採尿の手続きに移行していることを会館内で伝えたうえで(撮影を)継続した」としている。

駆け込み寺懸念

 こうした行為が起きた背景には、覚醒剤などの違法薬物の使用や所持を疑って警察官が職質した際、妨害されるケースが近年増加していることがある。

 府警によると、昨年中に約140件発生。捜査対象者が採尿を拒んで仲間を呼び、対象者を逃がす「奪還」と呼ばれる行為も横行しており、計約520人が現場に集まってきた。

 今年も5月末で約80件発生し、計約200人が集まった。トラブルを懸念し職質を打ち切ったケースもあったという。

 ある府警幹部は「今回のケースは、職質妨害とまでは言えない」としたうえで、「(弁護士会館が)職質を逃れるための駆け込み寺のように使われかねない」と懸念を吐露した。

「弁護士と協議を」

 辻本典央・近畿大教授(刑法)の話「強制採尿令状を請求・執行した府警の対応自体は適法と思うが、はっきり拒絶されなかったとはいえ、弁護士会館に立ち入る際は管理権者に許可を求めるべきだった。ただ、会館が『駆け込み寺』になるのは弁護士会も望んでいないはず。同様の事例にどう対応するか、府警と弁護士会が協議やすり合わせをする必要がある」

「相談の権利が優先」

 渡辺修・甲南大学法科大学院教授(刑事訴訟法)の話「嫌疑を受けた場合、弁護人に相談することは当然で、その内容も『防御の秘密』として憲法上尊重されるべきものだ。強制採尿令状がまだ執行されていない以上、弁護人に面会・相談する権利のほうが優先する。公然と尾行し、相談場面の監視、記録をしたことは令状請求段階の捜査のあり方として違法だ」