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第七話 冒険者ギルドに行ったけど俺は中に入らないで待ってました! 俺ゴブリンだから!
食事と休憩を終えて、俺とシニョンちゃんはまた外に出た。
二人してフードをかぶって大通りを歩く。
この後が怖いのか、シニョンちゃんに強く手を握られて。
『大丈夫。俺、近くいる。中は、行く、しないけど』
『リオさん……私のためにありがとうございます。見つかったら危ないのに』
俺たちはいま、冒険者ギルドに向かってる。
ゴブリンの里の討伐以来、森で行方不明になったシニョンちゃんと田舎の若者っぽい男とヒゲ面のおっさん。
一人は盗賊と繋がってて、一人はその盗賊に殺されて、シニョンちゃんだけは無事だって知らせるために。
じゃないと森に入ってくる冒険者たちが減らないから。
ニンゲンに襲われてニンゲンが怖くなったシニョンちゃんが街に帰ってきたのも、これを伝えるためだった。
俺がニンゲンの街に行きたかったからでも、買い物したかったからでも、初デートしたかったからでもないゴブ! シ、シニョンちゃんと、休憩したり宿泊したりしたかったからでもないゴブよ? そんなの森でもしてるから! いや何もしてないけどね!
フード付きのローブを着てバレないようにしてるけど、俺はゴブリンだ。
何かの拍子にバレたら殺されるだろう。
だから、俺は冒険者ギルドには入らない方がいいって話になっていた。
シニョンちゃんは『怖いけど、私がんばりますから』って、『ゴブリオさんが見つかって殺されたら、私きっと立ち直れません』って言ってくれた。
いい子ゴブなあ。おかげでゴブリオ、ごろつき冒険者に絡まれるのと受付嬢に「こ、これは……」って言われるお約束逃したゴブ! まあもしそんなことになったら俺すぐ殺されるんだけど! 俺ゴブリンだから! 鬼畜生だから! ハハッ!
やっぱり早くニンゲンになりたいなあ、とか考えているうちに目的地が見えてきた。
『リオさん、あそこが冒険者ギルドです』
『そうか。シニョン、大丈夫?』
『……はい。怖いです、怖いですけど、がんばらないと、リオさんとオクデラさんと、一緒に、いられませんから』
『シニョン、がんばる。俺、この辺で待ってる、ゴブ』
『はい。行って、きます』
シニョンちゃんは、最後に俺の手をギュッと両手で握りしめて。
冒険者ギルドに向かっていった。
俺は入り口を見ていられるように、ギルドの斜め向かいの路地にしゃがみこむ。
薄汚れたローブ、小柄な体、道端で座り込んだ感じ。
おおう、これ俺、物乞いとか浮浪者っぽいゴブ! 旦那さま、この哀れなゴブリオにお恵みをくだせえ! くっ、ハマりすぎてヤバい!
ハマってるってことは、道行く人にもそう見えるってことだ。
物乞いか浮浪者に見られることはあっても、ゴブリンだとは思われないだろう。
思われないよね? 大丈夫だよね?
冒険者ギルドのまわりは武装したヤツらがやたら多くて怖いんですけど! 俺が森で見かけた冒険者たちは性根がアレだったし怖くてしょうがないんですけど!
ビクビクしながらシニョンちゃんを待つ俺。
まあ絡まれて殺されたり無礼討ちされても、きっとまたあの空間に行って復活できるだろう。
ライフポイントはまだ余裕あるからね! 大丈夫だって信じてる! でもできれば働いてくださいスキル【隠密】! 気配を消して【覗き見】してるだけですから! 無害なゴブリンのことなんかみんなスルーしてほしいゴブ!
特に鉄兜をかぶった冒険者、里のゴブリンを容赦なく殺していったあの鉄兜、そうそう、あんな鉄兜をかぶった冒険者に見つかったら……え?
ドッと汗が出る。
薄汚れた鎧と鉄兜の冒険者が、冒険者ギルドから出てきた。
やっべえ、例のアイツゴブ! どうか見つかりませんように! 大丈夫、大丈夫ゴブな? 路地は陰になってるし、フードかぶってて肌は見えないし、街でも体を拭いたりしてるから匂いもしないはず! 見つからない、見つかるはずがないゴブ!
