岩田温(政治学者)

 この数日間の日本列島では、偶然、テレビから耳に入ってきた罵声に震撼(しんかん)させられた人が多かったのではないだろうか。言うまでもなく、豊田真由子代議士の罵声だ。「このハゲ~~~」という悪罵(あくば)から始まる「違うだろ!」「違うだろ!」等々のヒステリックじみた、いや、狂気すら感じさせるような、秘書に対する一連の漫罵(まんば)である。

 私自身ハゲているわけでもないし、この代議士と一度も顔も会わせたことすらないのだが、何か自分が罵(ののし)るられているようで、非常に不愉快な気分に陥った。よく聞いていると、ところどころで暴力を振るったと思われる鈍い音もあり、まことに恐ろしい音声といわざるを得ない。そもそも、他人を批判する際の言葉が、「ハゲ」などという能力と無関係な身体的特徴であるという時点で、あまりに低俗に過ぎる発言だろう。よく考えれば「ハゲ」ていることは罪でも何でもないのだから、そもそも、非難の言葉だと捉えること自体が差別主義的なのだ。

 ところで、豊田真由子代議士といって、多くの人が思い出したのが、園遊会の際の乱暴な言動ではないだろうか。園遊会では、招待された方の配偶者しか入場が認められていないが、豊田代議士は自身の母親を強引に入場させてしまったという事件が関係者の間ではかなり評判になっていた。私も話を聞いた際に、随分強引で、我の強い性格だと思っていたのだが、その凶暴さは想像以上のものであった。多くの国民があきれ返ったのは間違いないだろう。
豊田真由子氏
豊田真由子氏
 だが、この豊田代議士の発言に対する自民党の重鎮たちの発言も、かなり、不適切な発言が多かった。すぐに撤回することになったが、河村建夫元官房長官は「ちょっとかわいそうだ。あんな男の代議士はいっぱいいる」と述べ、麻生太郎副総理も「あれ女性ですよ女性。男と書き間違えているんじゃないか」と述べている。

 河村元官房長官の発言が事実だとすれば、自民党の男性代議士の中には、豊田代議士のような暴言、暴行が日常茶飯事になっている代議士が多いということになってしまうだろう。また、麻生副総理の発言は、豊田代議士が「女性」であるから、そのような暴言、暴行に及ぶことが信じがたいという意味に取れるので、結果として、男性代議士であれば、そのような暴言、暴行があっても仕方ないと受け止められてしまいかねないだろう。どちらも軽率な発言だといってよい。

 そもそも社会的弱者を守る使命を帯びた政治家が、自身より弱者である秘書に対して、暴言、暴行の限りを尽くしたという時点で、豊田代議士の責任は重く、決して擁護できるものではない。

 ただ、一点だけ豊田代議士に同情できる点があるとするならば、恐らく、彼女自身は、非常に優秀な人物で、ミスを仕出かす人々の気持ちが本当に理解できないのではないだろうか。彼女の経歴をみると、東大法学部卒業、厚生労働省入省、ハーバード大大学院修了、そして衆議院議員に当選している。およそ非の打ち所のないほど華麗な経歴で、彼女自身が相当な努力家で優秀な人間であったことがうかがえよう。こうした優秀な人間にありがちな欠点は、他者が自分と同様に優秀であるという錯覚を抱いてしまう点にある。