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第一話『プロゴリラー、異世界へ』
対人スプラッタは第二章からとなります
第一章は対魔族・魔獣で御座います。
宜しくお願いします。
真夜中のジャングル。
醜い小人を喰い散らかす大熊。
俺と大熊を囲む醜い小人達。
眼前のエサを喰い散らかした大熊が、次の標的を求めて振り向く。
大熊と俺の視線が交差した。大熊が立ち上がって威嚇する。
熊の下アゴにぶら下がった小人の内臓を見た俺は――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「喜志さ~ん、スタンバイお願いしま~す」
「……おう」
アシスタントのユッコちゃんが、浜辺に仮設された浜茶屋の窓から顔だけを店内に入れ、冷たいお茶と煙草でリラックスしていた俺に、短い休憩の終わりを告げた。
俺の名は喜志直樹、来年で四十歳になるスタントマンだ。
時代劇や戦隊ヒーローものまで、あらゆる脇役を演じつつ、若手俳優に殺陣の指導。芸能事務所に身を置いて十五年、スタッフロールに名前が載る機会は少ない。
裏方仕事が多い職だが、楽しくやっている。
最後の一服をゆっくり味わい、タバコの火を消す。
今日のミッションは『ドッキリ』の撮影。ゴリラの着ぐるみを着た俺が、若手イケメン俳優をロケ現場で襲う簡単なミッションだ。
俺のゴリラ歴は歴代最長、あらゆる番組でゴリラとして活躍、付いた異名は『プロゴリラー』だ。
ペットボトルに入ったお茶を飲み干し、腰まで下げていた着ぐるみに腕を通してゴリラマスクを被る。
「喜志さん、チャック閉めますね」
「おう、頼むぜ」
うちの事務所の後輩が、背中のチャックを上げてくれる。
俺は後輩の肩をポンと叩き、サムズアップして戦場へ向かう。
戦場は九十九里浜。
千葉県出身のイケメン俳優君が、砂浜を歩きながら自分の幼少期を語っている最中、砂の中に隠れていたゴリラが飛び出し俳優君を襲う…… これが今回のミッションだ。
俳優君が現場入りして十五分、ロケバスの中で待機中の彼に気付かれぬようにドッキリの準備に入る。
砂中に設置された木箱に俺が入り、発泡スチロールの板で木箱に蓋をして、その上から砂をかける。
バサ、バサ、バサ。蓋に砂をかける音が続く。
まだ砂を掛ける音は止まない。
そろそろ蓋いっぱいに砂がかけられたハズだ。
おかしい、音が止まない。
もう掛け終っても良い頃合いだが……
いささか砂かけ回数が多い、蓋の耐久力が気になる。
……ウソだろ?
まだ掛けるのかっ!?
待て待て、砂が多すぎると勢いよく飛び出せんぞ?
バキュ。
……ん?
……何だ? 今の音は?
……蓋が割れたか?
……暗くてよく分からんが、割れた所は盛った砂が下に落ちて無くなるからスタッフが気付くだろう。
やがて、音が止んだ。
箱の中に置かれたトランシーバーから「本番入ります」と声がする。
俺は寡黙なベテランで通っているので応答の必要は無い。スタッフ達も長い付き合いで俺の扱いに慣れている。
打ち合わせでは、俳優君が俺の横を通過するのは本番開始から二十分ほど経過した頃の予定。
それまでは暗闇の中でリラックスしつつ、サウナ状態で待機だ。
腕や脚を少し動かし、出番までに筋肉の緊張をほぐそうとして……気付いた。
腕が上がらない。
脚を曲げる事が出来ない。
蓋が顔面スレスレまで落ちている。
何てこった……
蓋が徐々に下がった為に陥没に気付かず、蓋が下がった分だけ砂をかけられたようだ。さらに、箱の中に砂が入り込んで脚と腕の自由を奪っている。着ぐるみの所為で砂の圧力を感じる事が出来なかったらしい。
これはマズイ……
トランシーバーは顔の横にある。
だが、腕が動かずトランシーバーを使えない。
「ス、スタッフ~、スタッフ~…………」
大声を出しても応答が無い。
スタッフは近くに居ないようだ。使えねぇ。
顔と胸を蓋で押さえられているので、腹筋を使って力任せに起き上がる事も出来ない。
