旦那さんが転勤になった場合、一般的に選択肢は「ついていく」か「単身赴任してもらう」かの二択だ。しかし私は、もしも彼に転勤の辞令がおりたら「仕事を変えてもらおう」と考えている。
旦那さんの転勤で得るものと失うもの
このシチェーションにおいて重要なのは「何と何を天秤にかけているのか」だ。夫婦として、地方へ行くことで手に入るものと、東京を離れることで失うものを、冷静に比べなくてはいけない。
旦那さんの地方行きを受け入れることで私たち夫婦が手に入れるものは、彼の出世への道だ。そして逆に地方行きを断ることで失うもの、それも彼の出世への道だ。つまり、たかだか仕事だ。
では、地方へ引っ越すことで私が失うものは何かと言えば、家族に気軽に頼れる環境と、友達がいる暮らしだ。
秋には出産をすることを考えると、家族に気軽に頼れるのかどうかは育児ノイローゼや産後鬱なるかどうかがかかっている重大なポイントであり、乳児を抱えた状態では今いる友達とだってそうそう遊べなくなるのに、新規のキャラと友情を育むなんて、ますます無理だろう。
このスペックで、縁もゆかりもない土地に暮らし始めた場合、小さな子どもがいるのに家族には頼れないし、さらに友達もいないという、かなり息の詰まる暮らしになる可能性が高い。
彼としては「転勤したい(した方がいい)」として、その理由は、たかだか「仕事」だ。けれど、私が東京にいたい理由は「親」や「友達」などの人との繋がりだ。ハッキリ言って比べ物にもならない。
そもそも彼が何のために仕事をしているのかといえば、私を養うためであり、なぜ養うのかといえば、私の幸せを守るためだ。それなのにその仕事のために私に辛い思いをさせるのでは本末転倒だ。単身赴任もそう。愛し合う男女は触れられる距離にいてナンボなのに、遠くに暮らすなどありえない。彼は家族を幸せにするために働いてるはずなのに、その仕事で家族に寂しい思いをさせてるんじゃ支離滅裂だ。
「私と仕事、どっちが大切なの?」よりも究極の質問
彼が転勤を選ぶ場合、私は「ついていく」か「単身赴任してもらう」の二択から選ばなければいけなくなるけれど、その二択は言い換えると「旦那さん」か「親と友達」という二択で、それって選んだとしても、かなり苦渋の決断だ。そんな選択を迫られること自体が不本意だ。
「私(俺)と仕事どっちが大切なの?」よりも「私(俺)と親、どっちが大切なの?」の方が究極の質問だと思うし、もし聞かれたとして前者には迷わず「あなたに決まってる!」と言えるけれど、後者に関しては即答するのが難しい。
夫の転勤についていく、ということは妻にとって、人生の登場人物を総入れ替えしなきゃいけなくなる、ということだ。
それに私は、引越し先でどこかに勤めるわけでもないことを考えると、そもそも新しい風が吹かない。孤独だ。東京には、私が27年間かけて、色んな事件にぶち当りながら育んできた人間関係がある。
多くの人はすぐ「仕事だから仕方ない」と言い出すけれど、「仕事なんて一番どうとでもなるでしょ」と思う。たかだか仕事。最優先するべきことだとは全く思えない。
やりがいのある仕事や、しっくりくる職場は、探せばいくらでも見つかるだろうし、どこの土地にもあるだろうけれど、生まれ育った家族の再構築は無理だし、10代の頃からずっと一緒に生きてきた親友の代わりを見つけるのは、離婚後にまた再婚したいほどの相手を見つけるくらいのガッツがいる。
転勤を断ることで出世の道が断たれるのであれば
「仕事なんて変えればいいじゃん」と思う。私にとって仕事は、どこで誰と暮らしていくかという、そんな大切なことの選択権を丸ごと預けてしまえるほどの対象じゃない。
「仕事だから」と仕事に対して絶対服従状態の人を見ると「仕事を何だと思っているんだろう」と不思議になる。
仮に、今の職場が彼にとって「かけがえのない職場」ならば、職場も彼のことを「代わりのきかない人材」と評価しているだろうから転勤を断っても平気だろう。地方行きを断ることで出世の道が断たれるのであれば、彼はその職場において人材として十人並みなのだろうし、そうであればその程度の給料はどこへ行っても稼げるものだ。職場から任されているのは「誰でもできる」仕事だから、その種類の給料は、どこへ行っても稼げるものだ。
彼が転勤の辞令に従おうと思う理由が給料だとして、引っ越すか引っ越さないかでの稼げる額の差が10万円くらいだとすると、たった10万円のために失ってるものが大きすぎて割りに合っていない。
それに、仕事がお金を稼ぐためのものだとすると、彼のような働き方ならばどこで誰と働いても同じくらいの金額になるだろうけれど、私の働き方だと東京にいた方が断然稼げる。縁と運の影響力が大きい職業の私にとって、フットワークはかなり肝心で、どこに暮らすか次第では全く稼げなくなる可能性もある。
家計の総収入で考えても転勤はマイナスだ。こうなってくると、お金のためにすらならない転勤って何のためになるのだろう。子育てで大変な時期に、趣味で引越しをしたがるのはやめてほしい。
転勤の話し合いで呆然とした旦那さん
実は、いよいよ入籍日も決まり結婚を控えた時期に「もしかしたら来月、急に転勤になるかも」と彼が言い出したことがあった。
その時に、私は初めて東京を離れることをリアルに想像し、自分にとって東京で暮らすことがどれほど重要なことなのかを思い知った。考える機会もなかったため、ここまで自分が「絶対に東京に暮らしていたい!」と思ってることを私自身も知らなかったので驚いた。
「転勤になったらついてきてくれる……?」
と不安げに訪ねてきた彼に、私はこう言った。
「転勤するってことは、東京にいる人たち皆と離れるってことだよ。家族や友達とは、もう一緒に人生を作っていけなくなるってことだよ。距離ってすごく大事だよ。
転勤は絶対なの? どうして? もし私がついて行かなかったら、一人で行こうとしてるの? なおくんにとってこれは『仕事を取るか』『私を取るか』って話だと思うけど、なおくんが絶対に行ってしまうとしたら私は『なおくんを取るか』『家族を取るか』の二択を迫られるんだよ。仕事と家族って、そんなの大切さで比べ物にならなくない? 仕事なんかのために、私に家族との暮らしを捨てさせるの?」
思ってもみない返しがきた、という様子で彼は呆然としていた。
「仕事は別に変えればいいじゃん。 転勤を断ることで失うものは出世くらいだし、転勤を断ってそこで働いていくのがキツイのなら辞めるとして、また就職活動をすれば仕事は見つかるよね。仕事なんか変えてよ。まだ就職したばっかなんだし。築き上げてきたものも特にないじゃん。就活が面倒って理由で、私から東京の皆を奪うなんてひどい」
「わかった……!」
結果的に、この時の転勤の話は見送りとなり、彼は東京にとどまれることになった。
しかし彼の職業には必ず転勤があるので、また数年以内にこの問題は浮上する。その時にどうするかは、その時にどんな天秤が出現するか次第なので今はまだなんとも言えないけれど、2つ返事で「ついていく!」と言う気も、「仕方ないよね」と単身赴任を受け入れる気もない。
そんなわけで普段から、数年後の転勤辞令の話題になった時は「ちゃんと冷静に、何を天秤にかけるか考えようね? 私たちは親になるんだから。優先順位をしっかり見極めて、判断しようね」と言っている。
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