しゃがみこんだまま顔を下に向けて、プルプルしながら地面を見つめる俺。
鉄兜がキョロキョロしてる気配をなんとなく感じる。
俺は石ころ、俺は道端の雑草、俺はゴミを漁るネズミ、浮浪児な物乞い。
害はないのでスルーしてほしいゴブ! あ、俺、死体を漁るゴブリンでした! でもでも盗賊を倒したし、むしろ有益だから! 益獣、いや益ゴブリンだから! いまちょっと用事があって街にいるだけで人前に出て来ない良いゴブリンだから!
益ゴブリンってなんだよ……。
下を向いたまま固まる俺。
ふっと、空気が軽くなった。
おそるおそる視線を上げてみる。
鉄兜はいなくなっていた。
ふうっと息を吐こうとしたけど、その前にゆっくり後ろを振り向いてみる俺こと油断しない男ゴブリオ。
後ろにも、誰もいなかった。
今度こそ肩の力を抜く。
「はあああ。はやくニンゲンになりたい。せめて街を出たいゴブ。死ぬかと思ったゴブ」
思わずゴブリン語が出ちゃって慌てて周囲を見まわす俺こと油断しまくりな男ゴブリオ。
まわりに人影はない。
死ぬかと思った、まあ俺は死んでも死なないんだけど! でもあの鉄兜にバレたら『死ぬまで殺す』とか言い出しそうゴブなあ! どうかもう二度と会いませんように!
なんか疲れたゴブ……。
だめだめ、シニョンちゃんは勇気を振り絞って冒険者ギルドで話をしてるんだから。
鉄兜みたいなヤツとか、見た目が怖い男とか、実は盗賊だったヒゲ面のおっさんみたいなヤツらがうようよしてる冒険者ギルドで。
気を取り直して、俺は冒険者ギルドの入り口を見つめる。
と、シニョンちゃんが出てきた。
思ったよりかなり早い。
シニョンちゃんは、タタタッと小走りで俺に近づいてきた。
『シニョン、説明、できた?』
俺の質問に答えることなく、立ち上がった俺に抱きつくシニョンちゃん。
当たってる、当たってるゴブ! 当たってるというかおっぱい潰れまくってるゴブ!
シニョンちゃんはぶるぶる震えてた。
ちょっとの時間だったけど、やっぱりニンゲンが怖かったらしい。
予想したより早く帰ってきたのも、冒険者ギルドの職員が、シニョンちゃんが怖がってるのに気づいたからかもしれない。
『リオ、リオさん、わた、私、がんばり、ました』
『うんうん、よくやった、ゴブ。帰って、聞く』
涙声で言うシニョンちゃんの背中をポンポンする俺。
おお、行動はなんかイケメンっぽいゴブ!
『はい、はい、リオさん』
『宿で、二人になって、聞く。食事、部屋』
『そうですね、私、いまはできるだけ人と話したくないです』
そっと体を離して、俺の至近距離で言うシニョンちゃん。
ところで俺これマジで口説いてるみたいゴブな! 宿泊施設に誘う男みたいになってるゴブ! ゴブリオ、チビでブサイクでハゲなゴブリンだけど! 鬼畜生!
俺はシニョンちゃんと手を繋いで、来た道を引き返す。
街に来た用事は終わった。
まだ詳しく聞いてないけど、シニョンちゃんは自分が無事なことも、護衛なはずの冒険者に襲われたこともうまく説明できたみたいだ。
これで行方不明のシニョンちゃんたちを捜しに、冒険者が森に来ることもなくなるだろう。
森で暮らしていくための最低限の道具も買えた。
俺とシニョンちゃんは夕暮れの街を歩いていく。
もうすぐ門が閉まるから今日は宿で一泊する。
明日の朝に街を出て、森を隠れながら拠点に帰る予定だ。
街に滞在する最後の夜。
俺はシニョンちゃんと手を繋いで、宿に帰るのだった。
お、同じ部屋ゴブ! 昨日の神殿とは違う、宿泊施設で男女同じ部屋ゴブ!
大丈夫、ゴブリオ何もしないから!
ゴブリオジェントルゴブ、イヤがることはしないゴブ!
イヤがられなかったら?
…………何も、何もしないゴブ! 本当ゴブよ?
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