最も俺を焦らせたのが『顔を左右に振れない』という状況。
つまり、頭の方も砂で覆われている。脚や腕がまったく動かせない状況から考えると、箱の中は砂で満たされていると思った方がいい。
酸素は着ぐるみ内にある分だけか…… 汗臭ぇ……
まだ息苦しくはないが、どれだけ持つか解らない。
俳優君がリテイク無しでここまで来れば、俺が飛び出さないのでカットが入る。その時にトランシーバーで応答が無ければ、さすがに異変に気付くだろう。
カットが入った時点で俺の傍に俳優君やカメラマンが居るので、大声を上げれば気付くはずだ。
……
…………
………………
「テイク5いきま~す。喜志さんガンバ!!」
ガンバ!! じゃねぇよ、気付けよ。
今日ほど自分の寡黙キャラを恨んだ事は無い。
返事をしない俺に誰も違和感を覚えていない。
そして俳優君は大成しない。大根役者決定だ。
俺の横を通過する前にカットが入りやがる。スタートから10分後、小学生時代の想い出を語るシーンで台詞を噛む。「ガキ大将だったんですよね?」と言う女性レポーターからの質問でキョドる。
ヤバイ。苦しい。汗がヒドイ。喉が渇く。
このテイク5がラストチャンスだ、頼むぜ名俳優…………
「カット入りました~、10分休憩に――…………」
『…………クソが』
何とも締まらない最期だ。
意識が薄れていく。
死の間際、俺はガキの頃にテレビで見たドッキリ番組のBGMを思い出し、そのBGMに兄貴と二人で当てた替え歌を呟いていた。
ゴッリッラッがっ出ったっぞっ……
ゴッリッラッがっ出ったっぞっ……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あの番組、私も好きでした」
そんな声が聞こえてきた。
優しい声だ。女性の声。
「貴方が扮するドッキリゴリラも毎回お見事でしたね、来日したハリウッド女優に仕掛けたドッキリゴリラはお腹を抱えて笑いました」
あぁ、あの時か……彼女をビックリさせ過ぎて、テレビ局が訴えられたんだよなぁ。
「そんな貴方が、今回『殺された』事に、私は深い悲しみを覚えます」
殺された……?
あぁ、そうだ、俺は生き埋めになって死んだ……?
待て、殺された?
「貴方は事故で亡くなったのではではありません。今回、貴方が入る事になった木箱と発泡スチロールの蓋を作った『大道具の田中サチコさん』による計画的な殺人です」
そんな……
サッちゃんが…… 何故……
「先月、彼女から愛の告白を受けた貴方が、それを受け入れなかったから。まぁ、三十路女の逆恨みです」
……確かに断ったが、いや、何故その事をアンタは知っている?
「神ですから、原因と結果を知る術は持っています」
神……信じられんな。姿も見えんし……
そう言えば、ココはどこだ……
「ここは私の部屋…… 残念ながら天国ではありません。無論、地球でもありません」
フム、よく分からん場所という事か。
だが、自分が死んだのは理解した。死んだ時の事も思い出した。
何より、自分の体が透けてボヤけてるしな。
他殺かどうかは自分で確かめる方法が無いから、今となってはどうでもいい。
で、俺はこれからどうなる? 地獄行きか?
四十年生きていれば多少の“悪事”を働くもんだ。
ガキの頃はよくイモムシ殺したからなぁ……爆竹で。
「そうですね、貴方は食を得る為以外の殺生が多いようです。たとえ昆虫限定だとしても、それが少年時代の悪戯だとしても…… ですが、地獄行きはありません。浅い層の地獄行きになりそうでしたので、私が貴方の魂をここへ招きました」
……何のために?
「貴方の魂をここへ招き、私が貴方へ次の命を授ける事により生じる出来事とその結果を知っています。その結果や過程は私にとって非常に興味深いものでした。ドッキリゴリラが好きで“中の人”である貴方とその未来を覗いた幸運に驚喜したほどです」
その結果に至る為に俺を招いた、と?
「はい、その通りです」
次の命とは、転生?
