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読書感想文の雑感②

読書感想文にまつわる嫌な思い出のふたつ目は、高校生の時だ。

 

大竹しのぶ主演の「あゝ野麦峠」を、母と観に行った。

「どうしてもこの映画が観たいのだが、久し振りの映画館なので一人では心細い」と、母が言うからだ。

私はこの映画にあまり興味がなかった。そして、母と一緒に映画に行くのはこれが初めてだった。

映画では、飛騨の貧しい農村に生まれ育った10代の少女達が、信州諏訪の製糸工場に働きに出され、女工となって過酷な労働をする姿が描かれていた。

少女達は故郷では見た事も無かった白飯に大喜びしたが、労働環境は過酷で長時間に及ぶため、身体を壊す者も多かった。

器量の良いゆき(原田美枝子)は、工場の息子に弄ばれた挙句に子を孕むが、息子には許婚がいた。ゆきはひとりで野麦峠を越える途中、流産してしまう。

やがて、不況と共に労働条件はますます悪化する。

優等工女であったまさ(大竹しのぶ)は、過労で結核にかかり床に臥せっていた。

使いものにならなくなったまさを、兄が飛騨から引き取りに来た。兄の背中でまさが息絶えるシーンでは、母も私もさめざめと泣いた。

この映画を観ておいて良かったと思った。かつて日本中にこのような少女が大勢いたという事実を、この映画を観るまで知らなかったのだから。

その後、女工に興味を持った私は「女工哀史」の本を高校の図書館で見つけ、それを読書感想文の本に選んだ。

本は映画のような物語ではなく、グラフや数字の多い資料のような内容であったから、映画を観たエピソードと今の自分達の生活とをリンクさせながら、考えた事を綴った。

 

 

二学期になって間もなく、私は日曜なのに学校に呼び出された。

呼び出した教師は私のクラスでは英語を、別のクラスでは国語を教えていた。

英語の授業は、クラスの生徒達に不評だった。教師の独特な発音が、どことなく胡散臭いのだ。

東北の片田舎には英会話教室もなければ外国人もいない。私達は、その教師の胡散臭い発音を真似て教科書を音読するしかない。

しかし、この教師の威厳があえなく失墜した。

一週間だけ特別授業にやってきたカナダ人と、英語教師の会話が全く通じないのを見たからだった。

その頃クラスの男子達が、英語教師に「ハエ男」というあだ名をつけていた。

「ハエの野郎、偉そうに。使えない英語を俺らに教えやがって」

それは酷いあだ名だと女子達が咎めたが、私は可笑しかった。

ビン底メガネで薄ら笑いを浮かべ、顎をカクカクと動かす癖が昆虫っぽく、ハエとは言い得て妙だと思った。

そのハエ教師が言うには

「タンポポくんの感想文は、なかなか良かった。学年代表としてコンクールに応募する事になったのだよ。」

「はあ、そうですか」

私は大して嬉しくなかった。自分の書いたものが良かったのではなく、他に出すべきものがなかったのを知っていた。私の高校には読書好きとか、感想文を真面目に書くとかそういう生徒があまりいないからだ。

「コンクールに出すからには、ぜひとも上位入賞を狙いたい。しかし今のままだとねえ、ちょっと弱いのだよ。タンポポくん」

このようにして私は、休日に登校する羽目になったのだ。

普通の教室ではない狭い資料室に連れていかれ、そこで書き直しをする事になった。

ハエ教師は私の書いた原稿を、眉間にしわを寄せながら何度も読みあげた。

「ここだ。ここをもっと深めていくために、あと何かないかな?」

私は少し考えて、該当箇所を消しゴムで消して他の文章を書いて見せた。

ハエ教師はそれを読むと、眉間のしわを一層深くした。どうやらハエの意図とは遠くなってしまったらしい。すると、今度は別の箇所を指して

「ここもちょっと、アレだな。君、何とかならないかな?」

アレって何だよと思いながら、私は反論も出来なかった。言われるがまま消しては書いて、教師に見せる。

ハエ教師は原稿を読む度に、腕を組んで狭い室内をうろうろと動き回ったり、立ち止まって天井を見上げたりした。

カクンカクンと首を傾げ、何かをブツブツ言ったりもした。

「例えば…これは例えばだよ?タンポポくん。こんな風に考えてみたらどうだろう。〇△◇#$%&?…」

教師は何かを長々と語ったが、私にはまるで意味が解らなかった。きっとあのカナダ人も、教師の話す英語が今みたいに聞こえたのだろうな…等とぼんやり思っていた。

教師も「ここをこう書け」と露骨に言う訳にも行かず、手をこまねいていた。

私は、消したり付け足したりした自分の原稿がだんだん嫌になってきた。これはいつまで続くのか、終わりがまるで見えなかった。

東北とはいえ、冷房がなく狭い資料室はとても暑い。水分も摂らずお腹も空いてきた。

「大幅に書き直します」と宣言して、ハエ教師には出て行ってもらった。考えてみたらこんな狭い所で何時間もハエと二人っきりで過ごしたかと思うと、気持ちが悪くなった。

何をどう書いたか全く覚えていないが、最初とはまるで違うものを書き上げた。

教師はそれを読んで明らかに失望していたが、もう直せとは言わなかった。たとえ言われても、直すつもりもないが。

お腹がすき過ぎてフラフラになりながら校門を出ると、部活に出ていた同級生に出くわした。

「あれー?タンポポ、どうして学校にいるの?」

私は、簡単に訳を話した。

「ひょえ~!あのハエとそんな事してたんだ。かわいそー」

 

 

この時の感想文が箸にも棒にもかからなかったのは当然で入選する事はなかったが、それを少しも残念と思わなかった。

読書感想文というと、ジリジリとした西日の射す教室と、あの資料室を思い出してしまう。

そして、私の小中高で「読書感想文の書き方」をきちんと教えてくれた先生は、一人としていなかったと断言出来るのだ。