スタートアップに向くのは「反直感的」アイデア——超AI時代を生き延びる逆説的思考①落合陽一×馬田隆明

マイクロソフトで世界レベルのスタートアップ支援の仕組みやノウハウを学び、「東京大学本郷テックガレージ」のディレクターでもあり、『逆説のスタートアップ思考』の著者でもある馬田隆明氏と、筑波大学学長補佐・助教で、メディアアーティストとしてコンピュータと人との新たなる関係性である「デジタルネイチャー」という世界観を提唱する落合陽一氏。IoT、AIで加速する「第4次産業革命」の時代を俯瞰し、「その先」を見据える2人がポストモダンを生き抜く思考法を語り合った。

落合陽一さんと馬田隆明さん

落合陽一氏(左)と馬田隆明氏。スタートアップのタネを生み出す拠点「東京大学本郷テックガレージ」での対談後、近くのカフェに移動して。

落合陽一(以下、落合):ここは学生さん、何人ぐらいいるんですか。

馬田隆明(以下、馬田):今、150人ぐらい登録があります。東大の学生がサイドプロジェクトを行う「秘密基地」という位置付けなので、学生たちの出入りが活発になるのは春休みと夏休みが中心ですね。

落合:じゃあ、馬田さんはここで、次の芽になりそうな学生のサイドプロジェクトの面倒を見てあげるお兄さんなんですね。僕がうちのラボ(筑波大学デジタルネイチャー研究室)でやっていることと似ています。

馬田:Facebookやグーグルも学生のサイドプロジェクトから生まれてきました。その次を行く、今の人たちから見れば「まさか」と思えるようなプロダクトが生まれる環境づくりが私の仕事です。

スタートアップに向くのは「反直観的」なアイデア

馬田: 落合さんの著書(『超AI時代の生存戦略——シンギュラリティ〈2040年代〉に備える34のリスト』)を読んですごく共感したのは、これからは、もはや1人1人の「ライフ」においても戦略を定め、個人の単位でもブルーオーシャン(競争のない未開拓市場)を探すクセをつけるべきだよと。そのために大量のサーベイ(既存の論文の調査)をすることが大事だよと説いていて、本当にそうだよなと思いました。

落合:僕のラボでうまくいかないやつは、大概の場合はサーベイ不足が原因ですね。うちには学生が40人ほどいて、1人1人がプロジェクトを立ち上げている。だから、3年も経ったころには僕は100や200のプロジェクトの面倒をみることになる。今が3年目なので、そんだけみてりゃあ、うまくいくやつとそうでないやつとの違いは、おのずと見分けられるようになる。

馬田:とはいえ、学生は「ブルーオーシャン戦略」というのがなかなかピンとこない。たとえば私は、普通な感じのVR(バーチャル・リアリティ)のプロジェクトの申請があっても、結構落としています。優れた技術者や大人がひしめくレッドオーシャンは、ソリューションの強度勝負になりがちで、学生だとなかなか勝てない領域だからです。

落合: VR流行っているから僕も、みたいな子は多いですね。大学といっても、最初はただの「高校4年生」みたいなのが入ってくるから(笑)。うまくいく学生っていうのはレッドオーシャンでも勝てる強さを持ちながら、ブルーオーシャン戦略も持っていたりする。例えば、競争の激しいディープラーニングのコンピュータビジョン(おおまかには「ロボットの目」をつくる研究分野)のペーパーを書いても普通に通るだけの実力があるんだけど、そのテクノロジーを使って全然違うことにトライできる、とか。オリンピックの100m走で金メダル級ながら、障害物レースに出る、みたいなやつだよね。

——馬田さんは著書『逆説のスタートアップ思考』で、反直観的で一見悪いように見える、不合理なアイデアが急成長するスタートアップには適切と述べていました。

落合:確かに、最初は「めっちゃ地味だな、これ」と思っても、やってみたら面白かったっていう例はよくある。うちのラボでは昨年、自動運転の車椅子を作るプロジェクトを始めたんだけど、当初、簡単には論文になりそうもないなと。類似の事例も過去からたくさんあるし。でも、蓋を開けたら、賞を取っていました。以前では安価なハードウェアの組み合わせではなし得なかったことが、空間認識系技術によるソフトウェア的な結合で解けるようになって来た。エコなんですよ。

馬田:不合理なアイデアって、「どうだろ、これ」って思いついても、速攻で「よし、やろ」ってなかなか実行に移すのは難しい。

馬田隆明さん

落合:うちのラボは、言い出して2週間後にはプロトタイプができているよ。 手が早い子が多いし。

馬田:でも、学生の皆さんって技術力がそんなになかったりする場合もあるじゃないですか。そんなときは完成まで時間がかかりそうですよね。

落合:いや、技術力はね、うちにいるとすげー上がるんですよ(笑)。

馬田:何故なんですか?