「そうです。しかし、転生に際して神界の規則により、生前の『業』に対する罰は受けてもらいます。貴方は無駄な殺生が多過ぎました。爆竹によるイモムシの爆殺、密集した毛虫へ可燃性ガスを用いたスプレーによる焼殺、エアーガン、煮えたぎった油、漂白剤、etc…… 少年時代の貴方は本当に蝶や蛾の幼虫が嫌いだったようですね。『見習いサイコパス』と言っても過言ではありませんでした」
だって気持ち悪ぃもん。
今は反省しています、すんませんでした。
しかし、そうか……いや、そうですか。
不思議です、今はっきりと、アナタが神だと解りました。
地獄行きから救って頂き有難う御座います。
罰はしっかり受けさせて頂きます。
「殊勝な心掛けですね。宜しい。貴方への罰は…… 数多ある何処かの世界に親も無く岩より人外として生まれ、忌み嫌われる虫や動物のように、人に疎まれ嫌悪される事を身を以って体験し、その苦痛をその身に刻みながら『虐げられる人外と共に生きる事』と致します」
人外? あぁ、なるほど。
一寸の虫にも五分の魂、イモムシを殺した私に相応しい罰、いや、罪滅ぼしです。
「うふふ、では、貴方に最低限の加護を授けましょう。これで、【言語理解・翻訳】の能力が貴方に備わりました。どこへ転生しても言語に困る事無く、様々な種族と交流出来ます。地球以外の地に転生した場合、その身体と魂に応じて何らかの能力が備わるでしょう。転生後は【アーユス】と頭の中で唱えなさい、自分の身体情報が確認出来ます」
言語理解に翻訳ですか、それはまた大層な能力ですね。
有り難く頂戴致します。
アーユス、アーユス……うん、忘れそう。
「私が与えた罰により、貴方は必ず“人類”が住まう世界へ転生し、人類から狙われる存在となります。貴方や貴方が護る者を襲う存在に対する処置は、人外である貴方の本能に従いなさい。貴方の聖域を広げる際は、必ず大義を得なさい。その行為が業を深めるものであったならば、その半分は私が背負いましょう」
人類、人間から狙われるのか…… 分かりました。
まぁ、捕食と自衛以外で命を奪う事は無いと思いますが、うっかり蟻を踏み潰して気付かないという事なら、有りそうです。
「小蟲や目に見えぬ生物の死に、人や動物が気付かないのは世の理、裁きの対象にはなりません。小蟲を見つけて踏み潰すのは人や動物の意思。そこに悪意や殺意、無知による好奇心の区別は無く、罪の重さと業の深さが変わり、死後の裁きで清算されます。捕食と自衛の為の殺生でも業は深まりますが、罪にはなりません」
なるほど、肝に銘じておきます。
「そろそろ、貴方の魂を留めていた鎖が朽ちそうですね。最後に、何か聞きたい事はありますか?」
聞きたい事、ですか……
では、アナタの御名前を。
「アートマン」
アートマン…………知らない神ですね。
「日本人には馴染みの無い名でしょう。既に崇める者も居りません、地球でも最古参の一柱ですので。うふふ、少し寂しいですね」
フム、ではこの喜志直樹がアートマン様を崇め奉りましょう。
転生した世界をアートマン信徒で満たす、これを目指します。
「あら、有り難う。もしそうなったら、私の失われた力も戻るかも知れませんね。その時はまた、改めてお礼をしましょう。うふふ……」
お任せ下さい。
地獄行きから救って頂いた御恩は――
ふわぁぁ~…… おぅふ、な、何か眠くなって……
「時間です、お眠りなさい直樹、私の岩で大きくなるまで……」
そして俺は、優しい声に見送られながらこの空間から離れ、深い眠りに就いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
温かい、体全体が何かに包まれている……
このまま眠り続けたい……
まるで母親の胎内で守られている様な……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ふわぁ~…… よく寝た。
あれからどれほど眠り続けただろうか……
そろそろ起きて布教活動せねば……?
体が……動かんぞ? 指も動かせん、口も目も開かん、何故?
音も匂いも確認出来ん。眠り過ぎて体に異常をきたしたか?
そうだ、ア、アユ……【アーユス】……ッ!?
頭の中に数字と文字が浮かんだ。
これは…… まるでゲームの……
ロールプレイングゲームのキャラクターステータスのようだ。
何という、何という恥ずかしい能力っ!!
コレはイタい、他人には見せられんな。
健康診断書を見るつもりで、こっそり見よう。
【名前】ナオキ・キシ
【種族】アハトマ・ゴリラ
【レベル】0 【年齢】4 【性別】男
【状態】良好 【ジョブ】――
【総合力】37,200パワー
【特技】
『中の人・外の彼』 『超怪力:Lv1』
【称号・加護】
『アートマンの加護・極小=言語理解・翻訳』
【耐性】
『バッドステータス無効』 『火炎吸収』 『物理無効』
『即死・呪殺無効』 『属性攻撃に強い』
種族がアハトマ・ゴリラ? あぁ、人外ってヤツか。
年齢は四歳……三十五歳も若返ったのか?
いや、転生なら赤ん坊からだろう、零歳から四歳になったという事か?
だが待て、俺はまだ産まれていない……はずだ。
では、ココはやはり母親の胎内か? 妊娠期間が四年以上掛かる種族? 仮に胎内だとして、体が動かんのは何故だ?
ん? 何か、何か忘れている……あっ!!
『数多ある何処かの世界に親も無く岩より生まれ……』
そうだ、アートマン様が言っていた。
『親も無く岩より生まれる』
オゥ、ゴッド……比喩じゃなかったのか。
どうやら俺は、前世で砂に覆われて死に、今生は岩に包まれて生まれるようだ。
なるほど、窒息の恐れが無いのは不思議だが、身動きがとれない事については理解出来た。
神が『岩より生まれる』と言うのなら、俺はいつか生まれるのだろう。
空腹や便意は今のところ感じない、時が来るまでやれる事をやっておこう。
先ずは筋トレだ。一分間、体中に力を入れて、三分休む。
疲れるまでやって、眠くなったら寝よう。
一、二、三、四、五…………
有り難うございました!!
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