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第六話 街で買い物して文明的な生活が近づ……あ、このあと森に帰るんでした。サヨナラ文明!
『ゴブリオさん……あっ、リオさん、ここです』
『わかった。シニョン、外で、待ってる?』
『いえ、本人が行かないとダメなので……リオさんがいてくれるから、大丈夫です』
シニョンちゃんの部屋で一夜を明かして、次の日。
俺とシニョンちゃんは、とある工房の前にいた。
俺は眠い目をこすりながら。
いやシニョンちゃんの部屋で一夜を明かしたけど何もなかったゴブよ? 手を抱え込まれてたせいでよく寝れなかっただけだから! 谷間に手を挟まれてフツーに寝れるわけないゴブ! 俺から触ったんじゃなくてシニョンちゃんがしたからセーフ、セーフ! ジェントルゴブ!
シニョンちゃんは朝、お世話になってきた司祭様に挨拶をした。
私は巡礼に出ますって。
なんでもシニョンちゃんが信じる宗教には、聖地をまわる巡礼の風習があるらしい。
司祭様はちょっと寂しそうな目をして、シニョンちゃんに巡礼用の衣装をくれたそうだ。
止められなかったのはきっと、シニョンちゃんがニンゲンを怖がってることに司祭様が気づいてたからだろう。
いまシニョンちゃんは、司祭様からもらった灰色のフード付きローブを着てる。
自前の布のローブを着てるゴブリオとお揃いっぽいゴブな!
司祭様がくれたのはもう一つ。
神聖魔法の補助具にもなって、巡礼者だって示すネックレスの引換証。
魔法の補助具として使うには相性があるから、実物は巡礼者本人が工房で受け取るらしい。
いま俺とシニョンちゃんは、そのネックレスを受け取れる鍛冶工房に来てる。
鍛冶工房。
ファンタジー世界の鍛冶工房。
テンション上がるゴブなあ! 売ってるなら武器も買っちゃおうかなあ! ゴブリオ、金なら持ってるゴブ! 盗賊の死体漁りで見つけたヤツと洞窟にあった金銀財宝がなあ! ゲギャギャッ!
川につけて錆びたり落としたりすると大変だから、シニョンちゃんに隠し持って街に入ってもらったゴブ! 谷間ポッケかな?
鼻息も荒く鍛冶工房の木の扉を開ける俺。
先に俺が、続けてシニョンちゃんが中に入る。
俺たちのほかに客はいないみたいだ。
『らっしゃい。何の用だ? って見りゃわかるな。巡礼か、珍しい』
工房のカウンターの奥から姿を現した男。
俺と同じで背は低くて、俺と違ってガッシリたくましくてムキムキで、俺と違って髪もヒゲもフサフサでボサボサな男。
…………ドワーフ、ドワーフでしょ! これ絶対ドワーフでしょ!
目を輝かせる俺。
シニョンちゃんの手の震えを感じて、何か言わなきゃと思った時には、ドワーフはカウンターの奥に消えていった。
灰色のローブを見たたけで用件がわかったらしい。
『リオさん、私、何も言えなくて、ごめんなさい』
『大丈夫、俺も、ゴブ。待つ』
あのドワーフは、きっと巡礼者用のネックレスを取りに行ったんだろう。
飾ってある武器や防具をキョロキョロ見ながら待つ俺。
シニョンちゃんはうつむいたままだ。
ドワーフっぽい男はすぐに帰ってきた。
『いまウチにあるのは三種だけだ。手に取って魔力を通してみろ』
ふおおおおお! ファンタジー! めっちゃファンタジーっぽい! ドワーフなおっさんが『魔力を通してみろ』って! 武器じゃなくてアクセサリーだけどコレめっちゃファンタジーっぽいゴブ! あ、そもそも俺がファンタジーな生物でしたわ! ゴブリンでしたわ! 鬼畜生! ゲギャギャッ!