落合:プロジェクトの数が半端なく多いから。うちのラボだと、1人あたり4つぐらいのプロジェクトを掛け持っているのは当たり前なんです。あと、最初の構想の段階で「これは違う」って思ったら、僕がバサッと切る。だから、学生は行くも引くも、躊躇がない。

馬田:その量の勝負は落合研の特徴かもしれませんね。本でも書きましたが、アインシュタインは248、ダーウィンは119、フロイトは330の論文を書いています。またエジソンは1093の特許を取り、バッハは1000曲以上も作曲し、ピカソは 2万以上の作品を残しています。傑作を残した天才たちが実は、傑作を生むためにその裏で大量の試行を重ねていた、というのに通じるアプローチのように聞こえました。

チームプレーは要らない。必要なのは「チームワーク」

——おふたりのラボは、来るもの拒まずなんですか?

落合:うちは来るもの拒まずだけど、離脱率は高いですね。去る者も追わない。

馬田:私はわりと最初の方で面談の段階で絞っちゃいます。そもそもアイデアに新規性があるかどうか。それをクリアした上で、「本当にそれって、自分がやりたいの?」っていうところはちゃんと聞こうと思っています。あとは、周りに顧客がいるかどうか。1人や2人でもいいので。使ってくれる人がいないプロダクトは作らないでおこうねって話します。

落合:うちのラボには毎年、最初は30人近くの学生が来るんだけど、6人ぐらいしか残んないすね。

——ついていけなくなるんですか?

落合陽一さん

落合:うん、ついていけないんだと思う。僕があえて最初にフィルタリングしないのは、人の多様性をキープしたいから。僕が選好したやつだけ残すとね、ダイバーシティが下がる。考え方としては、ラボの人たちと相性がいいやつだったら、「ああ、こいつ、チームでそういうハマり方するんだ」とか思うことがあるんですよ。

——どういう学生だと残りますか?

落合: 残るやつは大体ね、「近代っぽくない人」ですね。画一的ではないと言い換えてもいいんだけど。僕はよく、「うちは庇護と制約のラボではなくて、自由と責任のラボなんだ」って言っている。僕らは君たちを守ってあげませんけれど、その代わり、ここには縛りは特にありません、と。それで、我々が望むのは、チームプレーじゃなくて「スタンドプレー」だともよく言っています。

——スタンドプレーをしている個人をうまくつなげることをコミュニケーションで実践している?

落合:そう。だから、それはチームプレーじゃなくて、それぞれ個が立った者同士の「チームワーク」なんだと。

「マイルドなカルト」が孵化装置に

落合:世界を揺るがすようなイノベーションを起こすスタートアップは、たいてい狭いコミュニティから起こる。めっちゃ同時期に、すごい若い人たちが集まっていて。僕が、「うちのラボもこうありたいな」と思っているのは、ゼロックスのパロアルト研究所とか、その前だったら、アイバン・サザランド(アメリカの計算機科学者で、コンピューターグラフィックス、VRの先駆者。GUIの先駆けとなる「Sketchpad」を発明)がいたラボとか。

馬田:Facebookなんか、マーク・ザッカーバーグが大学のコミュニティから始めましたからね。そういう黎明期からだんだん周りを巻き込んで大旋風を巻き起こしていくと、シリコンバレーでものすごい影響力を持つピーター・ティールみたいになっていく。彼は言わずと知れた、PayPalを成功させ 、投資家としてもFacebookや製薬会社ステムセントルクスへの投資で数千倍のリターンを得るに至った人物です。「PayPalマフィア」といえば彼が筆頭に頭に浮かぶ人も多いと思います。そんな彼が自著『Zero to One』で言っていますが、スタートアップは「ややマイルドなカルト」だと。

落合:確かに。教典みたいに「デジタルネイチャー」(デジタルとアナログ、リアルとバーチャルの区別を越えた新たな人間と計算機の関係性、人による理論でなく計算機による実装が先に来る世界)っていう世界観を説いているうちのラボなんか、間違いなく「ややマイルドなカルト」だからね(笑)。よく宗教と言われている。しかも、「社会がデジタルネイチャー化していくということは、キリスト教化が達成されなくてはならない」って僕自身が言っているぐらいだから。

馬田:キリスト教化?

渋谷の雑踏

落合:考え方の指数関数的普及。そこに達するまでは異端視されても、すごいスピードで社会に浸透していった、みたいな意味で。

馬田:すぐ隣に、いきなりクレイジーとも言える屹立した存在がポツポツといて、普通じゃない議論を普通にし合えるような環境こそが、スタートアップを加速させるという気はしますね。普通じゃないことを受け入れてくれる環境というか。

落合:「フツウはこうだよね」っていう「フツウ」が常識とは違う、針が壊れた磁場みたいなのは大事かもしれない。僕みたいに、古典的な大学教授とは真逆のゆるーいキャラで、見た目もこんな感じ(服装はヨウジヤマモトと決めている)なのが、トップカンファレンスでいきなりいい点を取ったりしているのを間近に見ていると、学生たちも「なんだ、オレでも戦えるじゃん」って、敷居が下がるんだと思う。例えば、日本人では数人しか通らない狭き門の「SIGGRAPH」(世界最大のコンピュータグラフィックスの国際会議)のテクニカルペーパーとか「CHI」(世界最大のインタラクションの国際会議)のフルペーパーを、大学1年生なんかでも通るものだと、みんな「フツウ」に思っているからね。 だからみんなで飛び込んで討ち死にしたりするんだけど。

馬田:感覚が、いい意味で麻痺している(笑)。

人間は「肉体×不合理性×リフレーミング」でサバイブ

馬田:人間が機械に仕事を奪われるとかいいますが、私は若い人たちに、どうしたら楽観的な未来像を抱いてもらえるかと、試行錯誤中です。

落合:たしかに、一つの何か「とある問題」に落とし込めば、マジで機械は最強。柯潔(カケツ/中国のプロ囲碁棋士)さんと対戦したAlphaGo(アルファ碁)の戦いっぷりを見てたら、もう、神としか言いようがない。

馬田:専門家が「これが碁か!?」って感嘆していましたもんね。

落合:ただまあ、人間は機械をメンテするのには向いているし、機械にはない「肉体」も持っているし。そこを活かして新しいものを作っていけば、けっこう大丈夫ですよ。

馬田:肉体や筋肉というのはキーワードですか?

落合:僕は新入りの子とかによく言うんです。「君はまだ、脳味噌より筋肉の方が価値があるよ」って(笑)。1年生は備品整理とか、肉体労働系はしっかりさせます。取り組んでいるのがどんな価値のある実験なのかは、備品が肌に馴染んでないとわからないです。備品に馴染むと徐々にクリエイティブが出て来る。体でクリエイティブが稼げる。

馬田:備品の整理や肉体労働をすることで、身の回りにあるツールを理解してるのかもしれませんね。どんなツールがあるのかをちゃんと理解するというのは重要で、イノベーションを起こすためには、自分の手元にどういうツールがあるのか、そしていかにそれを安く手に入れて、これまでになかった方法で組み合わせるかが重要だと言われています。

落合:筋肉のほうに価値があると知っとくことが大事だって言われて、なんか知らんが、まあやってみようと続けてきたやつらも、1年もすると頭と身体が馴染んで、そいつ自体の合理性が上がってくる。研究者としてイケてる感じになってくるんですよ。

馬田:落合さんは恐れから入るテクノフォビアを否定し、「デジタルネイチャー」の世界観を楽観的に、飄々と語っていますね。

落合:うん、ポジティブだよ。僕が一貫して説いているのは、「脱近代化」ってことなんです。近代の思考からは、早いところ脱せよと。例えば、自動車というものが発明され交通網を敷くに当たって、歩道と車道を分けるというのは、近代化するにはいい発想。だって、避けられない車と反応できない人間がどっちもいるんだから、それはきっちり棲み分けをしたほうがいい。だけど、ポストモダンはね、たとえ人が飛び出しても、テクニカルに高度化した車が「ウィリー走行」して人を避けるようになるから大丈夫っていう世界なんだよね。その世界に早く移行したいと思って。

馬田:なるほど(笑)。

落合:それは、人の感覚がそれぞれ全然違う方向に向いていても、誰も問題がない世界なんです。

馬田:そういう世界を許すような技術環境をつくると?

落合:そうそう。僕は「環境知能」と呼んでいます。合理的じゃない、正規分布に入らないような問いの立て方をするのは、人工知能には難しい。けれども、フレームを一旦外して、ガラガラポンで訳のわからない結論を出すっていうのが人間のいいところで、それによってイノベーションは加速する。正規分布の中になさそうな答えだとか、統計の中になさそうな答えだとかを見つけてくるところは、きっと人類のほうがまだ得意だろうから、人間がイノベーションを発揮するための「環境知能」さえつくればいいっていう考えなんです。

馬田:人間の得意技は、むしろ「ガラガラポン」やランダム性、偶然性のほうだと割り切って。

落合:そうそう。人類には、既存の枠を外す「リフレーミング」の方をやらせると決め込めば、人類はもう、偶然性のところしかやる必要がないんですよね。遺伝子ガチャという微分不能な結果を残す機械。そういう機械と人間の得意なところの棲み分けが僕の脳みその中で明確になっているから、うちのラボの連中はハードプレイでハッピーそうに見えるんだと思う、きっと(笑)。

馬田: それって、ブラック・スワンの著者であり、金融危機を言い当てたナシーム・ニコラス・タレブの『反脆弱性』にも通じる話かもしれませんね。あとは最近だと東浩紀の『観光客の哲学』の誤配と再誤配の議論とか。(続く)

(2回目は6月29日公開予定です)

(撮影:今村拓馬)


馬田隆明:東京大学産学協創推進本部 本郷テックガレージディレクター。日本マイクロソフトでの Visual Studio のプロダクトマネージャー、テクニカルエバンジェリストを経て、スタートアップの支援を行う Microsoft Ventures に所属。2016年6月より現職。近著に『逆説のスタートアップ思考』。

落合陽一:メディアアーティスト、筑波大学学長補佐 助教 デジタルネイチャー研究室主宰。Pixie Dust Technologies.Inc CEO。筑波大学でメディア芸術を学んだ後、東京大学で学際情報学の博士号を取得(同学府初の早期修了者)。2015年より筑波大助教。近著に『超AI時代の生存戦略』。

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