シニョンちゃんの手をグッと握って合図する俺。
巡礼者は話しちゃいけないわけじゃないけど、あんまり話さないものらしい。
ただ信心深い神官が巡礼するだけじゃなくて、きっとシニョンちゃんと同じように、辛い目にあった人が巡礼することもあるんだろう。
モンスターがいる世界で聖地を巡る旅なんて、危険でしょうがない。
巡礼に出るのは理由がある人ばかりだろうから。
シニョンちゃんは無言でネックレスを手に取る。
ネックレスの中心にはめ込まれた石をぼんやり光らせて、また次を手に取る。
『これに、します。あとこれ、引換証です』
『ああ、わかった。嬢ちゃん、それと小僧か? 旅は危険だ、武器は用意したか?』
おおおおお! ぶっきらぼうだけど実は優しいドワーフ! 定番ゴブなあ! しかもこれ事情をわかってる分チャンスゴブ!
『だいたい。でも、見たい。短剣、ショートソード』
『ハハッ、小僧が護衛役か。武器スキルはねえんだな?』
『ない。あと、もう一人、でかい護衛、いる』
『おう。ソイツにも何か用意するか?』
ドワーフのおっさんは背が低いから俺と目線の高さが同じだ。
フードの下の肌を見られないようにうつむきながら答える俺。
おっさんは気にせず会話してくれた。
『もう一人、でかい。この扉ぐらい。盾と……』
『ケッ、図体ばかりでかくったってしょうがねえのによ。お前もそう思うだろ小僧? まあいい、ちょっと待ってろ』
ドワーフのおっさんは、またカウンターの裏のスペースに消える。
わかる、わかるぞドワーフのおっさん! でかけりゃいいってもんじゃないゴブ!
いや背の話ね? ほら俺いまゴブリンで、130センチぐらいしかないから。
おっさんは何度か往復して、カウンターに武器を並べていく。
『小僧が使えるショートソードはこれがお勧めだ。短剣はこの辺だろう。あと嬢ちゃん用の杖と、でかいってヤツの盾。どれも初級から中級冒険者が使うようなヤツだな。これ以上ってなると値が張るが……』
ずらっと並べられた武器。
おっさんに勧められてショートソードを手に取ってみる。
緑色の肌を隠しながらだから大変だけど。
ドワーフのおっさんが持ってきたショートソードは、俺の手によく馴染んだ。
軽く振ってみたけど、死体漁りで盗賊からゲットした剣より使いやすそうだ。
『これにする。杖と盾も。あと、短剣、四つ欲しい』
『ああん? 三人じゃねえのか? まあ短剣は売れ筋だからな、数はあるけどよ。おっと、そうだ。あとでかいヤツにこれはどうだ?』
ドワーフのおっさんが追加で出してきたのは、柄が長いメイスだった。
『見習いが作ったんだがよ、やたら長くしやがってな。これじゃでかいヤツしか使いづらいんだが、そういうヤツは使えもしねえのに大剣だとかハルバードだとか見栄を張りやがってな』
フサフサのあごヒゲをねじねじしながら困ったように言うドワーフのおっさん。
そりゃそうだろう。
柄だけで1メートル半ぐらいあって、先には金属の柄頭がついたメイス。
そんなものを振り回せるなら、長槍かハルバードでも振り回した方がよっぽど威力が出そうだ。
扱いが難しくても、訓練すれば技術は身に付くんだし。
でも。
『それも欲しい。ぜんぶ、いくら?』
『ひさしぶりの巡礼者で、しかも売れねえメイスを買ってくれるんだからな、こんなもんでどうだ? ああ、ネックレス分は入ってねえ。そっちは神殿からもらうからよ、安心してくれ』
『シニョン?』
『いいと、思います』
ゴブリオ、金ならあるゴブ! まあ相場はわからないからシニョンちゃん任せだけど! ついでに肌が見えるとアレだから支払いもシニョンちゃんがやるけど! でもちゃんと俺のお金ゴブ!
……うん? 盗賊? コレは洞窟の宝箱から見つけたお金ゴブ! ゲギャギャッ!
シニョンちゃんは震える手で金貨を一枚、銀貨を何枚か取り出してカウンターの上に置いた。
うん、あれぐらいなら問題ない。
洞窟の宝箱には金貨が三枚入ってたからあと二枚あるし、高い買い物は武器ぐらいだ。
お金は使える時に使っておかないとね! いやマジで! 俺とオクデラとシニョンちゃん、次にいつ街に入れるかわからない森暮らしだし! というか俺とオクデラは街に入れないし!
あ、そうだ。
『金物、あるか? 鍋、包丁』
『ウチは武器防具がウリだっても鍛冶工房だからな、ちょっとは置いてるぞ』
ついでに調理器具ゲット! よし、文明的な生活にまた一歩近づいたゴブ! でもすぐ街を出て森で暮らすんだけど! 遠ざかるんだけど! くっそ、早くニンゲンになりたいゴブ!
追加で鍋と包丁を買って、俺たちは無事に鍛冶工房を後にした。
包丁じゃなくて短剣使えばいいんじゃねえかって言われたけどね! 短剣を料理に使うのは当たり前みたいゴブ! でも盗賊を斬った短剣で料理するとかイヤすぎだから!
時間があれば鎧とかいろいろ作ってもらいたかったんだけど。
あと投げナイフとか他の武器とか、高い武器も見たかったなあ。
でもしょうがない。
俺、ゴブリンだから。
ほいほい手に取って緑色の肌を見られてゴブリンってバレたらヤバいから。
あとオクデラ用の盾とメイスが重いんですけど! くっそ、オクデラを連れてくればよかった! あ、街に入れませんでしたわ。オクデラ、オークだからね!
シニョンちゃんはもう挨拶を済ませたから、神殿には帰らない。
シニョンちゃんの私物は少なくて、小さな布のリュック一つだけ。
だからいつでも街を出発できるんだけど、俺は宿を取ることにした。
せっかくの街だしもうちょっと買い物したいゴブ! いやデートってことじゃなくて! シニョンちゃん、楽しめないぐらいニンゲン怖がってるからね! ……俺とのデートがイヤなわけじゃないゴブな? 大丈夫ゴブ?
巡礼者は口数が少なくて当然らしくて、俺たちは怪しまれることなく宿を取れた。
宿に荷物を置いて、俺はシニョンちゃんと手を繋いで日用品店に行く。
持ってきた毛皮と魔石、足りない分はお金で買い物する。
調味料、ロープ、水袋、中古の服。
タープとかテント用に防水加工した布も。
うん、なんとかバレずに買い物できたゴブ! あんまりしゃべらなくていい巡礼者って立場は便利ゴブな! あと全部で金貨一枚ちょっとしか使わなかったから、洞窟の宝箱に入ってた装飾品も売らなくてすんだゴブ! 今後も死体漁りしていこうっと! ヒュー、鬼畜ゥー! おっと、宝箱、宝箱でした! ゲギャギャッ!
シニョンちゃんは疲れたみたいで、俺たちは屋台で買ってきたサンドイッチっぽいものを食べつつ休憩してる。
宿の一室で。
初めて食べたニンゲンの料理だけどあんまり味がしないゴブなあ! 薄くて空洞のパンに野菜と肉を挟んでるからサンドイッチっていうかケバブっぽいゴブ! シャキシャキの野菜の食感と肉の脂が口の中に広がって……食レポしてる場合じゃねえ!
きょ、今日はあと一箇所、どうしても行かなきゃいけないから!
だ、だから、宿で一泊するけどまたシニョンちゃんと同室で、二人っきりで、けっこう狭くて、いまベッドにふ、ふた、二人で、とか考えてる場合じゃないゴブ!
まだ、まだだから!
宿泊施設で休憩してるけどそういう意味じゃないから!
とりあえず用事を片付けるのが先ゴブ!
冒険者ギルドに行って、シニョンちゃんが無事だって話をしないと!
というかそのために街に来たんだから!
その後、夜になったら?
ゴブリオ何もしないゴブよ?
何もしないゴブ。
俺ジェントルゴブだからね! 何も、何もしないゴブ! …………ゲギャッ。
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